上 下
2 / 9

第一話 二重人格と改造とランク争奪戦 1

しおりを挟む
 秘密組織にスカウトされて裁牙狂は、遺伝子操作と特殊細胞で強化された青年で、自分の本体・黒田悠を守るもう一つの人格。

 実家にいた当時から家庭環境や社会環境で、精神がボロボロになっては、大学を卒業後に引きこもり生活に突入した悠。

 それから以前からの八つ当たりにプラスで、ハラスメントの限りを尽くしての、弱体化も受け続けて家を飛び出した悠。

 あらゆる責め苦から開放されてから幾日経つか、我慢の限界を突破して疲れたから、公園のベンチでいつの間にか寝てしまった。

 気がつけば拘束されたまま個室で目が開くと、周囲を見渡してみても全く意味がわからない、そんな状態が数時間続いた。

 無機質で真っ白な部屋に時計が天井近くで浮いていた、浮くように設置してあったので、なんとかして時計を見ると朝の九時半。

 判然とするところへ軍の高官に居そうな、そんな格好の目つきのキツイ女と白衣の男が数人、部屋に入ってくるが意味不明だった。

 女はギラギラしながらもニヤニヤしながら、今このときまでの事を話し始めたが、とんでも無いことを知らされて仕舞った。

「お前の体を改造させてもらった。」

 話によれば身体能力増加チップと『ある細胞』を、少し埋め込んで仕舞ったらしいが、全く違和感もなければ異常もない。

 悠はこの時間までまる三日寝ていたというが、改造手術はそれほどかかっていないらしいが、麻酔なしで実行したのか。

 全く痛みも無ければ苦痛もなかったのは、よほどの執刀医がいるのかそれを除去する装置か、またはそれ以外で何もなかったのか。

「随分と痛がっていたが下手をすれば死んでいたかもなぁ。」

 女は「痛がっていた」と云ったが、全く覚えがない上に手術が決行されたかも、何一つ記憶が無いのはどういう事だ!

 悠は黙って思考錯誤しながら聞いていると、急に意識が飛んで眠っているのか、立っているか座っているかも判然としない。

 誰かさっきまで居なかった『声』が聴こえてきて、それが限りなく自分のモノと似ていて、全くの『無』に『混乱』が雑じる。

『ああ、あん時のクソ女かぁ……。クソ痛かったぜ!』

 荒くも冷静ながら相手を見据える俗なそれは、高官の様な女と牽制し合って、女はそれきりに退散すると悠の意識が戻って来る。

 誰だったのか気にすると体内から、「自分のこともわかんねーのかよ。」と聞こえた気がして、更にそれはわらっていた。

 ただ、勝手に改造を受け容れたことや状況に関する謝罪をして、そしてそれが自分の別人格なのかと、納得するしかなかった。

『オレは裁牙狂だぁ。またなんかあったらオレに任せろぉ。』

 そう聞こえた気がしたきり小声で呼んでみても、それきり一切何もなかったので、悠はそのまま次を待つことにした。

 翌日、やはりあの女が力強くドアを開けて、入室した途端にコレに着替えろと云って、悠の足元にいくつか包装物を放おった。

 一連の動作にストレスを覚えたが、確認するとビニールに梱包された制服か何かで、オンナが看ている前で着替えさせられる。

 着替え終わるとついて来いとドスを利かせるように云われて、別室に移動となったが、悠には地に足のつかないような感覚がある。

 移動先は教室のようになっていたが、旧時代のものではない宇宙船の座席を思わせた、各席にAからZのプレートが付いている。

 他の席は全て誰かが着いていて、悠にはZしか空いておらず、仕方無しに注目されては、ヒソヒソと騒がれながら着席した。

『ほおー、座席もソコソコでラクだぁ。それに女子率も高めじゃねえかぁ。』

 悠がなんとかして遠回しに狂を制止するまでもなく、あの高官女が制止したが、それを見て誰もが面白がってまた騒いだ。

「諸君! 座席にプレートが付いているが、それはランクを示すものだ! 今は自由だが、これからやる試験でランクを極める!」

 ますます意味がわからない悠は、狂が茶化すのも構わないくらい余計に余計にソワソワしだして、狂は敢えて大人しくした。

 高官女が続けた説明によれば、起動ボタンを押して卓ボタンをタップすると台が出現して、『W』のワークボタンで作業モード。

 台を出せば物を置けて教練中はワークなら、今は作業モードでデータ送信を受けるが、やはり従わないものもいる。

 こんなモノ意味があるのかと疑って、起動スイッチすら触らない者はごく一部でも、敢えて徹底抗戦に出る者は減点を受けた。

 教官用の機材でデータを処理して自動保存されれば、減点処分を受ければランクも下がって、その分だけ給料も減額される。

 狂はアホな奴めと思ったが、空気が荒れると面倒どころか減点リスクも高いだけに、黙っておくほうが得策だと判断する。

 そして、遂に運命をかけた試験が幕を開けて、ランク争奪による各人の実力を極める戦いが、なんら変哲も無く始まった。

 ただし、それはランクによる階級社会の始まりと、身分制度による支配とその格付けを意味する、プラント教育そのものだった。

 先ずは筆記試験は常識的な問題が多く、控えめな性格でありながら『普通』がわからない悠でも、ある程度は答えておいた。

 入社試験のようにランク戦が始まる中、ペンの音もなければ全てワークモードでの実行で、デジタルキーボード入力だった。

 地に足のつかない様に落ち着かない悠は、無茶な解答がないか無いか気になるも、意識を制御しきれていない状態にある。

 結果はそれほど自身もなくまともな回答ができたか、ソワソワしては謎の疲れを覚えて、狂はあれきり全く何も無い。

 次は実技だがやはり勝ち抜き戦で悠悠には腰が引けるが、狂もいると高を括る事にして、次の試験を待つことにした。

 そうしていると、アナウンスで「シュミレーションルームに転送を行います」と、オペーレーターの音声が響く。

 足元が円状に青白く光ると真っ暗な空間で、まさに無のような感覚に支配されたが、ほぼ瞬間的に明かりがついた。

 集められた人員は強烈な光に眼を閉じたが、謎の機材がおいてあって、気がつけば特殊な黒いスーツを着ている。

 腰には射撃武装ナノライフル、背中には推進装置『ナノスラスター』がついていて、装置には近接格闘武装『ナノブレイド』。

 左腕にはシールド展開装置『ナノシールド』と、立ち回りに必要なモノは揃っていて、ダメージレベルは1に設定。

 また、トレーニング用の擬似的な『ナノ粒子』も散布されて、スタッフによるスタンバイが完了したら実技試験の説明。

 その後ランダムに設定された順番が、デジタルモニターに提示されても、どれが誰だかも見当がつかないのは誰もが同じだった。

 ランキング先生が始まって何組かは要領を得ないので、積極性の欠けた闘いが続いたが、奮って闘う者も現れ始めた。

 なんとものの一分もかからない試合もあって、あっという間に悠の出番が廻ってきたので、ビクビクしながらステージに上がった。

 眼の前に現れたのは筆記試験の時に講義して、電撃をお見舞いされたアイツで、体格もよく厳つい顔面も併せて威圧してくる。

 もう駄目かと諦めかけた悠は、なんとかして切り抜けられないかと脳を回転させても、なんら効果もないままに圧し黙っている。

 相手は剛力司26歳と幾つか年上だけに複雑な状況で、相手が動き始めると悠はナノライフルで牽制しながらスラスターで逃げる。

 このまま済めばと思うも、精密性が要求されるライフルを放ってナノブレイドに切り替えた剛力は、逃げ回る悠を挑発し始める。

「逃げ回るだけかぁ? 黒田ぁ!」

 やはり逃げ切れないかと思うところへ、剛力はナノブレイド呑みでの闘いを要求してきて、ノイローゼ気味だった悠は応じた。

「もうめんどくせぇからよぉ!コイツだけでやらないか?」

 狂が行くのかと確認して悠が「ああ……」と応えると、飛び出そうとするのを悠は止めて、ナノブレイドを両手で構えた。

しおりを挟む

処理中です...