幸せが終わるとき。(完結)

紫苑

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また始まるための、第一歩。

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あれから、時間が経ち、風邪がお互いに治った頃、私は彼を呼び出した。

「お待たせしました」

先に律義に待つティエさんが愛おしい。抱き着きたい気分を落ち着かせ、私は何故ティエさんが呼び出したのか、期待をしている自分に気が付く。あのキスから数日の、ティエさんの風邪が治ったとき、私も風邪を引いていた。この数日のミスが痛恨の一撃を与えたのだとしたら、と何だか胸が苦しい。

「-大して待ってないよ」

気まずそうに目を泳がす彼を見て、私は大人の女性だと言い聞かせて、冷静になろうとした。

「ごめん、俺ー」
「言わないで下さい。」

すまなそうにするティエさんを遮る。

「私、知っています」

数日前、屋上ここに来たのは、彼女雨音さんだったから。答えはもう出ていた。

『私、ティエさんとキスしました』

会心の一撃に出たつもりだった。雨音は戸惑い、目を瞑り、その目を見開いて次の一手に出る。

『それが何?』
『何って、「嘘!」とか「信じない!」とか言わないんですか…?』

あの竹藪の時と全く違うまっすぐな目。その目に1mmも負けはなかった。カツ、と雨音のピンヒールの音が聞こえ、それが私がたじろき、後ろに後退していることに気が付く。ヒールのないバレエシューズに近い靴がジャリとコンクリートと擦れてすり減っていく。

『私はティエを信じる。貴方なんかにもう負けない!』

睨むまでは行かない強気な目線。いや、もう既に答えは出てるじゃないか。

私はこの勝負に負けてしまったんだ。

「知ってるのか?」
「はい、知っています。雨音さんと付き合い始めたんですよね」

雨音はそんなことを言ってない。ただ雰囲気で分かる。あの朧げな儚い雰囲気は掻き消え、ティエさんは強く存在感を増していた。もう子供っぽいと言えない、大人の一人の男性になっていたから。それで、何があったのか察しがついてしまった。

「最後に。私の事どう思ってましたか?」

これで、終わる。最期の一撃を思う存分与えてほしい。優しい言葉なんていらない。

「-雨音の次に好きだったよ」

もし、雨音が居なかったら、とその言葉を遮る。遮ったのは言葉じゃなく、私の人差し指だった。私は泣かない。この後に思い切り泣く。それが最後の私の私なりの強がりで、「綺麗で可愛い、同時にその強いところに憧れてたよ」人差し指を掴まれ、長くて筋張った手に包まれた後に、ティエさんの頬に指先が当たる。

私はそんな強くない。

でもこれは私の意地だ。意気地と言っていい。

「お幸せに。」

泣きたいのを堪えて、精いっぱいの笑顔を作った。

「ありがとう。」

手が離れ、私は温かいぬくもりがもう二度と触れないものだと知る。ずっとそのぬくもりを触って、与えられたかった。また私が貴方にあげたかった。でも、その時の貴方の顔が清々しい成熟した男性のものだったから、私は完璧に負けたと思った。

その顔をキスしたときに、いやこれからも与えるのは、たった一人。

それはこの世界できっと雨音さん、ただ一人。

その一人に選ばれなかっただけ、それなのにどうして胸が苦しくて痛むの。

「じゃあ。雨音さん泣かせちゃ駄目ですよ!」

屋上のドアを閉めて、私は嗚咽を漏らした。涙が溢れて止まらない。でも、これは、立ち直るための忘れるための涙じゃない、貴方を思い知るための涙。貴方の子供っぽい反応が好きだった。可愛い照れてしまう顔が好きだった。悪くなり切れないところが好きだった。

「全部、好きなの」

彼はすっかり大人の男性になってしまって、

私は取り残されたまま。

それでも進むよ。

屋上から降りる階段で遭った同僚の看護師が、ハンカチを渡してくれた。

クマのマスコットの可愛らしい刺繍が、

何だか異性なのに可愛くて泣きながら笑ってしまう。

「思い切り泣いたら、また笑えばいいよ」

泣き笑いをしながら「午後の日勤までには泣き止むから平気よ。でも、ありがとう。」

自然と言葉おまじないがストンと落ちて、涙は止まって、私は仕事の顔をした。

「さて、午後からも頑張りましょ!!」

パチンとハイタッチをしてから、またいつもの日々が始まるー。
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