幸せが終わるとき。(完結)

紫苑

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雪の降る日、彼女は。

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雨音の声は、雨が降るように、優しくて甘くて…時々意地悪だ。

「んっ、はぁっ…」

コンサートが終わった後、何だかキスがしたくなり、控室で密やかにキスをした。雨音の甘い声を聴いてると、どうしてこんなに欲望が駆り立てられるんだろう。さり気なく胸に手を置こうとすると、「せめて、スタッフが帰ってからにして…」上目遣いで、可愛らしいお願いをしてくる。雨音自身、天邪鬼な一面はあるが、それがお菓子を食べようとして、ダメと言われてるようで、

「あっ…!」

胸を強引に揉んだ後、離れて、「待ってる」と笑った。自分がどんな顔をしてるのか、分からないけれど、雨音の真っ赤になって睨んでくる顔を見てるだけで、何だか嬉しい気分になった。今夜はこのお菓子をどう料理してやろうかなとウキウキな気分にもなってくる。

「ティエ先生」と声が聞こえて、外の自販機でコインを入れて、手に温かい感触がした時だったから、急でビックリして飲み物を思わず落とした。

「ふふ、意外とドジなんですね」
「…まぁな」

思わず手袋をした手で、ホットココアをコートのポケットに入れる。こんな甘いもの飲んでるって、カッコ悪くて言えるかよ。

「私とちょっと、付き合ってくれませんか?」


スタッフから聞いて、ティエが外で待ってるのを知って、慌てて走った。外の景色はもう冬そのもので、クリスマスソングすら流れている。そういえば、ティエとクリスマスの約束すらしていなくて、今日この後そんな話をしようかと思ってた。クリスマスと言えば、私とティエの初体験の日なのも、思い出して、恥ずかしい。あの時、ティエに襲い掛かる自分は、素直に好きと言えなかったのか。

「付き合って初めての…クリスマスかぁ…」

思えば、カイとのクリスマスは、家族ぐるみで、いつも二人きりになる事が少なかった。家族を本当に愛してる人だって知っていたから、温かい家庭が築けると思っていた。いつも、未来の話ばかりで、私はそんな彼が好きだった。恋愛感情ではけしてなかったけれど、婚約したときは、子供が産めない自分でも、パートナーに選んでくれてありがとう、と心から思っていたの。思えば、彼に子供が出来ないと言った時、彼は酔っていたから、覚えていないのも無理はない。それでも、私は、ショックだった。身勝手かもしれないけれど、差別された気分だった。それと同時に、家族が欲しい彼にとって、家族を作れない私は、ひょっとしたら重荷なのかな、と劣等感すら感じるほどに、悪いとも思っていた。

「あ、雪だ…」

それでもね、この雪みたいに、二人で愛を積み重ねれば、白くて埋まってく、過去を忘れられると思ってた。その雪が真実現実で、溶けてしまうともしらずに…。

ラインで待ってると言っていた、時計塔の前。ティエは居なかった。どうして?お手洗いかしら?と、トイレの方へ向かってもいない。近くの公園を見ても、どこにもいなかった。そのうちに雪が深くなり、私は、櫂との嫌な思い出を思い出していった。櫂との嫌な思い出は必ず雪だった。継母に気に入られなかった私。いつも、冷たい目に遭ってた。彼は助けてくれなかった。それどころか、私の悪口を継母に告げ口していた。

ーやめて…

ううん、彼にはいい思い出も沢山あるじゃない。そう思い返して、同時に辛くなった。何で楽しい思い出もティエと居れば思い出さないのに、こんな雪の日は考えてしまうの?

「お姉さん、一人?」

声を掛けてきたのは、日本酒のカップを持ったおじさんだった。身なりはあまりよくなく、明らかにふらふらして酔っている。

「一人だったら一緒に…飲まない?」

ティエを探したいし、このおじさんに付き合う義理もないのだけれど、こんな夜遅くに、あやしいおじさんと飲むほど暇ではない。

「ほっといて下さい」

冷たく言い放ったはずなのに、おじさんは肩を抱いてきた。

「いいじゃないか」
「きゃっ…!」

手を振りほどこうとしたとき、一瞬何が起こったのか分からなかった。その手が他の男性にひっぺはがされ、流れるように技をかけて、投げ飛ばしたからだ。その動作が、はやすぎて肩が軽くなったと思えば、男性が投げ飛ばされていた。

「いって…ぇ!!」
「彼女に何かしたらぶっ殺すからな!」

何か言いたげに床に這いつくばりながら睨んでるおじさんは、そのセリフを聞いて、よろよろと立ち上がって逃げ去っていった。

「この馬鹿!!」
「な、何で怒るのよ…!」
「こんな夜中に!女一人で公園を通るな!」
「だって、ティエが居なかったんだもの!」
「それは…」
「事故に遭ったのかと思ったし!何かあったのかと思ったじゃない!!」

自分の目に涙が零れてるのを知ったのは、ティエが人差し指で、涙を拭ったからだった。

「怖かったんだもの!またあの時みたいに、さよならされると思ったんだもの!!」

あれも雪の日。別れてくれと言われた日。熱湯を継母にかけられ、お見舞いに来た彼は、お金が入ったケースと弁護士を連れてきた。婚約破棄をして欲しい、それと同時に、無責任に幸せになって欲しいと、矛盾を言われた。何が起きたか私は理解できなくて、怪我の心配もそこそこに、話だけが進んで行った。継母は、一言も謝らなかった。嫌、去らないで…私を捨てないで、そう思うと同時に、ティエの思いを隠しきれてなかったことを、彼に最後に言い放たれて現実に帰る。

「…俺がそんな無責任な男に見えるのかよ」
「見えない!見えないけど!!」

何で私は泣いてるんだろう。涙が止まらない。雪が余計に酷くなっていって、冷たい息は白く変わっていく。

「そんな男忘れろよ!!」

気付けば、彼の腕の中で、私は子供のようにしがみつく。腕から伝わるぬくもりと、視界を覆う大きな胸板。息苦しさが心地よくて、涙が驚きで止まった。

「何で…」
「好きだから」
「…ぇ」
「雨音の事が好きだから」

胸が暖かくなって、心臓がドキドキとダンスした。耳元で囁かれる愛の言葉は、私には嬉しくて仕方ない、魔法みたい。彼の心臓も、激しくダンスして、一緒に踊ってるみたいだった。手袋越しに指を伝う、ぬくもりが、手袋を脱がして、左薬指に何か冷たい感触がした。

「予約。」

「雨音をずっと手に入れるための…俺の女の証だよ」

それは、ダイアモンド。女の子の憧れる永遠のアイテム。の、ひとつ前の恋人の証。中央に雫型のダイアモンド、横にブルーダイヤモンドが小さくキラキラと輝いて…私は、嬉しくて気付いたら笑っていた。

「雨音の笑った顔が好きだよ。」
「私も。ティエの笑った顔が好きよ。」

本当はね、そう言うと、笑いながら照れる貴方の顔が、一番好きよ。

ティエは、同じことを一緒に思って、気付けば、二人で笑って抱きしめあっていた。

その横で、クリスマスソングがずっと流れていた。

あの時、抱かれたクリスマス、ティエの事が好きで何度も何度もキスした。でも今は、好きだって、伝わってるんだね。
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