見えない明日に揺れる僕たちは

多田莉都

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第3章

夏休みの前に 2

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 夜、家の書斎に入った。
 この家にはたくさんの本があり、その多くは父が集めたものだった。
 僕は「方丈記」の口語訳を書いた本があることを知っていたので、この書斎に入ったのだった。

「なにをしているんだ」

 その声に思わず背筋が伸びた。
 部屋の入口を見るとスーツ姿の父が立っていた。ドアを開けっぱなしにしていたので僕がいることに気が付いたのだろう。

「ちょっと調べ物を」
「そうか」

 僕が何を調べているかを父は興味などないのだろう。ひんやりとした空気が流れ込んできたような気がした。

「学年9位だったそうだな」

 母に結果を伝えたので父が知っていることには驚かなかった。僕は頷いた。

「秋は必ず1位を取り戻すんだぞ。地元の中学程度で1位を取れず、まともな医大には行けない」
「はい」

 僕がそう答えると父はそれ以上何か言うことはなく、廊下を歩き始めた。自分の部屋へと向かったのだろう。父の部屋のドアが開き、パタンと閉まる音が聞こえた。
 父の言うとおり、小さな世界とも言うべき、地元の中学程度で1位を取れないならば、僕は一流の医大には届かないのかもしれない。
 もし、一流の医大に入らなかったとき、僕はどうなってしまうのか。小学校の頃から、ただ漠然と進んできた道はどうなってしまうのか。何もなかったことになってしまうんじゃないのか。
 
 唇が渇いているような気がして、僕は左手でなぞった。

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