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7巻
7-1
しおりを挟む第一話 騒乱の後始末
私の名はルゼ・デュサ・オブゼーク。
貴族第三位のデュサであるオブゼーク家の長女で、縁があって実りの聖女エリネ様の聖騎士をしている。このランネル王国初の女騎士であり、第四王子ギルネスト殿下の婚約者で、幼い頃から魔物狩りをしていたちょっと変わったお転婆なご令嬢、というのが世間に公表されている、私のやたらめったらきらきらしい出自である。
実際は、傀儡術というかなり特殊で、世間では忌み嫌われる魔術の才能を持っていたために親から捨てられた孤児である。少なくとも私はそう思って育ったため、いきなり貴族の娘にされた時は驚いた。
そんなとんでもないことになってしまったきっかけは、余命宣告されるほど重い病を患ったオブゼーク家次男、ルーフェス様の身代わりとして男装し、騎士団に入り込んだことだ。以来実力主義の王子様に妙に気に入られてしまい、魔物と人間とで共謀して私腹を肥やす悪人共をぶっ潰す手伝いをしていた。そしたら魔物の王族と知り合うわ、ずっと探していた癒やしの聖女ノイリと再会するわ、それらの出会いを機に王子様が魔物達との貿易を始めてしまうわ。その間に私が女であることがバレてしまい、気がつけば身代わりをしたことの辻褄合わせのために、ルーフェス様の双子の妹ということにされていたのだ。こう言うのもなんだが、我ながら無茶苦茶だ。
実力主義の王子様ことギルネスト殿下、ギル様は、そんな私の無茶苦茶な経歴を承知で求婚してきた。正確にはプロポーズ予告だ。そしてついこの間、正式に求婚する条件だった、ある暗殺組織の壊滅……というか、そこにいた傀儡術師達の懐柔に成功し、私を断れない状況に追い込んだ。そのため、とうとう私は王子様の婚約者となってしまったのだ。
なんという玉の輿。人生何があるか分からないものである。
そして現在、私は冷たい風にさらされ、外套の襟をかき合わせながら、ある建物を見上げていた。
飾り気のない、実用一辺倒の施設だ。長いこと人が出入りしていなかったせいか傷んではいるが、造りはしっかりしている。
この建物に、先日懐柔した傀儡術師三十人強を収容することになったのだ。私がここにいるのは、これまでギル様の従騎士ゼクセンの別荘にいた彼らを、ギル様達と共に引率してきたからである。
傀儡術師達や、建物の見張り役として一緒に来た同僚の聖騎士達も、初めて見るこの建物に感嘆の声を上げた。皆、ここまで立派なものだとは思っていなかったらしい。
元々ここは、傀儡術の才能のせいで親に捨てられた子供を引き取るために見つけた、新しい孤児院の候補地だったらしい。ギル様が自分の手駒を増やし、なおかつ傀儡術師である私にプレゼントするべく内緒で探してくれていたのだ。それがまさかこんな形で役に立つとは思わなかったそうだ。
ここが新しい家だと知って、傀儡術師の子供達ははしゃいでいる。子供達の多くは組織に入ってからずっと森の中にあるアジトに住み、森から出ることはなかったから、初めての場所が楽しくて仕方がないのだ。一方、大人の傀儡術師達はただただ茫然としていた。何しろ傀儡術師達と、十人以上の聖騎士という大所帯が入り口前でたむろ出来るぐらい、敷地も建物も広いのだ。
「でも意外と綺麗ですね。裏に入っているとはいえ立地もさほど悪くないし、補修もそんなに大変そうじゃないのに、どうして使われてなかったんです?」
私の問いにギル様はさらりと答える。
「ああ、祟りがどうとか、悪霊がどうのという噂があるんだ」
沈黙が落ちた。子供達もピタリと動きを止め、そのうち半分ほどが怯えて大人達に抱きついた。
「い……今何と?」
「だから――言ってしまえば、幽霊が出るらしい」
子供が悲鳴を上げて泣いた。子供だけでなく、大人も似たような反応をしていた。
「僕が視察ついでに泊まった時は、何も見えなかったがな」
その言葉を聞いて、これからここに住まう傀儡術師達は胸を撫で下ろす。
「いやいや、出ましたって! ただ、ギル様が寝ぼけて怒鳴りつけたら静かになっただけで」
ゼクセンの言葉に、傀儡術師達が再び怯えの色を見せた。
「えっと……みんな泊まったの?」
「うん、一緒に泊まったセルに結界を張ってもらったから平気だったけど。ギル様はそういうのには鈍感な性質らしくて」
私は平然としているギル様を睨みつける。
「ギル様、いくら何でもそれは……。術者ばかりとはいえ子供がいるんですよ?」
「大丈夫だ。ニースのような魔力無しには危険だが、これだけ魔力のある人間ばかりだと死霊は弱る。奴らは魔力に弱い」
「そうなんですか……って、まさかそれで自然消滅するまで我慢しろと?」
「まさか。ここはこいつらじゃなくて、普通に引き取った子供を入れる予定だったんだぞ。いくら傀儡術の才能があっても、普通の子供にそんな真似するか。もうすぐエリネ様と神官達が来て悪霊祓いをすることになっている。それに協力するんだ。これだけ魔力持ちがいれば悪霊などどうにでもなる。ここが放置されたのは、悪霊祓いには多数の魔力持ちの協力が必要なのに、それを揃えるのが難しかったからだ」
皆は首を傾げた。
「難しいんですか?」
「それだけの魔術師を悪霊の出る場所へ呼ぶのに、どれだけの伝手と手間と費用が掛かると思ってるんだ? 数を揃えるというのは本当に難しいんだぞ」
確かにものすごく難しいかもしれない。魔術師のような技術職は働き口で困ることはないから大抵忙しいし、悪霊は嫌だろうし。
「なんで悪霊が出るようになったんです?」
「大量虐殺だ。つまり曰く付きの激安物件だが、要は出なくなればいいんだろう?」
突然尋ねられたエルド――瞬間移動が得意な傀儡術師の青年が身をすくめながらも答える。
「まあ……………………悪霊が、いなければ」
本当は嫌なのだろうが、彼らは嫌とは言えない立場である。
「そうだろう。ここぐらいしか、予算内で買える場所がなかったんだから我慢しろ。ただでさえエノーラに借りを作ってるんだ。お前達の救出に魔族を雇ってもらったこともあってな」
その言葉を聞いて傀儡術師達は黙った。先日、私とエリネ様が彼らに誘拐された際、彼らの仲間によってアジトが爆破され、ここにいる大半が地下に閉じ込められたのだ。どういう経緯か知らないが、事態を知るやすぐさま動き出したゼルバ商会のエノーラお姉様は、即断即決で金に物を言わせて魔族を雇ったという。その時の費用は安くなかったらしい。
黙ったエルドを見てギル様は満足そうに頷く。
「もう、ギル様は強引なんだから」
ゼクセンが呆れ半分で言う。霊に怯え、縋るように彼に引っつくティタンとレイドが情けない。ギル様の従騎士の中で、一番肝が据わっているのは意外にもゼクセンのようだ。
「ゼクセンは霊とか平気なの?」
「まあね。こういう物件はけっこうあるんだよ。うちの本邸も元々はそういう物件なんだって。安く買い叩いて、執事のグモロスさんがどうにかするんだ。彼は大概のことは一人で出来るから」
私は、先日一緒に仕事をしたマイナー魔法の蒐集家である老紳士の顔を思い浮かべる。
「相変わらずあの人は万能執事ね……。っていうか、ここもエノーラお姉さまの紹介?」
「そう。さすがにグモロスさん一人じゃ無理だから買わなかった物件だよ。だけど神官を引っ張ってこられるなら、ってことでギル様に紹介したんだって」
そうやってエノーラお姉様はギル様にどんどん貸しを作っていくのだ。金と人脈の力は偉大だ。それが新たな金と人脈を生むのだから。
「殿下、二階の窓からエリネ様と神殿の方々が見えました。お出迎えの用意を」
外で無駄話をしていると、建物の中からギル様が所属する火矢の会の騎士が出てきて報告した。
火矢の会とは聖女を守る非公式団体である。彼らはエリネ様や神官達の到着を待つ間、ギル様の命令で、中に危険はないか見に行ってくれたのだ。こんな場所に先に入らされるとは可哀想に。
「いいか、除霊にはしっかり協力するように。自分の居場所は自分で作るんだ」
ギル様は傀儡術師達に向き直り、腰に手を当てて偉そうに言い放つ。
「お前達はエリネ様の保護下にあるから、今回は神殿がタダで手を貸してくれる。本来なら高いお布施を払わなければ絶対に動いてくれないだろう。神とエリネ様とエノーラに感謝しつつ、自分の魔力で悪霊を駆逐し、自分の手で建物を補修しろ」
傀儡術師達は頷こうとして、はたと気付いた。
「え、補修も?」
「普通の建物の補修なんてしたことがないんですが」
不安げに言う傀儡術師達。彼らが住み着いていたのは遺跡だから、色々と勝手が違うのだろう。エノーラお姉様に感謝することについては何の疑問もないようだ。
「残念ながら補修のために人を雇う金はない。もちろん、聖騎士団の男どもの手は貸す。それが終わって落ち着いたら、最低限の読み書き計算が出来るようにしてやる。それでも文句がある奴は素直に言え」
言えるはずがない。私がそう思った時、十歳ぐらいの目つきの悪い少年、ナジカが手を挙げた。
「質問いいですか?」
「なんだ。言ってみろ」
「ここって元はどういう施設なんですか?」
「ただの研究所だ。さ、中に入ってエリネ様をお迎えするぞ」
ギル様は嫌そうな顔をするエルドの背中を叩きつつ、彼らを連行した。
結局、大量虐殺があったここが何の研究所だったかは言わなかった。
神官達を引き連れたエリネ様が施設の静かな広間に入ると、突然ラップ音が始まり、出迎えた子供達が悲鳴を上げた。
「え、何、何!? 何ですかこの音っ!?」
「ただの家鳴です。エリネ様、どうぞ中央へ」
驚くエリネ様の問いを巫女頭のアルシエラ様はさらりと流し、そのまま彼女を中央へ導いた。
「た、ただの……なんですか?」
「大したことはございません。エリネ様、ご自分で望まれた案件には責任を持って対処せねばなりません。もちろん私達も全力でエリネ様をお支えいたします」
「は、はい」
私がそそのかしたとはいえ、傀儡術師達を助けるというのはエリネ様も望んだことだ。だから彼女が動かなければならない。
「エリネ様は聖女であらせられるので、今後、人々に乞われて似たような現場にお出向きになることもございましょう。今回は優秀な神官達がいるのでまず安全。経験を積む良い機会です」
「え、そうなんですか……」
慰問とかお力の研究の時ぐらいしかご一緒したことはなかったが、聖女の仕事にもいろいろあるようだ。不安そうにするエリネ様に、道案内のため同行してきたエノーラお姉様が声をかけた。
「ご安心ください、エリネ様。ここにはうちの愚弟も泊まったことがございます。ギルネスト殿下の一喝で静かになる悪霊など、エリネ様の清浄な気配に当たればすぐに浄化されてしまいますわ」
エノーラお姉様のおべっかに、さすがにそれはないだろうという顔をするエリネ様。しかしアルシエラ様も同調するように頷いた。
「もちろんです。エリネ様がお持ちのような強い魔力には、そういった力もございます。ギルネスト殿下の一喝で静まったのだとしたら、それは殿下の魔力が強いからでございましょう」
「まぁ、存じませんでした。だからわたくしのような素人でも、お役に立てるのですね」
エリネ様は意を決したのか、怯えながらも中央へと進み出た。神官がエリネ様を中心にして床に円を描き、その円と私達の間に魔法陣が描かれた紙を敷いた。
必要なのが強い魔力であるならエリネ様でなくてもいいような気がするけど、アルシエラ様の言う通りきっと経験を積ませたいのだろう。
「エディアニース様、こちらに。セルジアス様、グランディナ殿下、お手をそのまま」
神官医のセルと姫様に両手を握られた聖騎士、エディアニース様ことニース様が、複雑そうな表情を浮かべて紙の魔法陣に乗る。
「皆さんの中に魔力のない方はいらっしゃいませんか」
「本当に小さな子供と、ニース以外の魔力の少ない騎士は外に出ろ」
神官の呼びかけを受けてギル様が命令する。傀儡術師には魔力が少ない者はいないから全員この場に残り、聖騎士達は入団間もない頃に行った魔力の検査結果のもと、何人かが出て行こうとする。それはいいけど、なんで魔力無しのニース様は残るんだろうか。
恐い目に遭わせるのが可哀想な幼児達は、大人達に背を押されておずおずと前に出た。
「ラント、面倒を見ていてくれるか?」
「構わねーぞ。ほら、ガキ共行くぞ」
私のお友達であるウサギ獣族のラントちゃんに促されると、幼児達はとたんに機嫌良く走って行った。子供達は皆、動くぬいぐるみのような彼が大好きなようだ。
彼に手を引かれて外に出ていく子供達を見て、苦笑しながら魔力の少ない聖騎士も後を追う。
「エノーラさんと、侍女のお二人も危ないから外に出ていた方がいいんじゃないですか? これだけいれば魔力は足りてるでしょうし」
おずおずとティタンが言った。彼女達は魔力が少ないわけではないが、素人だからその方がいい。
「そうだな。お前達はこれに付き合う必要はないだろ」
「いいえ、私はエリネ様のいらっしゃるところに控えております」
エリネ様の後ろに控えていた侍女のカリンが言い、同じく侍女のウィシュニアも頷いて見せる。
「そうか。ではアルシエラの指示に従え」
侍女達は神妙な表情でまた頷く。エノーラお姉様も慣れているのか出ていくつもりはないらしい。
「では協力して下さる皆様は、エディアニース様の後ろ……今から引く線よりも後ろに控えて、心を強く持って下さい。それだけで大丈夫です。人によっては少し疲れるかもしれませんが、一晩休めば回復するでしょう」
アルシエラ様の指示を受け、神官がチョークで白い線を描いた。ギル様は私の手を引いて線の後ろまで下がる。侍女達は聖騎士の後ろにいるよう、ティタンが誘導していた。
「あの、エリネ様はともかく、魔力が全くないと分かっているニース様は何のために……?」
ニース様は儀式の準備をする神官達に囲まれ、居心地悪そうにしている。その様子を見て私はギル様に尋ねた。
「ニースは魔力がないから、幽霊を集める囮として最適なんだ」
悪びれもせず言うギル様。私が呆気にとられていると、ナジカに袖を引かれた。
「なぁなぁ、あの人って、偉い人なんだろ?」
そう言ってナジカはニース様を指さす。
「王位継承権がある程度には」
「お……いいのか、そんな人を囮とか……」
「本人が納得してるみたいだから……」
姫様に言われて、拒否できなかったのだろう。まあ専門家が揃っていて安全だし、きっと大丈夫だ。そうでなければこのようなことはしない。きっと。
「貴族って、もっと偉そうで何もしない奴らだと思ってた」
「そういう人もいるけど、ニース様はエリネ様の聖騎士だから」
私でさえどうかと思っているのだから、実情を知らない彼らにとっては驚愕の扱われ方だろう。
「ニース様は本当に大丈夫なんですか?」
エリネ様も不安なようでアルシエラ様に問う。
「ええ、もしここで失敗したとしても、これほど生気に溢れた方をたかが死霊が取り殺すのは不可能です。何より失敗などいたしませんわ」
アルシエラ様の力強い言葉に、エリネ様は神妙な面持ちで頷いた。
「さあ、グランディナ殿下はこちら側へ」
姫様がニース様から離れると、神官達が円に沿ってエリネ様を囲む。セルも神官の一人としてその輪に加わった。離脱した姫様が白線の後ろまで下がったところで、アルシエラ様が皆を見回す。
「さあ、始めましょう」
アルシエラ様が宣言すると、神官達が聖詞を唱え始めた。
「ナジカ、あれで浄化するのか?」
「んなのオレに分かるはずないし」
十四、五くらいの少年がナジカに話しかけていた。私と変わらない年なのに、何故年下のナジカに聞く。
「彼らを哀れみ、救われるように祈ることが除霊だそうよ」
皆の疑問に答えるように姫様が言った。
「それだけでいいの?」
「そう。特にエリネ様は、意図して魔力を広げる訓練を受けているから、儀式の核としては最適で除霊も比較的簡単だそうよ。囮に集まった死霊をエリネ様の魔力で包むのですって。神官達はエリネ様の魔力を広げる手伝いをする者、死霊をおびき寄せる手伝いをする者、生者を守る結界を張る者達と、三つの組に分かれているのよ」
役割だけ聞いても大がかりだ。その上大量の魔力が必要なら、やり手がいないのも当然である。
「ああいう死霊は自分達が救われないから、生きる者を呪い、妬み、引きずり込もうとするの。その怨念が彼らを縛りつけて救いから遠ざける。だから聖詞を唱えて救いへの道を示してやればいいらしいわ。ただし魔力がないと意味ないみたいだけど」
エリネ様は目を伏せて指を組み、ご自分がお仕えする豊穣の女神レルカと、それとは別に、冥府の女神ユラにも祈りを捧げる。エリネ様が後からいらっしゃったのは、大神殿の中にあるユラの祭壇へ供物と祈りを捧げてきたからだ。成功したら、もう一度供物と感謝を捧げるのだ。
「うっ……」
魔法陣の中にいるニース様が小さく呻いた。すると彼の周囲に、何か靄のようなものが集っているのが見えた。
「うっわ。すげぇ数」
ナジカが声を上げた。私には何か数えられるものがあるようには見えない。
「そんなにすごいの?」
「あんなにすごいのに見えないの? なんか中にいるあの人が見えなくなるぐらい霊が集まって、周りをぐるぐる回ってる! すげぇ!」
「私はなんか靄っぽいのが見えるかなぁって感じ。ニース様がびくついてるのはよぉく見える」
「私には靄どころか遮るものなく、間抜けなニースの姿がよく見えるわ。こういうのは個人差があるのは知ってたけど、魔力の強さとも関係ないのね」
私以上に見えていない姫様が感心したように言う。その間、ニース様は顔をしかめて周囲を気にしていたが、ついには立っていられなくなったのか膝をついた。すると靄が勢いづいてぶわりと巻き上がる。祈りながらも目を開けたままだったエリネ様は、それを見て慌てて目を伏せ、魔力を広げる。魔力で死霊が弱るというのが本当なら、きっと効果があるのだろう。エリネ様はいつも植物にしているように、魔力で彼らを包む。
突然呻き声が聞こえた。辛そうな、悲しそうな呻き。ナジカや他の見える人達が飛び上がって身を寄せたから、彼らにはもっとすごい怨嗟の声が聞こえているのだろう。歌で攻撃できる傀儡術師、自称子守歌のマグリア(音痴)にも見えているらしく、何も見えていなさそうなクロトという仲間の青年を盾にしている。こういうのは鈍感な方が気が楽でいいのかもしれない。
しばらくすると徐々に呻き声が静まっていく。
「うわっ。本当に少なくなってく」
ナジカがニース様を見て、声を上げた。
「そうなの?」
「光がキラキラして消えてくよ。浄化されてんのかな? すげぇ」
見えている中で一番余裕があるのは、やはりナジカだった。こういう性格だからか、彼は年少組の中で一番頼られる存在らしい。事実、彼の周りには他の子ども達が引っついている。そして傀儡術師としては一番強く、かつ見えてないクロトも皆から引っつかれている。
「あの騎士様関係ないのに、騎士様が浄化してるみたいでかっけぇ」
それを聞いて、怯えて俯いていた人達も顔を上げる。
「ギル様には見えます?」
「悪いが、見えんな」
ギル様が首を横に振ると、その隣にいたゼクセンが、やれやれとばかりにため息をつく。
「すごく格好いいですよ。聖騎士の制服とも相まって、奇跡のように幻想的な光景です。いかにもルゼちゃんが好きそうな感じなのに、見えなくて残念だね」
ゼクセンは腕を組んでそう言った。言われてみればなんだか損した気分だ。
「除霊ってすげぇ派手なんだなぁ」
「私にはみんながブツブツ言ってるだけで、すごく地味に見える。ずるい」
「あたいも見えない。ずるい」
「俺は派手に見えるぞ」
見える傀儡術師達も幻想的な光景とやらになって余裕が出てきたのか、雑談を始めた。聖騎士達やエノーラお姉様含め、全体的には地味に見える派が多いから、私が特別鈍感なのではないらしい。
「私にも地味に見えるわ。ニースが藻掻いたりきょろきょろしてるだけで、面白みもないわね」
一番肝心な姫様には、ニース様の格好いい姿は見えないようだ。
褒めてほしいだろうただ一人の人に見てもらえないなんて、可哀想なニース様。
除霊が終わって疲れ切ったニース様を憐れみ、エリネ様が姫様に介抱するよう頼んでいた。私達は空気が読めるので、姫様に呼び止められる前に外で待つ皆を迎えに行った。神官達も念のため建物内を隈なく点検すると言って散り散りになったため、姫様は看護を余儀なくされた。
私達が外に出ると、子守をしていたラントちゃんは女の子達に囲まれ、ママゴトとは違う謎の石を使った遊びに付き合わされていた。エノーラお姉様に付いて来たゼルバ商会の人達もそこにいる。
「ねぇねぇ王子さま、もう幽霊はいないんですか?」
外で待っていた小さな男の子に聞かれ、ギル様は頷いた。
「ああ。霊の見える神官達が今見回ってくれている。もし残っていたとしてもお前達が怖がるようなのは残っていないし、神官が何日か泊まり込んで様子を見る予定だから安心しろ。なあセル」
名を呼ばれたセルは、不服そうな顔をして見せた。
「僕も泊まり込みなの?」
「お前もエリネ様付きだろう。僕は見えないから役に立てない。お前に任せる」
「後で埋め合わせしてよね」
「聖職者が意地汚いことを。金はないから、金の掛からないことでな」
ギル様はセルの頭をぐしゃぐしゃにかき回しながら言う。
「ギル様、そんなにお金が大変なんですか?」
大きい施設だから、激安とはいってもやっぱり高かったのだろうか。
「個人的な、つまりお前との結婚関係の出費もあるからな」
そういえば高そうな婚約指輪をもらったっけ。結婚に向けて、色々と物入りなのだろう。
「孤児院の新設のために国庫からぶんどった予算も余っていないわけじゃないが、無駄使いは出来ない。こいつらは今でも十分、食っていけるだけの技術は持っているから、大変なのは最初の内だけだろう。きちんと体制を作ってしまえば、後は大丈夫だ。本来は人材を育てながら運営していく予定だったが、それよりは安く済むはずだ。傀儡術師としてそれなりに完成している大人連中もいるから、新しく子供を引き取っても持て余すことはないだろうし」
予定通り新しく傀儡術師の子を引き取っても、面倒を見てくれそうな大人がたくさんいるということだ。私は隅っこの方に所在なく立っている大人の傀儡術師達を見た。彼らはまだ手を汚していない子供達と違って、組織の一員として働かされていた。そう考えると微妙な立場である。
「女性でしたら、何人かうちで引き取りましょうか」
突然、エノーラお姉様がそう提案した。私が有用だから、同じような力を持つ彼らを欲しがるとは思っていたが……
「女の人だけなの?」
「ええ。ほら、女性で警備が出来る人って少ないでしょう? やっぱり武装しなくても強い女性は護衛として貴重なの。今は私の護衛分を手配するだけで精一杯で、お店にまでは置いておけなくて。夫が私の近くにグモロス以外の男性がいると不安がるから、女性の方がいいのよ」
弟であるゼクセンの問いに、エノーラお姉様は笑顔で答える。
「この前まで暗殺組織にいた人材をいきなり使う気か」
ギル様が呆れたように言う。
「組織に守られていない元組織員と、その辺の傭兵ではどちらを雇っても同じですわ。素直に言うことを聞く素直で有能な子でしたら、雇ってみたいと思うのは当然ではありませんか?」
「確かにそうだが最初から信用しすぎるのも問題だぞ? 信用は築いていくものだ」
「もちろんです。いきなりお店に置くのではなく、読み書きを教える他に私達がマナー講座を行うのはいかがでしょう。彼らは世間を知ることが出来て、私達は彼らの人柄を知ることが出来ますわ。世間で通用するマナーが身につけば、ギルネスト殿下も連れ歩きやすくなるのではありませんか」
「そうだな。ついでに買い物の仕方や一般常識も教えないとな。仕事で外に出ていた奴以外は田舎者以下なんだ」
「お任せ下さい。どこに出しても恥ずかしくないようにしてみせますわ」
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