嘘の日に初恋が実ることはない

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中

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「彼でよろしいですか?」
「……はい」


 七年目の俺を選んだのは憔悴した男だった。
 端正な顔立ちをしているが、目が完全に光を失っている。

 まだ始まって時間はさほど経っていないので、上の方のランクのアルファなのだろう。今までの彼らと同じく、何か訳があってやってきたのだろう。


 近くの飲食店に連れて行かれ、豪華な料理を注文してもらった。
 といっても大量の料理が並べられているのは俺の前だけ。彼は今にも死にそうな表情でゆっくりと具なしのうどんを啜っている。

「大丈夫ですか?」
「ああ、いつもこうだから。君も他に食べたいものがあったら注文してくれ。それが今日のお代」
「あなたはなぜ俺を選んだのでしょうか」
「ユキちゃんがいなかったから」

 ぽつりと呟き、アルファはピタリと手を止めた。そしてゆっくりと視線を上げた。

「君はユキという名の女性オメガを知らないか?」
「ユキ、ですか?」
「ああ。君と同じくらいの年で、途中で入所した子だ」

 彼は幼い頃、とある少女に恋をしたらしい。
 けれどとあることがあってから急に姿を見せなくなってしまった。後で施設に入ったと人づてに聞いた。その時初めて彼女がオメガだと気づいたらしい。

 番選びに参加出来る年になってからは毎年彼女を探しているのだが、一向に見つからないのだと言う。

「実は以前、田賀谷さんに頼み込んで彼の選んだオメガにも聞いてもらったことがある。だが知らないと言われてしまい……。今年見つからなかったら、俺が参加するよりも先に選ばれたのだろうと諦めようと思ってた。そんな時、一人だけ発情していない君を見つけた。確か去年もその前も一人だけ全く反応していなかったはずだ」
「よく覚えていましたね」
「偶然だがな。だが君ならまともに話が出来ると思った。だから教えて欲しい」

 この通りだ、と頭を下げられる。
 けれど施設内はオメガばかり。ユキという名前と性別だけ分かっても特定するのは難しい。もっと情報がなければ。

「施設に入所したのはいつですか?」
「十七年前の春だった」

 俺が施設に入ったのと同じくらいの時期か。それなら同期ということになる。記憶を辿るのも容易である。

 だがその中にユキという名の女性はいない。それどころか同世代のオメガはいなかった。皆、赤ちゃんだった。

「その記憶は確かですか?」
「なぜ?」
「俺も同じ時期に入所しましたが、ユキという名の女性オメガどころか途中入所者はいませんでした。時期が違うのだと思います」
「子どもの頃でひどく困惑していたから、間違えて覚えていたかもしれないということか。念のために聞くが、君の記憶に違いはないか?」
「施設に入ったばかりのオメガは施設に慣れるために、一ヶ月ほど別のオメガとは違う部屋で過ごすんです。俺はそこでおむつ替えマスターとなったので、間違いありません。断言出来ます。他に情報はありませんか?」
「彼女は君と同じ、暗い緑の髪に闇に包まれたような瞳をしていた」

 暗めの緑の髪に黒い瞳の女性か。何人か心当たりはある。だが皆、ユキとはかけ離れた名前だった。

 成長途中で髪の色が変わったのだろうか。染めずとも、人によって色味が大人しくなったり、艶が出てきて色が違って見えたりということもある。

 何より子どもの頃の記憶というのはあやふやだ。日陰で見ていたために色を誤認していた可能性も否定出来ない。

「写真などはありますか?」
「ない。昔、公園で会っていただけだから」

 写真さえあれば似ている顔を見つけることも出来ると思ったのだが……。

 困っているのなら協力してあげたい。そんなに死にそうな顔をして欲しくない。

 目の前のアルファも自分と同じで、どこにいるかも分からない相手に片思いをしているから。仲間意識のようなものが芽生えていた。
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