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【番外編】スープ
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しおりを挟む「あー……しんどい……」
なんとバイト中に生理が来てしまった。
夕紀さんはそんな私を心配してくれたんだけど、無理して定時まで仕事を頑張ってしまったから帰り道を歩く今が一番しんどい。
「りょーくんは私の帰りを待ってくれてるよね? お腹空かせてないかなぁ?」
今日も源さんのお魚と初恵さんのお野菜をもらっていて、帰ったらちゃちゃっと調理するつもりでいるんだけど
「今日の鯛のお刺身は全部りょーくんにあげよう……ちょっと食べれそうにないもん」
生モノを食べる気になれない私はふりかけご飯で済ませようと心に決め、エレベーターのボタンを押す。
「あーちゃんおかえり。生理用品と使い捨てカイロの買い足ししておいたよ」
玄関扉を開けると、りょーくんが優しい微笑みで出迎えてくれて
「ごめんね、生理用品買うとか恥ずかしい思いさせちゃって」
私は雪崩れ込むように彼の逞しい胸筋腹筋に自分の体を預ける。
「なーに言ってんの! 約束したでしょ? あーちゃんの体を守るのも彼氏としての仕事の一つなんだって」
りょーくんは私を優しく抱きとめながらそう言い返してくれるけど、私の生理周期や基礎体温を気にかけてくれて私が生理になったら報告してって言ってくれてちゃんと必要なものの補充をしてくれる20歳の彼氏なんてきっと日本中探してもりょーくんしか居ないんじゃないかって思っている。
「ありがとりょーくん」
私は感謝の言葉を呟きながら一方的なハグを解くと
「あっ、この袋は源さんと初恵さんの?」
りょーくんは食材が入ったポリ袋を指差し私の手から自分の手にと袋を引っ掛け直した。
「うん。今日の源さんのはね、鯛のお刺身なの。私お腹痛いからお刺身全部食べちゃっていいよ」
「鯛の刺身かぁ……野菜はえっと……あ、トマトとブロッコリーがある! しかもブロッコリー小房に分けられてて使いやすそうだね」
りょーくんは廊下を私と歩きながらポリ袋の中を覗き込んでいて
「うん、だから今日の夕食は鯛のお刺身とサラダにしようかと」
「そのくらいなら俺にも出来るから! だからあーちゃんはしばらくソファで休んでてね」
「えっ? りょーくんが?……って、きゃあ!」
顔を上げたりょーくんの表情はキリッとしていて、食材の袋をカウンターに置くなり私をソファまでお姫様抱っこで移動させてくれた。
生理でしんどいとはいえりょーくんが支度してくれるなんてビックリしたのと……
「いい匂い……」
グツグツと何かを煮込むような音やトマトの良い香りがソファに横たわる私の耳と鼻を喜ばせる。
さっきまではお腹が痛過ぎてふりかけご飯で済ませようなんて思っていたのに、嗅覚と聴覚の刺激は「りょーくんは何を作って私に提供してくれるんだろう?」と、私を欲張りにさせた。
「鯛とトマトのスープを作ってみたんだ。前にもあーちゃんが生理痛で辛そうにしてた時に『暑い日でも温かいスープが嬉しい』って言っていたのを思い出したから」
「えっ? トマトスープ? これ……りょーくんが作ったの??」
数十分後、ソファ前のローテーブルまで彼がわざわざ持ってきてくれたのは、丸いスープカップに盛り付けられた鯛の切り身入りトマトスープとふりかけが混ぜられたおにぎりだった。
「簡単だよ! トマトはフォークで潰して水とコンソメを入れて味を整えれば良いし……あ、ブロッコリーは初恵さんがカットしてくれてるまんまを使ったから具としては大きいかもしれないけど」
りょーくんの体は元気なのに、スープカップもおにぎりもちゃんと2人分用意されている。
「私の為だけにわざわざお刺身をスープに……」
「源さんのお刺身は時々食べてるからね。アレンジだよアレンジ!」
りょーくんはニコニコ顔で私の考えを跳ね除けるような言い方をしてくれて
「それに、このメニューならソファに座ったままでも食べられるから♪ ご飯もおにぎりにしちゃえばお箸の必要もなくて手軽かなぁって」
「りょーくん……」
「お腹痛くて腰も辛いよね、だからやわらかなソファでゆっくり食事しようよあーちゃん」
彼の行動も言葉も愛にあふれていて、食べる前から嬉しい気持ちで胸がいっぱいになってしまった。
キュルルルルル……
胸がいっぱいではあってもお腹はペコペコ。
「早く食べよう、あーちゃん♡」
お腹の音が鳴って恥ずかしいと思うよりも先に、りょーくんから「食べよう」と誘われて
「うん♡」
私はすぐに頷きスープカップを両手で包み込む。
(あったかい……)
他の女性はどうなのか分からないけど、私は生理が始まると体が冷えがちになる。
だからスープカップに触れる指先が温まったりスープを飲み込むたびに食道や胃が温まってきたりする感覚が普段以上に感じられて、次第に幸福感がブワッとやってきて全身がポカポカほわほわとしてきた。
応援ありがとうございます!
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