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絵に描いた結婚生活と、性格の不一致

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「さ、なんでも聞くよ?僕にどんな質問してくれるの?」

 花ちゃんに笑いかけ、やや首をかしげて「弟的な可愛らしさ」も付け加えてみると

「かっこよくなった太ちゃんがそんな風に甘えた笑い方するの、ずるい!」

 花ちゃんは耳を赤くしてキッチンの方へ逃げて行ってしまった。

(かっこよくなった僕、かぁ……)

 僕も僕で花ちゃんのさり気ない褒め言葉にくすぐったくなりながら彼女を追いかけて、オフホワイトのニットワンピース姿でいるお洒落で可憐な花ちゃんの右肩に自分の身体をくっつけてみる。

「かっこよくないよ『あの人』より身長がずっと低いじゃないか。165㎝しかないもん」
「身長は関係ないでしょ?」
「あるよ。花ちゃんは昔から、背の高い人が好みのタイプって言ってたからね」
「それは……昔の話だし」

 花ちゃんは僕と接触していた肩をフイッと離し、エプロンも着けずに冷蔵庫から今日買った野菜やエビを取り出し始めたので、僕は自分のエプロンを差し出して花ちゃんに渡してあげながらまた笑いかけてみた。

「僕は『あの人達』でも、『あの人』でもない。だから気楽になんでもいて? 料理しながらでいいからさ」

 花ちゃんは、自分の意見を他人に聞いてもらう経験がとても少ない。
 実家で生活してる時もそうだったし、恋愛中も結婚生活中もそうだったんだろう。だからこうやって面と向かって「話聞くから何でも話して」という態度を示すと、今みたいに戸惑うんだ。

「うん……時間的に太ちゃんもお腹空いたよね」
「僕も手伝うよ。お米いでおくね」

(花ちゃんが花ちゃんらしく居られる行動を取りながらなら、リラックスして言いたい事を何でも言えるようになるかもしれないな)

 僕そのように考えを転換し、米を研ぎ始めた。

今時いまどきの大学生ってさ、こんなに広い部屋を選ぶもんなの?」
「さぁ? 僕はたまたまここを選んだだけだから、他の学生がどうしてるのかは知らないや」
「っていうか、なんで一人暮らしで2LDKに住んでるのよ……誰かとルームシェアしていたり彼女がいたりとか、そういう理由でもないと借りないでしょ?」
「もちろん安い物件もあるけど、学生の単身用って設備が乏しいんだよ。風呂が狭かったり、駐車場は別の場所を契約しなきゃいけなかったり。電車やバスの便も良いけどさ、僕の大学は特にマイカー所有率が高いんだよ。電車やバスも良いけど車の方がなんだかんだ便利だから」
「お風呂と車かぁ……なるほど」

 花ちゃんは単純だ。大学を出ている筈なのに僕の発言に対してほとんど疑問を持たない。

(普通に考えたらおかしいでしょ。新婚カップルが隣に住んでるような物件で大学生が一人暮らししてるなんて)

 さっき花ちゃんは「彼女とお付き合いしてて少しの期間でも一緒に住んでいたんじゃないか」という予想も立てていたみたいだけど、普通の人間ならそう考えるのが自然だし僕が花ちゃんの立場なら絶対に同じ事と考えると思う。

「初めての一人暮らしだから、窮屈きゅうくつな思いはしたくなかったんだ。家賃は8万円で2LDKならギリギリ妥当な価格だし、東京の大学を選んだら1Kでもそれ以上になっちゃうから、高校の頃に色んな想定を考えた上でバイトいっぱいして貯金していたんだ」
「なるほどね……それでサッカーを中学でスパッとやめてしまったんだね。大学進学の為に太ちゃんは人生設計っていうか、ちゃんとお金の事を考えていたのかぁ」
「入居する時、各部屋にエアコンと照明が備え付いてたんだよ。ヤバくない?」
「それは確かに良い物件かも」

 ブロッコリーを一口大に分ける僕の横で花ちゃんはエビの処理をしていて、僕の説明に可愛らしく頷いていた。

(やっぱり単純で可愛いなぁ花ちゃんは。「東京の大学を選んだら」なんていう大嘘を簡単に信じちゃうんだから)

 一人暮らし生活で窮屈な思いはしたくない……その言葉に嘘はなかった。色んな意味で親との生活は窮屈だったから。

「でも、太ちゃんが快適に8ヶ月住んでいたお部屋で私がお邪魔しちゃって良いのかな? 本当にここに泊まっちゃって良いのかな?」

 エビの処理を終えた花ちゃんは、丁寧に手を洗い始めた。
 その花ちゃんの不安な言葉は、流水と共にシンクに落ちて排水溝へ吸い込まれていってしまうほどに弱々しく、すぐそばに居る僕が聞き取るのもやっとな感じだ。

「そうだね……赤の他人なら、イヤだったかも」

 だから僕はうつむいた花ちゃんの頭頂部を見つめながら短く返答し

「へ?」

 彼女の顔を上げさせ……

「花ちゃんはお姉ちゃんだもん、イヤなわけないでしょっ! 花ちゃんは特別っ! 花ちゃんの気の済むまでずーっと居てくれて構わないし、今こうしてキッチンで2人で作業するのめちゃくちゃ楽しいなって実感していたところだったから♪」

 僕はチワワの「リョウ」みたいな営業スマイルをつくり、彼女の不安を取り除いてあげた。

「太ちゃん……」

 途端に花ちゃんの頬がピンク色に染まる。

「花ちゃんには『ルームシェア』なんて言葉を咄嗟とっさに使ってみたけどさぁ、食料品の買い出ししたり今もキッチンで料理の下拵したごしらえしていたらね、僕の咄嗟の判断は正解だったんだなって思ってるんだよ。本当に」

 まるで僕に恋心を抱いているような可愛らしい表情を向ける姉に、僕はこれでもかと嘘を吐き続けた。

「ほんと……?」

 花ちゃんの潤む瞳を見つめながら僕は

「買い物も料理も、すっごく楽しいよ! 本当だよ」

 とびきりの笑顔を作って本当の事を一つだけ言い

「太ちゃんの、咄嗟の判断かぁ……嬉しいなぁ」

 花ちゃんがとびきり可愛い笑顔になったのを確認しながら

「うん」

 嘘を相槌でサラリと流した。

「下拵え手伝ってくれてありがとう。太ちゃんは座ってていいからね」
「うん、花ちゃんの料理してる姿を後ろから見守るね」
「背中を見つめられるだなんて恥ずかしいなぁ」
「イヤ?」
「太ちゃんになら……まぁ、いいけど」
「ふふ♪ 良かった♪」

 付き合い立ての関係みたいなくすぐったい会話を交わしながら、僕は2人掛けのダイニングテーブルまで後退し椅子に座る。

(僕って本当にズルくて気色悪い男だなぁ)

 それから自分がいかに悪い男か自覚しながら、黒のエプロン紐で蝶々ちょうちょ結びされている花ちゃんの腰をに注視した。

 今日のオフホワイトワンピースの色に、黒い蝶はよくえる。

たとえるなら僕はこの蝶なんだろうな……花ちゃんの可愛い腰に止まって、羽をゆっくりと羽ばたかせながら黒い鱗粉を擦り付けて少しずつワンピースの白さを汚していくような……)

 黙っているのをいい事に、僕は更に気色悪い内容を心の中で呟いていたんだ。
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