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僕は犬になって、花ちゃんを褒めるよ

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「短期バイトだったから手渡しだったの。時給900円8時間労働を3日したから、全部で2万1600円」
「そんな2万円なんて貰えないよ!花ちゃんの取り分全然無いじゃないか!」

 脳内を満たしていたクエスチョンマークの隙間が空いて、そのほんの少しのスペースでそう判断し封筒を突き返そうとするも、目の前の花ちゃんが一瞬にして悲しい顔に変化したから、封筒をまた自分の胸元に近付ける。

「……ごめん、花ちゃんのお金はちゃんと受け取る約束だったね」
「正直この3日間は大変だったけど、『太ちゃんにこのお金を渡すんだ』って、それだけを考えて頑張ったから」
「なんでそこまで……お金はもっとゆっくり花ちゃんと相談して決めていけばいいと僕は思ってたんだよ?」
「お金は大事だからこういう事は早めに決めなくちゃ寧ろ遅いくらいだったよ。まして、ルームシェアなんだから」

 花ちゃんが目線を落として言った「ルームシェア」の言葉に、僕は「うん」だけを返事した。

(そうだ……僕はいつの間にか花ちゃんを養う気満々でいたけど、当初はルームシェア相手として花ちゃんを誘ったんだから、こうするのは当たり前の流れなんだ……)

「有り難く受け取るね。花ちゃん3日間お仕事お疲れ様でした」
「こちらこそ受け取ってくれてありがとう」

 花ちゃんの笑みに僕は気持ちを和ませる。

「大変だったでしょ?クリスマスケーキの販売業務」
「大変だったけどケーキの販売はとても楽しくてね、もっと長く続けたいって思っちゃった。
 お客さんの喜ぶ顔が嬉しいし、商品を見たり覚えたりするのも楽しいし、何より従業員の皆さんが優しくて慌ただしい中にもしっかりチームワーク組んでて素敵な職場だなって感じたよ」
「花ちゃん、初仕事で素敵な職場に出会えたんだね。接客経験初めてなのにしんどくなかった?」
「子どもちゃんに喜ばれる仕事だから、全然しんどく感じないんだよね。私、子ども好きなのかなぁ」
「花ちゃんの新たな一面発見だね! 3日間だけなのに自分の発見を見つけるなんて花ちゃんはすごいお姉ちゃんだなぁ~」

 僕は「お姉ちゃん」など、言葉を選びながら素直な気持ちをそのまま褒める言葉にして伝えると、花ちゃんは「え」と小さな声を出して意外そうな表情をしてこう言った。

「ここまではっきりと褒められたのって、初めてかもしれない……しかも私がこれまで出来ないと思ってた仕事の事で」
「花ちゃん……」

 その言い方に……表情に、僕はいてもたっても居られなくなって

「太ちゃん!?」

 僕は立っている花ちゃんの背中に腕を回して、ほんの少しだけ自分の方に抱き寄せてみる。

 当然驚きの声を僕の頭上で発した花ちゃんに、僕は複雑な気持ちになりながらも

「弟としての、ハグだから」

 と、行動の言い訳をする。

 本当はこの前花ちゃんが僕にしてきたみたいに、密着したハグがしたかった。
 大好きな花ちゃんを強く強く抱き締めて、柔らかな胸に顔をうずめて……花ちゃんの背中だけじゃなく頭も髪も頬もうなじも、ここ数日僕が触れた花ちゃんのいとしい身体からだの部位をいつくしんで、いっぱいいっぱい撫でてあげたかった。

(でもそんな事をしたらきっと僕の気持ちが花ちゃんにバレてしまう……)

 そのくらい僕の心臓は今までになく速い鼓動を打っているし、僕の気持ちを現段階で知られたらきっと花ちゃんはドン引きして僕から離れていってしまうだろう。

(それだけは絶対に嫌だ。せっかく花ちゃんが僕のそばに居てくれるのだから、今あるこの関係を大切にしたい……)

「花ちゃんはもう眠いよね? 眠たいのを分かっているんだけど、僕は今花ちゃんをいっぱい癒してあげたい気分になってるんだ」
「癒してあげたい……気分?」
「ねぇ、花ちゃんは今してもらいたい事ある? 食器洗いとかは言わないでよ? それはやるの当たり前だから」

 僕はハグを解いて花ちゃんの顔を見上げそう訊いてみる。

「してもらいたい事?」
「うん。でももう眠かったら明日に回してもいいよ。花ちゃんは明日何も予定ないよね? 僕も夕方家を出るまでは何も予定ないから」
「うん……してもらいたい事は、あるけど。
 睡眠は太ちゃんが帰ってくるまでの間に少しとったから、今夜はまだ平気だし……寧ろ、今からしてもらいたい……かな」

 僕の問いに少し恥ずかしそうな表情をしながら、可愛らしくそんな返事をした。

「あるなら教えて! 花ちゃんの喜ぶ事、今からいっぱいしたいから!」

 僕は、頬を更に赤く染めて何やらモジモジしている花ちゃんの可愛い仕草にキュンとしながらも、やましい気持ちではなく素直な気持ちで花ちゃんの望む事を叶えてあげたいと……それだけを考えている。
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