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花を愛で、同様に花からも愛でられる
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しおりを挟むそれからまた後日、学生課で退学手続きを済ませ……僕は大学中退者となった。
「全部終わったよ、花ちゃん」
大学の校門を出てすぐに花ちゃんの番号へと電話をかけると
『お疲れ様っ! 待ち合わせは恵里子さんの家ね!』
という指示が彼女から来た。
「恵里子さんの家? えっ、花ちゃんはアパート引き払いの立ち会いしてくれてるんじゃないの?」
僕がビックリして彼女にそう訊くと
『そんなのすぐに終わっちゃったよ! 既に荷物は全部引っ越しさせちゃってて、今日引き払うのは不動産屋さんと話済みなんだから』
と、まるで僕がモタモタしていたかのような口ぶりの返事が返ってきた。
(まぁ、時間取らせて花ちゃんを暇にさせちゃったのは謝るけど。
っていうかユリさん、今日はケーキ屋の仕事休みにしてたのか……)
もしかしたら今日僕達が一旦戻ってくる話を事前に花ちゃんがユリさんに伝えていたのかもしれない。
(引っ越しても2人が仲良くしているのならまぁ、いっか!)
僕はそう思う事にし、安堵の溜め息を吐いた。
この土地を離れる決意をしたものだから、花ちゃんには苦労ばかりかけてしまい大切な人間関係も切らざるを得なくなってしまっていた。
実家と事実上の縁を切る為に新しい土地でアパートを借りて新生活を始め、使っていたスマホを解約し新たに買い直しをさせた。
けれどもやはり私生活でも仲良くしていた花ちゃんとユリさん……もとい恵里子さんの関係は完全に切れていないんだとホッとし、僕は自分の事のように嬉しくなって足取りも自然と軽くなる。
ケーキ屋も本日引き払いをしたアパートも通り過ぎ……元日に一度だけ訪れた一軒家に辿り着いた。
花ちゃんにとっては幾度となく訪れている「友達の家」みたいな感覚なんだろうけど、僕にとってはやはり「元常連ユリさんのプライベート」という感覚がどうしても拭えないし緊張してしまう。
(恵里子さんとして会うのは元日振りだし、ユリさんとしてでも……もうかれこれ3ヶ月近くご無沙汰なんだよなぁ)
門扉から家の様子を伺ってみると、季節柄部屋の小窓は全て開け放たれており、中から賑やかそうな男女の声が微かに聞こえていた。
「えっ?! 家、ユリさんと花ちゃんの2人きりじゃないの?」
明らかに低音の声も聞こえている状況に僕の背中はピシッと硬くなった。
(男性の声がする……っていう事は、ユリさんの旦那さんかな?
普段は仕事でほとんど夫婦一緒に過ごす事はないと言っていたけれど、そうなると今日はご在宅なのかぁ……余計に緊張するなぁ)
「へ、平常心っ! 普通でいなきゃ!」
僕は自分に言い聞かせるように呟いた。
いくら僕とユリさんが風俗店を通しての繋がりがあったとしても、もう終わった過去の話だ。っていうか、ユリさんにはオイルほぐしとメイク直ししかしてないんだしやましいところは一つもない。
「よし! 普通……普通に、すればいいだけ」
僕は人差し指をピッと突き立てインターフォンを押そうと、ゆっくりとそのボタンに近付いていく……
すると……
バタン!!
「もう! モタモタしすぎなのよ坊や!!早く入ってらっしゃい!!!」
急に家の大きな扉が開いて中からエプロン姿の恵里子さんが登場し、いつもの呼び名で僕を叱る。
「えっ、恵里子さん! どうしてインターフォン鳴らす前に……」
「ドアモニターくらいアパートにも設置されていたでしょう? お馬鹿な坊やねぇ!」
(ドアモニター……ああ、そうか)
プリプリ怒られながらごく単純な事を思い出す。
「お花ちゃんからは『新居の家賃は広さや駅近の割に安くて助かる』って聞いていたけど、まさかドアモニターもない貧相なセキュリティの物件選んだんじゃないわよね!? 私の大事な大事なお花ちゃんの身の安全を、坊やは忘れてなんかいないわよね!!?」
門扉を開けながらもまだ僕に怒った顔を見せ、ズイッと接近した。
「もっ……勿論そこは一番に考えましたよ! メゾネットじゃないから借りる部屋も二階以上にしましたし、壁が薄いだとかセキュリティに乏しいとかは絶対にないです!」
「本当に?」
「本当ですよ! ただでさえ受験もまだの状態で引っ越ししたんで、せめてそういうのは考えておかないと彼女を不安にさせるばかりじゃないですかっ」
凄い剣幕に思わず後退りしながらも、必死に弁明する。
「むううぅぅ……」
「顔近いですよ……しかもこわいし」
キスするんじゃないかっていうくらい顔をグイグイ近付けて怒ってくる勢いに耐えられなくて、思わず本音が出てしまったら……
「よしっ! ギリギリ合格ね!! 流石、覚悟決めた20歳っ! やるじゃない! ぼ・う・やっ」
急に怒り顔からニコニコ笑顔になって、僕の泣きボクロをネイルで強化された爪でツンツン突いてきた。
「いたっ!」
僕はすぐに2、3歩後退して刺されたホクロを庇うように手で覆う。
(まったく……褒められてるんだかいじられてるんだか分からないよ、本当に)
「さあ、中に入りなさい。愛しのお花ちゃんとお友達が中でお腹空かせて待ってるのよ」
恵里子さんは美しい微笑を僕に向けて手を差し伸べる。
「あっ……」
「さあ♪ どうぞ、いらっしゃい」
その美しい容貌や、口元を印象付けるホクロが……カサブランカのようなあの人の容貌と重なった。
「……はい」
僕は少し照れ臭くなりながら、この家の女主人の手をとり玄関へと歩を進める。
「はーい♪ 可愛い可愛いお客さん方、スペシャルゲストのお出ましよ~♪♪」
家の扉が閉まるなり、恵里子さんはテンション高めに廊下に向かってそのように声を張り上げた。
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