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おまけ:挙式

8.夜

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 義理の祖父と父と叔父の自分の妻が如何に素晴らしい女性であるか、という惚気をひたすら聞く夕食は何事もなく終えた。
 ただ、愛する妻女の話をにこにこと聞いてくれるミスティに、久しぶりに臆面なく話せる事を喜んだ彼等の話が弾み、もう少し寛いだ席で続きの話をしようと、酒類を嗜みながら過ごす事になった。
 夜には照明器具が無い日向部屋ではなく、月星部屋と呼ばれている部屋に集まる。落ち着いた色の調度の部屋で、日向部屋のように温水暖房が効いていて、過ごし良い部屋だ。
「は、はい」
 ただし、しっかりと真隣に座ったエットの体温に緊張して、酒も飲んでいないのにミスティは始終汗ばむほどに暑かった。
 そんな状態で小一時間。
「もう夜も更けてまいりましたし、そろそろお開きとしませんか?」
 ミスティが緊張している事に気付いているエットは、さほど遅くもないと解かっていたがそう言った。
 まだ話し足りない、という顔をしたオルドも、義理の娘が長旅を経て今日着いたばかりだ、という事は弁えている。
 さほど遅くないぞ、という顔をしたテスァトも、義理の姪がエットの隣でガチガチに緊張している事は見ているだけで解っていた。
 もっと早く言え、という顔をしたライドは、
「では今日は皆就寝としようかの」
と、場を終わらせた。
 唯一、始終変わらぬ顔だったクライドが、すっと席を立つ。
「兄上、久しぶりに背でもお流ししましょうか?」
 場を動き易くするように真っ先に動いて口を開いた弟の言葉に、ミスティの手を取り立たせながらエットは苦笑する。
「別にかまわんが。昔のように俺の背の皮を剥ぐなよ」
「ひどい言いようですね、ちょっとした擦り傷だったでしょう」
 それは幼子の我慢比べの思い出だ。弟が渾身の力で兄の背中をゴシゴシと擦り、痛くないかと訊き、痛くないと答え続けた。結果兄の背中は真っ赤になりヒリヒリとお湯が染みるほどになったのだ。今となっては笑い話の類である。
 旅の道中で、その話を聞いていたミスティは、あの話だわ、と苦笑し合う二人を見つめた。
 その視線に笑みを返し、エットは歩き出しながら言う。
「湯には疲労回復の効果もある。ミスティも、ゆっくりと温まると良い」
「はい。ありがとうございます」
 部屋を出た所で、湯へ向かうエットとクライドとは別れる事になる。自身も別の湯へ向かうため、侍女と共にその場で見送ろうと立ち止まった。
 すると、クライドが、
「では、義姉上、少し兄上をお借りします」
と、笑った。
 どういう言い草だと呆れ顔をするエットと、先程までより幼く弟の顔をしたクライドに、ミスティはくすくすと笑ってしまう。
「ちゃんと、返してくださいませね」
「勿論です」
 自分の前では冗談や軽口を言わないミスティの澄ましたような言いように、エットは少し驚き、軽く人懐こいクライドの性格が小憎らしく思えた。
「行くぞクライド」
「はい」
 少し不機嫌そうになって早足、本来のエットの歩調で、歩き出す。
 きょとんとしてから、何か気に障っただろうかと不安が頭をもたげたミスティだったが、
「あれは照れているだけですから、お気になさらず」
と、クライドがこそりと囁いた。
 悪戯に成功した子供のような笑顔が、くるりと踵を返し、足早に去っていく。
 その小さくなる大きな二つの背を見ながら、ミスティはクライドの言葉を反芻した。
(照れる。旦那様が…照れる?)
 何故だろう、と考えて、ミスティは先ほどのやり取りを、自分とエットの立場を入れ替えて考えてみた。幸いにして彼女にも妹が居る。想像は難くなかった。
「あ…!」
 そして想像の中のエットが『ちゃんと返せ』と言った辺りで顔を真っ赤にする。
「どうされました?」
 侍女の言葉に何でもないのと手と首を振って、それより早くお湯へ向かいましょう、と無理やり話を逸らした。
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