悪役令嬢だけど愛されたい

nionea

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第一章:まずは、スタートラインに立つために。

5.いいえ従姉です

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 ミネルヴァの愛称を叫んで、従姉にして学友であるフランセスカ・オリガ・ライネッツ公爵家令嬢は駆け寄ってきた。思わず立ち上がりかけていたミネルヴァを椅子に押し戻して抱き締めつつ。涙を浮かべてミネルヴァの肩に顔を埋める。
「ミーナ、ミーナ、もうなんてことなの、わたくしが一緒でしたらあんな非常識でガサツな女にいい様になどさせませんでしたのに! 殿下も殿下ですわ! なんなのですかあの馬鹿男! 低脳な女と付き合って頭がどうかしたんじゃないですか!」
 容姿同様の可愛らしい声で、何とも過激な発言である。
(………思い出すなぁ、マリウス攻略の時に敵になるから、ものすごい可愛い立ち絵で極太の刺が生えた言葉の数々が羅列されてたっけ)
 代々判事長を務める候爵家の一人息子、マリウス・リッツ・フリッツ候爵令息という攻略対象の際に、悪役令嬢の立ち位置で現れるのがフランセスカなのだ。ちなみにマリウスとフランセスカはいわゆる幼馴染の友人同士である。フランセスカは恋敵というよりは、身分違いに弁えの無い主人公が嫌いなので幼馴染に近付けてなるものか、というスタンスである。
 本人が申告している通り、もしフランセスカが学院にいたら、ミネルヴァが式場に着く前に王太子とリリィが一緒に居る状況を潰しただろう。だが、修学式の日はフランセスカの父方の家で不幸が有りそちらに居たのだ。式の前からきな臭い状況を敏感に感じ取っていたフランセスカだったが、親族の葬儀に参列しない訳にはいかない。
 そして、修学式の翌日には式での情報を得て、ミネルヴァの動向を探り、この別荘へ駈け込んで来た次第である。
「セス、そんなこと言わないで、私は平気だから」
「なにが平気なものですか! あなた自分の顔をきちんと鏡で見ていますの?! こんなにやつれて隈まで作って、今にも倒れてしまいそうな顔色で…!」
 言いながらミネルヴァの状況を確認し、その憔悴した様子がまざまざと知れ、フランセスカの目からぽろぽろと涙が零れ落ちる。
「許せない…あの低脳女、ぶっ殺してやりますわ!」 
 持っていた手帳を床に叩き付ける様に落とし、その表紙を憎々し気に睨みつけながらフランセスカが物騒な事を呟いた。その後も、滔々とリリィへの悪口が溢れ出す。
(他人前では絶対に口にしないのは解っているけど、貴方の語彙の方向性が私は心配です)
 完全に呪詛を吐き出す呪い人形モードに移行したフランセスカに、どう声をかけたものか困惑して、視線を彷徨わせる。フランセスカの乳母兼侍女のプルシエッタ・ネリ・ミンスがゆっくりと近付いて来ていた。
「本調子でない事が一目でわかるミネルヴァ様に対してもう少し気遣いをなさってはいかがですか、お嬢様」
 プルシエッタは、手帳を拾い上げフランセスカの手に渡しながら、窘めた。
「だって…」
「お嬢様とてお解りでしょう? 人を悪し様に言う言葉は聞く者の精神を削ります。ミネルヴァ様を心配なさって此処に来たのですから、ご自身のお気持ちではなく、ミネルヴァ様へのお気持ちを優先なさってください」
「…はい」
 プルシエッタの尤もな言葉に項垂れて、しょんぼりとした態度でフランセスカがミネルヴァの手を取る。
「ごめんなさいね、ミーナ…わたくしの配慮が足りなかったわ。不快だったわよね…」
「そんな、良いのよ、セス。貴方が来てくれて本当に嬉しいわ。そうよ、お茶にしましょう? ね」
 激昂し易い性格ではあるが、親しみある人に対する優しさや気遣いに打算など無いし、見返りすら求めない善くも悪くも真っ直ぐなフランセスカである。親族の葬儀からこの別荘まで、休む暇もなく来てくれたのだろう。ミネルヴァが傷付いていると察し、駆け付けてくれる優しさは、本当に嬉しかった。
 微笑みながら、お茶菓子の並んだテーブルと傍らにある椅子を示すと、ぱっとフランセスカの顔に花が開いた。
「ええ」
 一度激昂し、窘められ落ち着いた事で、完全に冷静になったフランセスカはその後一切王太子の話もリリィの話もしなかった。ひたすらマリウスの失敗話を披露するので、そんなにあるのか、とミネルヴァもついつい笑い声を上げていた。修学式からこっち、初めて声を上げて笑った時間だった。
 卒院式まで一緒に居るというフランセスカと過ごす日々は穏やかで、快く、気のせいかもしれないが、固く閉じ篭っているミネルヴァも、楽しそうにしている気がした。
 フランセスカと一緒ならば、卒院式とて怖くない、そんな風にさえ思える。
(友情は偉大というよりは、フランセスカ様々って感じ。でも…ねぇミネルヴァ、解ってるわよね、きっと。あんな素敵な友人が居てくれるってことは、貴方も素敵な人だからよ。怖い事なんか何もないわ。なーんにも)
 久しぶりにリーネアッラと浜辺を歩きながら、彼女はミネルヴァへと語りかけた。
「お嬢様、そろそろ中へ入りませんか? 今日はちょっと日差しが強い気がします」
「そうね。喉も乾いてしまったわ。戻りましょう」
 室内でリーネアッラから果実水を受け取って飲みながら、対面の誰も座っていない椅子を見る。この不在感に重なる人物は紛れもなくフランセスカだ。どうしようもなく襲い来るようだった孤独感は、何時の間にか消え去っている。ただ、明るい友人の笑顔が心安く思い起こされた。
(早く、フランセスカが帰って来ると良いわね、ミネルヴァ)
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