悪役令嬢だけど愛されたい

nionea

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第一章:まずは、スタートラインに立つために。

4.嵐の予感

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 ミネルヴァは、海を望むことが出来る居間で午後のお茶を楽しみながら一人で過ごしていた。
 彼女が目を覚まし、一日が経った。
 ヴァラドは父への定期的な連絡のために屋敷を離れており、ビンスは屋敷の周りを警護している。リーネアッラは、ほんの少し前までこの場に居て給仕をしてくれていたのだが、侍女長に呼ばれて離れている。
 そもそもこの屋敷は別荘で、常時生活しているのは庭師と掃除婦の夫婦である、ランとアニーラというフリッタ夫妻だけだ。母親であるライネッツ公爵の領内にあり、今回訪れるにあたっては、執事が一人、侍女が二人、護衛が二人という総勢五人しか人を連れてきていない。屋敷の大きさに対してあまりに人間の数が少なかった。
「はぁ…」
 一人なのをいい事に、遠慮なく溜息を吐く。ついでに机に肘をついて頭を抱える。
(頑張ろうと決意したのはわずか一日前なのに、今から三ヶ月後を思うだけで気が重い)
 彼女の知っているストーリーで、ミネルヴァの出番は既に終わっている。五日前の修学式という、彼女の知識で言うところの高校の卒業式のようなものの式場で、ミネルヴァは衆目の中、王太子に婚約破棄を告げられて、ゲームストーリーからは退場だった。
 最礼服に身を包み、式場へ足を運ぶと、扉の前から人垣が真っ直ぐに伸びていた。そして、その先には王太子と寄り添うようにリリィ・マリア・ネート子爵令嬢が立っていた。王太子に婚約破棄を言い渡されたミネルヴァは、式場に入ることも出来ず、その場から踵を返して立ち去ったのだ。
(式場を逃げ出し、その足でこの別荘へ…んー三ヶ月後の卒院式、イラストは王太子とヒロインが踊ってるやつだったと思うんだよね…そこにはミネルヴァは居なかったけど………ゲームでは自殺が成功してしまっていたのか、単に何かの理由をつけて欠席したのか、イラスト上切り取られていただけか………少なくともミネルヴァ不在の理由なんて一切触れられていなかった…はず)
 正直に言うと彼女がゲームをプレイした時に一番熱心になったのは王太子ではなく未来の近衛騎士団長カイル・ダリオ・フォルカ伯爵令息だった。王太子のストーリーもクリアはしていたのだが、思い返したストーリーもイラストも、どうにも朧げである。
(まぁ、もう婚約破棄されてしまったし…大人しく壁の花でもやってればいいのかなぁ…)
 修学式はともかく卒院式は、よほどの理由がなければ欠席はできないのが現実だ。だからこそ彼女は三ヶ月後を考えると気が重いのだ。つまり、ゲームのイラストにミネルヴァが居ないのは切り取られているのだろう、そう考える。流石に、同級生のミネルヴァが死んだその後で大団円ムードで卒院式が開かれたとは、思いたくない。
 そもそも修学式と卒院式は、彼女の感覚では卒業式と入社式に似ている。卒業証書の授与式が修学式で、卒業生達がこれから大人として社会に出ていきますと決意表明するのが卒院式、という訳だ。
 だが、流石は身分社会の貴族様、といったところか。修学式と卒院式の間には、三ヶ月半ほどの間が有る。この期間、学院の最上級生である学徒達は授業が無い。当然である、既に修学済みなのだ。だが、まだ学徒である。いわば、モラトリアムだ。共に学んだ友人達と、上下関係が確立される前に、自由にはしゃぐための期間。
(大学生の卒業旅行よね、ようするに、まぁ、出て行く社会の緩さは段違いだけど)
 背もたれにぐったりと体を預けながら、ああでもないこうでもない、と卒院式をやり過ごす方法を考える。
 卒院は社会への門出も兼ねている。院生の両親のみならず国家要人も参加するため、欠席可能となる正当な理由は忌引きか危篤くらいなもので、正直ミネルヴァの意思でどうこう出来る事ではない。
(出席は大前提。壁の花になるのは簡単だろうけど、ミネルヴァの身分でそれは、型破りだしなぁ………足音?)
 一人考えていた彼女の耳に、おかしな音が届く。
(え、何っ!?)
 この屋敷に歩く時にこれほど大きな足音を立てる者は居ない。しかも、音は歩くというより、走っているような間隔でどんどん近付いてきている。扉に最も音が近付いてくる頃には、叫ぶ様なリーネアッラの声も聞こえていた。
(え? リーネ?)
 リーネアッラの声がしているということは、少なくとも強盗などではないのだろうか。幾分か緊張を和らげ、足音が止まった扉を見つめていると、ものすごい勢いで扉が開いた。リーネアッラが慌てて扉に取り付き、壁に激突するのをなんとか防いでいる。
 当の、扉を壁に激突させる勢いで開けた人物は、腰に両手を当てて仁王立ちし、爛々と燃えるような瞳でミネルヴァを見つめた。小柄な体躯に、ブルネットの柔らかな巻毛と丸い緑の瞳がなんとも愛らしく、小動物の様である。格好は仁王立ちだが。
「ミーナ!!」
 鋭い声がミネルヴァの耳を震わせた。
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