悪役令嬢だけど愛されたい

nionea

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第一章:まずは、スタートラインに立つために。

3.頑張れ

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 死にたくなるほどの失恋、いや、今までの人生の喪失だろうか。
 王太子妃、ひいては、王妃となるべく、王太子の婚約者として生きてきたミネルヴァだ。当の王太子から婚約破棄を告げられて、精神的に無事でいられるはずもない。
(結局、自分で立って男を支えられる強さじゃなくて。包み込んでくれる優しさと甘えられるように弱さを見せろってことよね、ミネルヴァめっちゃ頑張ってたのに、逆効果かぁ…守られ系女子最強ってか………あぁ、すごく痛い)
 彼女は思わず胸元に手を当てる。ミネルヴァではない、前世で、未婚歴=処女歴=享年=三十三歳だった事を思い出したのだ。
(いや、だって、さぁ…)
 始めて彼氏ができたのは高校生の時だった。少女漫画の様な、一目惚れから告白をして交際が始まる、という展開に浮かれていた。三ヶ月付き合った彼氏が、三股をしていたことが判明し、怒って責めたら、ヤらせてくれもしないくせに彼女を気取るなと怒鳴りつけられ、男性不信に陥った。
 大学時代は、声をかけてくる相手がみなヤりたい目的に思えて結局彼氏は出来なかった。
 社会人となって直ぐ、高校生の頃ほど性交渉に潔癖な反応を示さなくなったのもあって、合コンで知り合った男性と付き合い始めた。ところが、いざ付き合い始めると、どうそういう雰囲気に持っていけば良いのかが解らなかった。結局、探り合うような態度になって行き、話をしているだけの際の雰囲気も悪くなり、お別れした。
 そんな事を三回繰り返した。
 もう、結婚も処女喪失も諦めかけた三十二歳の春。中途採用で職場の同僚となった一つ年下の男性と交際が始まった。しかも、結婚を前提としたお付き合いだ。互いの両親への挨拶もして、結婚までの段取りを話し合い、そろそろ上司にも報告をしようかと話していた矢先。婚約者の彼女を名乗る女性に刺殺されたのだ。
 死んだ瞬間をはっきりと憶えている訳ではない。だが、どんなに思い出そうとしても腹部に包丁が付き立っている情景までしか思い出せないのだ。刺殺されたと推察するのが妥当だろう。
(彼がいなきゃ駄目ですって、雰囲気だったなぁ。お化粧キツメだったけど歳下の子だったよね、たぶん)
 今頃私が死んだ世界でよろしくやっているのだろうか、と考えて、刑罰というものの存在を思い出した。白昼の惨劇だったのだ、流石に捕まっているだろう。
(我ながらこんな冷静に思い返してるって…そういうことだよなぁ)
 頭から彼女が悪人であるという話で始まった。身に覚えなないことで責め立てて喚き散らされ、事情がよく解らない感情と感想混じりの話し方をされ、昼休みという限られた時間を潰されるのも嫌で、彼女は早々に会話を打ち切ってしまった。頭を冷やして出直してほしい、と思ったのだが、結果はまさかの刺殺。
(あーあぁ、ほんとに、TPOを弁えた上で話をしてくれたら、別れるっていう選択肢は私の中には有ったのに…)
 惚れた腫れたの色恋で始まった交際ではない。お互い年齢的にも結婚は考えて付き合うべきだろう、から入って、社会的常識に鑑みて、結婚を前提に付き合ってるなら両親への紹介はしておくべきだろう、となった。互いに問題が見当たらないから、結婚しようと決め、誕生日にしてもらえたプロポーズを受け入れた。
 良い人だった。なんの不満もない。だが、彼でなくては絶対に駄目なのかと訊かれれば、そんなこともなかった。あの女性が本当に彼でなくては駄目であったのなら、きちんと話し合えれば、きっと彼女は平和的に身を退けた。
(まぁ、自称彼女なストーカーによる殺人事件だった疑いの方が高い訳だけどね)
 新聞の見出しを飾る言葉を考えたり、被害者女性として週刊誌のネタにされる自分を思って少し泣きそうになる。倍以上の人生経験を活かしてミネルヴァを慰めるつもりが、自分が送ってきた人生を振り返っても、何一つミネルヴァにかけられる言葉が無かった。
 むしろ自分が落ち込む結果を招いただけだった。
(なんとも情けない………でも、記憶はあるんだもの)
 ミネルヴァの心を救えるような言葉は思いつかないが、閉じ篭ってしまったミネルヴァの代わりにミネルヴァとして振舞うことなら出来る。さきほどヴァラドやリーネアッラに向けてしたように。
(考えてみればプラス要素だって有るはず。ミネルヴァはこれからは今までのような緊張感とは離れられる訳だし。確かに王太子への思いは有ったけど、それは彼以外を見ることさえそもそも許されていなかったからで。これから真っ新な目で見渡せば、彼女の目に適う相手が他に居るかもしれない)
 生まれ変わったミネルヴァという少女は、誰かの為に努力できる健気な女の子だ。あのまま死んでいたら、ビンスが処罰されていた状況を何よりもまず直ぐに思いつく、他人に優しくできる少女だ。いい歳して自分の事だけで結構いっぱいいっぱいだった彼女とは違う。
(そんなミネルヴァが今は苦しくて死んでしまいたいって思うなら、好きなだけ休めばいいのよ。その間は私がつないでみせる。少なくとも三ヶ月後の卒院式は、私が適当にこなしておくわ。心配しないでね、ミネルヴァ)
 公爵令嬢としての記憶。ヴァラドやリーネアッラ、ビンスや両親への想い。胸に手を当てて考えれば考えるほど、ミネルヴァの王太子への思いだけが固く閉じ篭ってしまっているようだ。そして、その隙間に彼女が入り込んでミネルヴァを生かしている。
(私っていう人間が薄っぺらいのか、彼女の心が大きかったのか………本当に、私にできることがあるか確信は持てないけど、昔貴方を嫌っていた気持ちは欠片もない。ただただ貴方の事が可愛くて仕方ないし、私にできることがあるならしてあげたいって、すごく素直に思うわ。私は今貴方なんだし、私の気持ちなんて、貴方の助けにはなれないかもしれないけど、私が此処にいる事に意味が有るなら貴方のためだと思うから。安心して休んでいてね)
 心中でミネルヴァに語りかけ、これからの生活について考える。
 そしてこの後、夕食までの合間に果物でもどうかと声をかけにきたリーネアッラに、背もたれに体をあずけつつも首だけは後ろに倒れ口がぽっかり空いてしまっている終電間際の電車に乗ったくたびれた勤め人の居眠り姿、を晒しかけることになった。
(あ、あぶない。私あぶな過ぎる。ミネルヴァの努力を無に帰すところだった。色々しっかりしないと)
 果たして無事ミネルヴァが心を開いてくれる瞬間は訪れるのか、不安しか湧かない生活が幕を開けた。
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