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第一章:まずは、スタートラインに立つために。
8.やっちまった
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結局、羽が綺麗に生え揃っても、目隠しと足枷を取っても、猫鷹は屋敷を出ていくことはなかった。
こんなに貴方に懐いているのに名前も付けてあげないなんて可哀想ですわ、と言うフランセスカの言葉に背中を押され、ミネルヴァは猫鷹に名前を付ける事にする。
ちなみに、フランセスカだけでなく使用人一同から温かな笑顔を向けられていたような気がするが、きっと気のせいだと思うことにした。
「名前…名前…猫鷹………」
彼女は、思い悩む顔で腕を組んで椅子にかけている。一人分のお茶の用意がされた居間に、今日も今日とて一人である。
(ミケとかタマとかじゃちょっとねぇ…雄なのよね、カッコイイ名前が良いかしら、鷹、猫、ホーク、ファルコ、キャット、カッツェ、マオ、マオ、可愛いけど鷹メインなのに猫推しってのもなぁ…鷹、タカ、鷹は音読みだとヨウだっけあとオウ、かな。マオヨウ、マオオウ…マオウ………いや、ないわーないない、何で今一瞬これはと思った私、ネーミングセンス死んでんなもう、本当に。あー………)
前世で飼っていた犬の名前を付ける時、家族から総批判された思い出を蘇らせながら、それでも必死に考え込む。気が付けばぶつぶつと小さく呟いていたが、咎める者は誰も居ない。あれこれと呟いていたのだが、ある一言の際、自分でも思いがけずはっきりと声が響いてしまう。
「…………………………イーグル」
ばさり、と猫鷹が羽音をさせた。
その音に慌てて視線を向けるが、止まり木の上で猫鷹は静かにこっちを見ているだけだ。きっとぶつぶつ言っていたのが急にはっきり喋って驚いたのだろうと思いつつ、確認のためにもう一度声に出してみる。
「イーグル?」
再びばさりと羽ばたいたかと思うと、ついに止まり木からミネルヴァの椅子の肘掛へ移った。
(嘘ぉ………いやいやそれは、駄目だよ君ぃ…)
その、犬にオオカミと言う名前を付けて呼ぶような感覚に戸惑う彼女を他所に、猫鷹はじっと見て首を傾げてみせる。まるで、今呼んだよね、と言わんばかりだ。
「そっか、認識しちゃったか」
そっと指先で猫鷹――イーグルの額を羽の流れに沿って撫でながら、彼女は独りごちる。
「…てか、私が目を合わせて呼んでしまったのが駄目だった気がする」
幸いなのは、この世界に鷲を意味するイーグルと言う言葉が存在しない事だろうか。
彼女はしばらくの間、皆がイーグルと呼ぶのを何とも言えない思いで見つめていたが、その内に慣れてしまった。
今では、まぁ私のセンスにしてはカッコイイわよねワンコにヴォルフって付けるみたいなものだし、と開き直っている。そのセンスがカッコイイってお前、というツッコミは少なくとも彼女の周りからは上がらないのだから仕方がない。
そうして、思いがけない新入りを迎えつつ、楽しくなるようモラトリアムを過ごしていた彼女の元に、一気に血の気が引くような知らせが届いたのは、卒院式まであと二十五日の事だった。
「………王妃様が」
母からの手紙を手に、ミネルヴァは呆然としてしまう。
そっとミネルヴァの手元から手紙を抜いたフランセスカは文面を一読して眉を上げた。そこには、この屋敷へライネッツ公爵と国王妃が連れ立って訪れる旨が記されている。
ミネルヴァが婚約破棄を告げられた件は、実はあまり広く噂にはなっていない。卒院式以降から社交シーズンが始まるということもあるが、現状ミネルヴァを地獄に突き落としたイベントはあくまで学院生同士のやり取りであり、まだ公式にはミネルヴァが王太子の婚約者なのだ。
(………公式に婚約破棄するための話し合い、かしらね)
もしかしたら卒院式の場で婚約破棄が公に発表されるのかもしれない。その上で楽しそうに踊るあの大団円感のイラストに繋がるのではないだろうか。そう思いつくと、全くその通りな気がしてきた。
(幸いなことは、私が出てきたおかげで、公式に婚約破棄されても動揺なく受け入れられるって事ね、表面上は………ミネルヴァがまた傷付いたらどうしよう)
沈痛な面持ちでそっと己の胸を押さえるミネルヴァの手をとって、フランセスカは元気づけるように微笑む。
「大丈夫よミーナ、わたくしがちゃんと傍におりますわ」
「ありがとう、セス」
フランセスカの手の温もりと笑顔。その後で同じように微笑むリーネアッラとプルシエッタ。何かを察したらしく主人をじっと見つめているイーグル。彼女を取り囲む優しい空気に、引いてしまった血の気が戻っていく。
(大丈夫。私は大丈夫。きっと、ミネルヴァだって、大丈夫だわ)
心から安心したような笑みを浮かべて、彼女は頷いた。
「何があったって、もう大丈夫だわ。皆が居てくれるもの、ね?」
「当然よ!」
フランセスカはぎゅっとミネルヴァを抱き締め、リーネアッラは何度も頷いた。プルシエッタは小さく頷き、笑みを深くする。
「ピー」
イーグルが短く鳴いた。
全員でイーグルを見つめ、次の瞬間には笑ってしまう。ようやく笑いがおさまったところで、フランセスカが、イーグルは見所があるからミーナの騎士に任命ね、等と言うので、ミネルヴァはまた笑ってしまった。
こんなに貴方に懐いているのに名前も付けてあげないなんて可哀想ですわ、と言うフランセスカの言葉に背中を押され、ミネルヴァは猫鷹に名前を付ける事にする。
ちなみに、フランセスカだけでなく使用人一同から温かな笑顔を向けられていたような気がするが、きっと気のせいだと思うことにした。
「名前…名前…猫鷹………」
彼女は、思い悩む顔で腕を組んで椅子にかけている。一人分のお茶の用意がされた居間に、今日も今日とて一人である。
(ミケとかタマとかじゃちょっとねぇ…雄なのよね、カッコイイ名前が良いかしら、鷹、猫、ホーク、ファルコ、キャット、カッツェ、マオ、マオ、可愛いけど鷹メインなのに猫推しってのもなぁ…鷹、タカ、鷹は音読みだとヨウだっけあとオウ、かな。マオヨウ、マオオウ…マオウ………いや、ないわーないない、何で今一瞬これはと思った私、ネーミングセンス死んでんなもう、本当に。あー………)
前世で飼っていた犬の名前を付ける時、家族から総批判された思い出を蘇らせながら、それでも必死に考え込む。気が付けばぶつぶつと小さく呟いていたが、咎める者は誰も居ない。あれこれと呟いていたのだが、ある一言の際、自分でも思いがけずはっきりと声が響いてしまう。
「…………………………イーグル」
ばさり、と猫鷹が羽音をさせた。
その音に慌てて視線を向けるが、止まり木の上で猫鷹は静かにこっちを見ているだけだ。きっとぶつぶつ言っていたのが急にはっきり喋って驚いたのだろうと思いつつ、確認のためにもう一度声に出してみる。
「イーグル?」
再びばさりと羽ばたいたかと思うと、ついに止まり木からミネルヴァの椅子の肘掛へ移った。
(嘘ぉ………いやいやそれは、駄目だよ君ぃ…)
その、犬にオオカミと言う名前を付けて呼ぶような感覚に戸惑う彼女を他所に、猫鷹はじっと見て首を傾げてみせる。まるで、今呼んだよね、と言わんばかりだ。
「そっか、認識しちゃったか」
そっと指先で猫鷹――イーグルの額を羽の流れに沿って撫でながら、彼女は独りごちる。
「…てか、私が目を合わせて呼んでしまったのが駄目だった気がする」
幸いなのは、この世界に鷲を意味するイーグルと言う言葉が存在しない事だろうか。
彼女はしばらくの間、皆がイーグルと呼ぶのを何とも言えない思いで見つめていたが、その内に慣れてしまった。
今では、まぁ私のセンスにしてはカッコイイわよねワンコにヴォルフって付けるみたいなものだし、と開き直っている。そのセンスがカッコイイってお前、というツッコミは少なくとも彼女の周りからは上がらないのだから仕方がない。
そうして、思いがけない新入りを迎えつつ、楽しくなるようモラトリアムを過ごしていた彼女の元に、一気に血の気が引くような知らせが届いたのは、卒院式まであと二十五日の事だった。
「………王妃様が」
母からの手紙を手に、ミネルヴァは呆然としてしまう。
そっとミネルヴァの手元から手紙を抜いたフランセスカは文面を一読して眉を上げた。そこには、この屋敷へライネッツ公爵と国王妃が連れ立って訪れる旨が記されている。
ミネルヴァが婚約破棄を告げられた件は、実はあまり広く噂にはなっていない。卒院式以降から社交シーズンが始まるということもあるが、現状ミネルヴァを地獄に突き落としたイベントはあくまで学院生同士のやり取りであり、まだ公式にはミネルヴァが王太子の婚約者なのだ。
(………公式に婚約破棄するための話し合い、かしらね)
もしかしたら卒院式の場で婚約破棄が公に発表されるのかもしれない。その上で楽しそうに踊るあの大団円感のイラストに繋がるのではないだろうか。そう思いつくと、全くその通りな気がしてきた。
(幸いなことは、私が出てきたおかげで、公式に婚約破棄されても動揺なく受け入れられるって事ね、表面上は………ミネルヴァがまた傷付いたらどうしよう)
沈痛な面持ちでそっと己の胸を押さえるミネルヴァの手をとって、フランセスカは元気づけるように微笑む。
「大丈夫よミーナ、わたくしがちゃんと傍におりますわ」
「ありがとう、セス」
フランセスカの手の温もりと笑顔。その後で同じように微笑むリーネアッラとプルシエッタ。何かを察したらしく主人をじっと見つめているイーグル。彼女を取り囲む優しい空気に、引いてしまった血の気が戻っていく。
(大丈夫。私は大丈夫。きっと、ミネルヴァだって、大丈夫だわ)
心から安心したような笑みを浮かべて、彼女は頷いた。
「何があったって、もう大丈夫だわ。皆が居てくれるもの、ね?」
「当然よ!」
フランセスカはぎゅっとミネルヴァを抱き締め、リーネアッラは何度も頷いた。プルシエッタは小さく頷き、笑みを深くする。
「ピー」
イーグルが短く鳴いた。
全員でイーグルを見つめ、次の瞬間には笑ってしまう。ようやく笑いがおさまったところで、フランセスカが、イーグルは見所があるからミーナの騎士に任命ね、等と言うので、ミネルヴァはまた笑ってしまった。
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