9 / 49
第一章:まずは、スタートラインに立つために。
9.時は止まりません
しおりを挟む
三日後。
ライネッツ公爵家の紋が入った馬車に同乗して国王妃がやってきた。
心強い味方のフランセスカは何故か母が連れて別室に行ってしまい、今ミネルヴァは国王妃と客間に二人である。リーネアッラや国王妃の侍女も居るのだが、立場上返事以外では声を上げる事もできないので、室内で発言権があるのはミネルヴァと国王妃だけだ。
もっとも、ミネルヴァには何か話がある訳でもないので、先程から客間にはずっと沈黙が落ちている。
(お母様と同じ、お喋りの好きな明るい方なのに………よほど切り出しにくいのね。すっぱり言ってもらって構わないのだけど)
もう何度目かも解らないカップを傾ける動作を彼女自身も繰り返しながら、そのほとんど減っていないお茶の量で国王妃の逡巡が測れるようだと思った。
「………ミーナ」
ようやく、ぽつりと呟く声が聞こえた。ゆくゆくは娘となるのだから、と国王妃は昔からミネルヴァを愛称で呼ぶ。
「はい」
「今日はね、その…貴方に訊きたい事があって、リーンに無理を言って連れてきてもらったの」
「はい」
いよいよ来たか、と気合を込めて返事をしたつもりだったのだが、国王妃の逡巡は未だに続いていたようだ。きゅっと眉を寄せ、成人する息子が居るとは思えない若々しさに溢れる顔を歪ませている。ふらふらと泳ぐ視線は、ちらともミネルヴァとは合わないが、様子は窺っているようだ。
(美人を困惑させているとなんだか申し訳なくなるのは何でなのかしら…でも、もう少し何か言ってもらわないとこちらから切り出す事もできないし)
ミネルヴァの落ち着いた様子に意を決したように、ついに目を合わせて言葉が発せられる。
「あのね…クーとのね、その………」
だが、言葉は直ぐに終わってしまった。とはいえ、王太子の愛称が出たことで、彼女としてはとっかかりを得たと判断する。
「婚約の件でしたら、王太子殿下の御意志に添うようにして頂ければ、と私は考えております」
彼女は、きちんと背筋を伸ばし、微かに笑みを浮かべ、しっかりとした口調で、努めて冷静に見えるように振る舞う。ミネルヴァは馬車を降りてきた国王妃の王太子によく似た顔を見た時にどくりと心臓を弾ませて以降、特に反応はない。
(露骨に婚約破棄されたという事に触れるのもどうかと思ってちょっと遠まわしな言い方になったけど、伝わったよね?)
ちゃんと諦めるつもりです。変な騒動とか起こしません。どうぞご安心ください。そんな思いをぎゅっと詰めて言葉にしてみたつもりだが、戸惑うような国王妃の表情に、上手く伝わっていないかもしれないと感じる。
国王妃は、俯いて溜息を吐いてから再び顔を上げミネルヴァと目を合わせた。その顔には諦めの色が濃い苦笑を浮かべていた。
「貴方の考えは解ったわ」
それだけ答えると、国王妃は打って変わって明るい表情で、とりとめもないお喋りを始めた。
国王妃の侍女が動き、別室に居たライネッツ組も参加し、その後は主にミネルヴァを聞き役とした姦しいお喋り大会が開催されることとなる。
昼食の時が近付いた頃、国王妃と母は帰る旨を告げ、席を立つ。
フランセスカがせめて昼食を一緒にと声をかけたが、移動の時間があるからという返答だった。驚いた事に、馬車で車中泊をして王都に戻る強行軍であるらしい。勿論、屋敷に乗り付けた小型の馬車ではなく、途中で横になれる大型の馬車に乗り換えるらしいのだが。
「じゃあ、ミーナ、もう行くけど、体にはくれぐれも気を付けるのよ? そろそろ涼しくなる頃合いだけれど、風邪などひかないようにね」
「はい。お母様」
同じ内容をフランセスカや使用人達にも言い付けてから母は馬車に乗り込んだ。
「ごめんなさいね、のんびりしているところに押しかけてしまって」
「いいえ、どうぞお気遣いなく。お話しできて、とても嬉しかったので」
「私もよ。またね」
少し寂しそうに笑って、国王妃も馬車へと乗り込む。
(実際に会いにまで来られたから、ちょっとびびりな自分が出ちゃってたけど、大丈夫だったわね、結構。まぁ、私は諦めるのなんか全然何ともないし。でもなぁ…これで卒院式は公式に婚約破棄された令嬢扱い確定かぁ。なんとなくだけど、ミネルヴァが元気になってきてるような気がするし、本当はこのまま此処に居られるのが一番だと思うんだけど。難しいよねぇ………)
ミネルヴァとフランセスカは並んでしばらく馬車を見送っていたが、すっと吹き付けた肌寒い風に同時に体を震わせた。お互いに同じタイミングで腕をさすったものだから、目を合わせて笑ってしまう。
「嫌になっちゃうわ、もう。秋には少し早いと思うのですけど」
「そうね。ちょっと早とちりな風だったわね」
国王妃との話については触れずに歩きながら喋り続け、居間に戻ると、止まり木の上で目を閉じているイーグルをみたフランセスカが呟いた。
「そういえばイーグルって何時頃冬眠するのかしら?」
「え? 鳥って冬眠はしないのではない?」
「あら、そうですの?」
「………ランに訊いてみましょう」
近頃ミネルヴァには、困った時にはお爺ちゃんの知恵袋を頼る、という癖が出来つつある。とかく動植物の事は、何でもランに訊けば良いと確信している節がある。
ちなみに、ランの返答は、
「冬眠する鳥は居りますが、猫鷹は冬眠しませんな」
と、いうものだった。
続けて冬眠する鳥についても話を訊こうとしたが、書斎に鳥類の図鑑が有るので気になるならお調べなさい、と言われてしまう。
昼食後に、フランセスカと二人で図鑑を捲っていると、思いの外楽しく。結局、夜まで同じ寝台に寝転がって図鑑を見続けた。
ライネッツ公爵家の紋が入った馬車に同乗して国王妃がやってきた。
心強い味方のフランセスカは何故か母が連れて別室に行ってしまい、今ミネルヴァは国王妃と客間に二人である。リーネアッラや国王妃の侍女も居るのだが、立場上返事以外では声を上げる事もできないので、室内で発言権があるのはミネルヴァと国王妃だけだ。
もっとも、ミネルヴァには何か話がある訳でもないので、先程から客間にはずっと沈黙が落ちている。
(お母様と同じ、お喋りの好きな明るい方なのに………よほど切り出しにくいのね。すっぱり言ってもらって構わないのだけど)
もう何度目かも解らないカップを傾ける動作を彼女自身も繰り返しながら、そのほとんど減っていないお茶の量で国王妃の逡巡が測れるようだと思った。
「………ミーナ」
ようやく、ぽつりと呟く声が聞こえた。ゆくゆくは娘となるのだから、と国王妃は昔からミネルヴァを愛称で呼ぶ。
「はい」
「今日はね、その…貴方に訊きたい事があって、リーンに無理を言って連れてきてもらったの」
「はい」
いよいよ来たか、と気合を込めて返事をしたつもりだったのだが、国王妃の逡巡は未だに続いていたようだ。きゅっと眉を寄せ、成人する息子が居るとは思えない若々しさに溢れる顔を歪ませている。ふらふらと泳ぐ視線は、ちらともミネルヴァとは合わないが、様子は窺っているようだ。
(美人を困惑させているとなんだか申し訳なくなるのは何でなのかしら…でも、もう少し何か言ってもらわないとこちらから切り出す事もできないし)
ミネルヴァの落ち着いた様子に意を決したように、ついに目を合わせて言葉が発せられる。
「あのね…クーとのね、その………」
だが、言葉は直ぐに終わってしまった。とはいえ、王太子の愛称が出たことで、彼女としてはとっかかりを得たと判断する。
「婚約の件でしたら、王太子殿下の御意志に添うようにして頂ければ、と私は考えております」
彼女は、きちんと背筋を伸ばし、微かに笑みを浮かべ、しっかりとした口調で、努めて冷静に見えるように振る舞う。ミネルヴァは馬車を降りてきた国王妃の王太子によく似た顔を見た時にどくりと心臓を弾ませて以降、特に反応はない。
(露骨に婚約破棄されたという事に触れるのもどうかと思ってちょっと遠まわしな言い方になったけど、伝わったよね?)
ちゃんと諦めるつもりです。変な騒動とか起こしません。どうぞご安心ください。そんな思いをぎゅっと詰めて言葉にしてみたつもりだが、戸惑うような国王妃の表情に、上手く伝わっていないかもしれないと感じる。
国王妃は、俯いて溜息を吐いてから再び顔を上げミネルヴァと目を合わせた。その顔には諦めの色が濃い苦笑を浮かべていた。
「貴方の考えは解ったわ」
それだけ答えると、国王妃は打って変わって明るい表情で、とりとめもないお喋りを始めた。
国王妃の侍女が動き、別室に居たライネッツ組も参加し、その後は主にミネルヴァを聞き役とした姦しいお喋り大会が開催されることとなる。
昼食の時が近付いた頃、国王妃と母は帰る旨を告げ、席を立つ。
フランセスカがせめて昼食を一緒にと声をかけたが、移動の時間があるからという返答だった。驚いた事に、馬車で車中泊をして王都に戻る強行軍であるらしい。勿論、屋敷に乗り付けた小型の馬車ではなく、途中で横になれる大型の馬車に乗り換えるらしいのだが。
「じゃあ、ミーナ、もう行くけど、体にはくれぐれも気を付けるのよ? そろそろ涼しくなる頃合いだけれど、風邪などひかないようにね」
「はい。お母様」
同じ内容をフランセスカや使用人達にも言い付けてから母は馬車に乗り込んだ。
「ごめんなさいね、のんびりしているところに押しかけてしまって」
「いいえ、どうぞお気遣いなく。お話しできて、とても嬉しかったので」
「私もよ。またね」
少し寂しそうに笑って、国王妃も馬車へと乗り込む。
(実際に会いにまで来られたから、ちょっとびびりな自分が出ちゃってたけど、大丈夫だったわね、結構。まぁ、私は諦めるのなんか全然何ともないし。でもなぁ…これで卒院式は公式に婚約破棄された令嬢扱い確定かぁ。なんとなくだけど、ミネルヴァが元気になってきてるような気がするし、本当はこのまま此処に居られるのが一番だと思うんだけど。難しいよねぇ………)
ミネルヴァとフランセスカは並んでしばらく馬車を見送っていたが、すっと吹き付けた肌寒い風に同時に体を震わせた。お互いに同じタイミングで腕をさすったものだから、目を合わせて笑ってしまう。
「嫌になっちゃうわ、もう。秋には少し早いと思うのですけど」
「そうね。ちょっと早とちりな風だったわね」
国王妃との話については触れずに歩きながら喋り続け、居間に戻ると、止まり木の上で目を閉じているイーグルをみたフランセスカが呟いた。
「そういえばイーグルって何時頃冬眠するのかしら?」
「え? 鳥って冬眠はしないのではない?」
「あら、そうですの?」
「………ランに訊いてみましょう」
近頃ミネルヴァには、困った時にはお爺ちゃんの知恵袋を頼る、という癖が出来つつある。とかく動植物の事は、何でもランに訊けば良いと確信している節がある。
ちなみに、ランの返答は、
「冬眠する鳥は居りますが、猫鷹は冬眠しませんな」
と、いうものだった。
続けて冬眠する鳥についても話を訊こうとしたが、書斎に鳥類の図鑑が有るので気になるならお調べなさい、と言われてしまう。
昼食後に、フランセスカと二人で図鑑を捲っていると、思いの外楽しく。結局、夜まで同じ寝台に寝転がって図鑑を見続けた。
41
あなたにおすすめの小説
転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!
木風
恋愛
婚約者に裏切られ、成金伯爵令嬢の仕掛けに嵌められた私は、あっけなく「悪役令嬢」として婚約を破棄された。
胸に広がるのは、悔しさと戸惑いと、まるで物語の中に迷い込んだような不思議な感覚。
けれど、この身に宿るのは、かつて過労に倒れた29歳の女医の記憶。
勉強も社交も面倒で、ただ静かに部屋に籠もっていたかったのに……
『神に愛された強運チート』という名の不思議な加護が、私を思いもよらぬ未来へと連れ出していく。
子供部屋の安らぎを夢見たはずが、待っていたのは次期国王……王太子殿下のまなざし。
逃れられない運命と、抗いようのない溺愛に、私の物語は静かに色を変えていく。
時に笑い、時に泣き、時に振り回されながらも、私は今日を生きている。
これは、婚約破棄から始まる、転生令嬢のちぐはぐで胸の騒がしい物語。
※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。
表紙イラストは、Wednesday (Xアカウント:@wednesday1029)さんに描いていただきました。
※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。
©︎子供部屋悪役令嬢 / 木風 Wednesday
悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない
おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。
どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに!
あれ、でも意外と悪くないかも!
断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。
※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。
婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました
宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。
しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。
断罪まであと一年と少し。
だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。
と意気込んだはいいけど
あれ?
婚約者様の様子がおかしいのだけど…
※ 4/26
内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です
hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。
夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。
自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。
すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。
訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。
円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・
しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・
はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?
ざまぁされるのが確実なヒロインに転生したので、地味に目立たず過ごそうと思います
真理亜
恋愛
私、リリアナが転生した世界は、悪役令嬢に甘くヒロインに厳しい世界だ。その世界にヒロインとして転生したからには、全てのプラグをへし折り、地味に目立たず過ごして、ざまぁを回避する。それしかない。生き延びるために! それなのに...なぜか悪役令嬢にも攻略対象にも絡まれて...
乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが
侑子
恋愛
十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。
しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。
「どうして!? 一体どうしてなの~!?」
いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる