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第二章:スタートきったら必要なもの? 解ります。体力ですね。
7.うまくいきっこない
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ミネルヴァの内心が大慌ての一人大運動会みたいな事になっているとは、表面上は気付かれずに済んでいる。お茶を待っている間話しかけないくらいの事は普通の対応だからだ。
(今の内に、何とかして心臓を落ち着けないと。というか、私は本当に何でこんな…)
初恋は、強制力が強かったとはいえ、淡い憧れを持って確かに在った恋心が玉砕。
そして、次は初めて会った職人の男性。何かが始まる前から玉砕の未来が拓けていた。
(恋には縁が無いのよ私、きっとそう…)
自分がグリッツの家を捨てて彼に嫁げるとは思えない。逆に彼をグリッツの家に迎える事も考えられない。そもそもイーグルに似ているなんて理由で一目惚れをした事を伝えられる気がしない。
(ない、ない、ない…結局いつもこうだわ)
未来を想像して障害を探して数える自分の性格が恨めしかった。だが、大切な周りの人々に迷惑をかけたくないという思いがその根底にはある。どうしても、自分の気持ちを推すような考え方はできなかった。
「お待たせいたしました」
リーネアッラがお茶を持って入ってきたのを契機に、ミネルヴァは令嬢としての振る舞いで心の中を覆い隠す。
「それで、本日はどのようなご用で?」
「はい。実は、グリッツ公爵ご令嬢様にお願いしたい事があって罷り越しました」
傍らでリーネアッラが嫌そうな雰囲気を出した事を感じながら、ミネルヴァは不思議に思っていた。
サフ=ジーノは礼儀の教育を徹底している。彼の工房は入って一ヶ月の見習いの少年でさえ、きちんとした礼儀を心得ている。雇用主であるサフ=ジーノも連れず初対面の貴族令嬢の元へ約束もなくやってきて、要件が自分の願いであるというのは、あまりにも無礼であった。
リーネアッラが口を開きそうなのを目線で制して、ミネルヴァは問いかけを続ける。
「どのような?」
「お嬢様がお飼いになっている猫鷹を見せていただきたいのです」
「………まぁ」
ミネルヴァにとっては完全に想定外で、口から出た反応はそれだけになってしまった。もっとも、リーネアッラにも想定外だったようで、さっきまでの敵対するような気配がすっかり消えていた。
「えっと…」
困惑のままリーネアッラに視線を向ける。
「こちらに連れて来るよりも、庭に出て、呼ぶ方がよろしいかと」
「ああ、そうね。そうしましょうか」
リーネアッラから敵意は無くなったが、不審感は拭いきれず、彼女はミネルヴァからは絶対に離れないぞ、という体制でギリットを庭に案内した。
応接室からは直接庭には出られないため、一度玄関へ戻り、屋敷の横庭へ向かいながら詳しく話を聞く事ができた。
要するに、ギリットはスランプに陥っているらしい。
ミネルヴァが気に入って夜会などにもイーグルの髪飾りを着けていくので、ギリットの元には幾つかの細工の注文が来たらしい。ところが、新しく細工を作ろうと決めて取り掛かるのだが、作っている内に完成図が霧散してしまうというのだ。
「誠に無礼な事とは存じておりましたが。あの羽を見た時、手が自然に動いたのを思い出し、もう一度、と思いまして」
「………無礼な事、とは思います。でも、貴方の品を知っていますから、真剣にお悩みなのだとも解ります。私は構いませんから、どうぞイーグルに会っていってください」
「ありがとうございます」
庭に着くと、ミネルヴァはリーネアッラから呼子笛を受け取る。軽く吹けば、少し間を空けてイーグルが飛んできた。
(あら、まだ鼠を持ったままだわ)
てっきり食べているかと思ったのだが、イーグルは先ほどのものと思われる鼠を掴んだまま飛んでいる。あれでは腕に止める事は出来ないなと考えていると、みるみる近付いたイーグルが、ギリットの上に鼠を落とした。
「あ!」
いけない、と思いミネルヴァは短く叫んだ。だが、ギリットは落ちてきた鼠を片手で受け止めると、嬉しそうに飛翔するイーグルを見つめていた。
(良かった怪我がなくて………嬉しそうだわ、すごく)
その後、放り投げた鼠を取る姿や止まり木で休む姿など、ひたすらイーグルを観察したギリットは、ミネルヴァに深々と謝意を告げて帰っていった。
後日、青い顔をしたサフ=ジーノが事前約束の上で謝罪に来たので、ミネルヴァは次のシーズンには新しいブローチが欲しいわ、と告げる事で謝罪を受け入れた。
そんな風に、ミネルヴァの心はごたついたが、最後の夜会への参加は良くも悪くも何事もなく終えた。
ミネルヴァは、父のスティアンと共にグリッツ領への旅路につく。
学院在学中の三年間は一度も帰る事が出来なかったため、実に久しぶりの帰郷であった。
「イーグル。グリッツ領は海が無いし、ライネッツ領より少し寒いけれど、大丈夫よね?」
「ピー」
「ミーナの騎士は頼もしいね」
「ええ、きっと、お父様より頼りになります」
「えぇ…」
「ピー」
「ほら、イーグルも言ってます」
「そんなぁ」
自分を優しい笑みで見つめるスティアンに笑って、ミネルヴァは馬車に乗り込んだ。これからはグリッツ領で父の仕事を手伝い、ゆくゆくは担わなければならない。
(今の内に、何とかして心臓を落ち着けないと。というか、私は本当に何でこんな…)
初恋は、強制力が強かったとはいえ、淡い憧れを持って確かに在った恋心が玉砕。
そして、次は初めて会った職人の男性。何かが始まる前から玉砕の未来が拓けていた。
(恋には縁が無いのよ私、きっとそう…)
自分がグリッツの家を捨てて彼に嫁げるとは思えない。逆に彼をグリッツの家に迎える事も考えられない。そもそもイーグルに似ているなんて理由で一目惚れをした事を伝えられる気がしない。
(ない、ない、ない…結局いつもこうだわ)
未来を想像して障害を探して数える自分の性格が恨めしかった。だが、大切な周りの人々に迷惑をかけたくないという思いがその根底にはある。どうしても、自分の気持ちを推すような考え方はできなかった。
「お待たせいたしました」
リーネアッラがお茶を持って入ってきたのを契機に、ミネルヴァは令嬢としての振る舞いで心の中を覆い隠す。
「それで、本日はどのようなご用で?」
「はい。実は、グリッツ公爵ご令嬢様にお願いしたい事があって罷り越しました」
傍らでリーネアッラが嫌そうな雰囲気を出した事を感じながら、ミネルヴァは不思議に思っていた。
サフ=ジーノは礼儀の教育を徹底している。彼の工房は入って一ヶ月の見習いの少年でさえ、きちんとした礼儀を心得ている。雇用主であるサフ=ジーノも連れず初対面の貴族令嬢の元へ約束もなくやってきて、要件が自分の願いであるというのは、あまりにも無礼であった。
リーネアッラが口を開きそうなのを目線で制して、ミネルヴァは問いかけを続ける。
「どのような?」
「お嬢様がお飼いになっている猫鷹を見せていただきたいのです」
「………まぁ」
ミネルヴァにとっては完全に想定外で、口から出た反応はそれだけになってしまった。もっとも、リーネアッラにも想定外だったようで、さっきまでの敵対するような気配がすっかり消えていた。
「えっと…」
困惑のままリーネアッラに視線を向ける。
「こちらに連れて来るよりも、庭に出て、呼ぶ方がよろしいかと」
「ああ、そうね。そうしましょうか」
リーネアッラから敵意は無くなったが、不審感は拭いきれず、彼女はミネルヴァからは絶対に離れないぞ、という体制でギリットを庭に案内した。
応接室からは直接庭には出られないため、一度玄関へ戻り、屋敷の横庭へ向かいながら詳しく話を聞く事ができた。
要するに、ギリットはスランプに陥っているらしい。
ミネルヴァが気に入って夜会などにもイーグルの髪飾りを着けていくので、ギリットの元には幾つかの細工の注文が来たらしい。ところが、新しく細工を作ろうと決めて取り掛かるのだが、作っている内に完成図が霧散してしまうというのだ。
「誠に無礼な事とは存じておりましたが。あの羽を見た時、手が自然に動いたのを思い出し、もう一度、と思いまして」
「………無礼な事、とは思います。でも、貴方の品を知っていますから、真剣にお悩みなのだとも解ります。私は構いませんから、どうぞイーグルに会っていってください」
「ありがとうございます」
庭に着くと、ミネルヴァはリーネアッラから呼子笛を受け取る。軽く吹けば、少し間を空けてイーグルが飛んできた。
(あら、まだ鼠を持ったままだわ)
てっきり食べているかと思ったのだが、イーグルは先ほどのものと思われる鼠を掴んだまま飛んでいる。あれでは腕に止める事は出来ないなと考えていると、みるみる近付いたイーグルが、ギリットの上に鼠を落とした。
「あ!」
いけない、と思いミネルヴァは短く叫んだ。だが、ギリットは落ちてきた鼠を片手で受け止めると、嬉しそうに飛翔するイーグルを見つめていた。
(良かった怪我がなくて………嬉しそうだわ、すごく)
その後、放り投げた鼠を取る姿や止まり木で休む姿など、ひたすらイーグルを観察したギリットは、ミネルヴァに深々と謝意を告げて帰っていった。
後日、青い顔をしたサフ=ジーノが事前約束の上で謝罪に来たので、ミネルヴァは次のシーズンには新しいブローチが欲しいわ、と告げる事で謝罪を受け入れた。
そんな風に、ミネルヴァの心はごたついたが、最後の夜会への参加は良くも悪くも何事もなく終えた。
ミネルヴァは、父のスティアンと共にグリッツ領への旅路につく。
学院在学中の三年間は一度も帰る事が出来なかったため、実に久しぶりの帰郷であった。
「イーグル。グリッツ領は海が無いし、ライネッツ領より少し寒いけれど、大丈夫よね?」
「ピー」
「ミーナの騎士は頼もしいね」
「ええ、きっと、お父様より頼りになります」
「えぇ…」
「ピー」
「ほら、イーグルも言ってます」
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