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第二章:スタートきったら必要なもの? 解ります。体力ですね。
11.こらえられない
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翌朝、起こしに来たリーネアッラが短く叫んでミネルヴァが止める間も無く出て行った。
(どうしよう…一晩中泣くなんて思わなかった…多分酷い顔だったのね)
瞼が腫れているのは自覚が有る。目が開いていないと自分でも思うからだ。
「はぁ…」
棚の上の小箱を見つめて、溜息を吐いた。
(しかも全然すっきりしてないし)
馬鹿みたいでも、泣いて寝ればすっきりするはずだった。そう信じて泣いたのだ。
(ろくに寝てないのが悪いのかしら、今からでも少し寝たら、ましになるのかも)
濡らした柔らかいタオルを持って戻ってきたリーネアッラに、礼を言って、もう少し寝ていたいから朝食はいらないと告げる。不安そうにされたが、微笑んで寝付きが悪くて寝不足なだけよと誤魔化した。
冷たいタオルを瞼に置いて、深呼吸をして身を横たえる。濡れたタオルをそのままに寝るのは良くないと思ったが、少しの間、乗せたままにしておきたかった。
(気持ち良い…)
そう長い時間ではないと思うが、ぐっと深く眠ったと解る。
起き抜けだがすっきりした頭で、ミネルヴァは状況を把握しようとした。瞼の上には、まだタオルが乗っている。そして、少しひんやりとした柔らかな指先が、頬を撫でていた。
(優しい手、お母様?)
タオルが退かされ、濡らし直す水音が聞こえる。
そっと、だいぶ開き易くなった瞼を持ち上げると、アイリーンが寝台の傍らで座っているのが見えた。
「お母様…?」
「ミーナ。目が覚めたのね」
「はい」
(えっと、なぜお母様が…)
「………」
(すごく、見られてる。まだ腫れてるかしら)
ミネルヴァは身を起こして自分の顔に触れる。まだ腫れているとは思うが、だいぶまともになったと感じられた。もしかして、アイリーンはずっとタオルを取り替えていてくれたのだろうか。
「あの、ご心配をおかけして」
「お止めなさい。母親にまで気なんて遣う必要はないのよミーナ」
心配する眼差しだった。アイリーンは真っ直ぐにミネルヴァを見つめている。
「ミーナ。貴方に大事な話があるの」
「え、はい」
アイリーンはいつでも本気ではあるが、茶目っ気の強い性格でもある。これほど真面目な顔で向かい合う事は、もしかしたら初めてではないだろうか、とミネルヴァは考えた。
「あなたの気持ちを聞かせて」
「………」
体が反射的にぎくりとして、心臓が跳ね上がり、血の気が引く。
(どうして…)
しのぶれど。そんな言葉が脳裏を過ぎった。こんな時でも逃避の思考が働くのは、緊張を和らげるための人間の反応だろうか。ミネルヴァは頭がぐらぐらするような気がしたが、体は一切揺れることはなく。アイリーンと見つめ合っていた。
「ミネルヴァ。貴方はずっと私達のために頑張ってくれてる。貴方は私の誇りよ」
頬を撫でてくれたのと同じ、柔らかな手がそっとミネルヴァの手をとる。
「そして私の宝物」
アイリーンの瞳が泣きそうなほどに潤んでいた。
「ねぇ、ミーナ。私は貴方に勘違いをさせているのかもしれないけど。貴方が優秀な娘だから可愛いわけじゃないのよ。貴方の事は確かに誇らしい、でも、もし、もしもよ、貴方がどうしようもない娘だったとしても、私は貴方が愛おしいわ」
真面目なアイリーンの顔が悲しそうに歪む。
(お母様がこんなに私の事を考えてくださっているなんて)
ミネルヴァは、善くも悪くもアイリーンは強い女性だと思っていた。真っ直ぐに自分の決めた道を歩く人だと。いつも凛と揺るがない背を見つめて、追いつかなくてはと思っていた。弱音なんて、言い訳なんて、そんなものを口にしたら、聞かれたら、きっと失望されると思っていた。
「まして貴方はそんな娘じゃない」
心底愛しそうにアイリーンがミネルヴァの手を撫でてくれる。
「貴方の献身と努力を知っているわ。貴方がどれほど素晴らしい娘かを知っているわ。誰が何を言おうと関係無い。貴方が大切なのよ」
「お母様」
「ミーナ、私に、あなたのことを教えて? ね?」
いつものような茶目っ気ではない。でも、微笑んだアイリーンの顔にミネルヴァの緊張は溶けていった。さんざん泣いて、もう枯れたと思っていたのに、またミネルヴァの目から涙が落ちる。
「お母様…私、私…」
アイリーンは立ち上がってミネルヴァの俯く体をそっと抱きしめた。その胸に頭を埋めながら、震える声でミネルヴァはついにその思いを口にした。
「ギリット様が、好きなのです…」
「………そう」
この時、ぎゅっと、だが柔らかく労わるように抱き締められていたミネルヴァは気付いていなかった。アイリーンの沈黙の意味を、アイリーンの顔が疑問に歪んでいた意味を。
優しく自分の背を撫でてくれる手の温かさに、アイリーンの慈しみに溢れた優しい手つきに、ただただ喜びが心中を占めていく。
(言えた…言ってしまった。でも、お母様は抱き締めて下さるのね、怒ったり失望したりなさらない…私、お母様の娘で良かった)
心が温かなもので満たされていくようだった。
(本当に良かった)
アイリーンに言った事で気持ちが軽くなったミネルヴァは、翌々日から積極的に、だが去年の反省をきちんと活かしながら、社交シーズンを過ごし始めた。
(どうしよう…一晩中泣くなんて思わなかった…多分酷い顔だったのね)
瞼が腫れているのは自覚が有る。目が開いていないと自分でも思うからだ。
「はぁ…」
棚の上の小箱を見つめて、溜息を吐いた。
(しかも全然すっきりしてないし)
馬鹿みたいでも、泣いて寝ればすっきりするはずだった。そう信じて泣いたのだ。
(ろくに寝てないのが悪いのかしら、今からでも少し寝たら、ましになるのかも)
濡らした柔らかいタオルを持って戻ってきたリーネアッラに、礼を言って、もう少し寝ていたいから朝食はいらないと告げる。不安そうにされたが、微笑んで寝付きが悪くて寝不足なだけよと誤魔化した。
冷たいタオルを瞼に置いて、深呼吸をして身を横たえる。濡れたタオルをそのままに寝るのは良くないと思ったが、少しの間、乗せたままにしておきたかった。
(気持ち良い…)
そう長い時間ではないと思うが、ぐっと深く眠ったと解る。
起き抜けだがすっきりした頭で、ミネルヴァは状況を把握しようとした。瞼の上には、まだタオルが乗っている。そして、少しひんやりとした柔らかな指先が、頬を撫でていた。
(優しい手、お母様?)
タオルが退かされ、濡らし直す水音が聞こえる。
そっと、だいぶ開き易くなった瞼を持ち上げると、アイリーンが寝台の傍らで座っているのが見えた。
「お母様…?」
「ミーナ。目が覚めたのね」
「はい」
(えっと、なぜお母様が…)
「………」
(すごく、見られてる。まだ腫れてるかしら)
ミネルヴァは身を起こして自分の顔に触れる。まだ腫れているとは思うが、だいぶまともになったと感じられた。もしかして、アイリーンはずっとタオルを取り替えていてくれたのだろうか。
「あの、ご心配をおかけして」
「お止めなさい。母親にまで気なんて遣う必要はないのよミーナ」
心配する眼差しだった。アイリーンは真っ直ぐにミネルヴァを見つめている。
「ミーナ。貴方に大事な話があるの」
「え、はい」
アイリーンはいつでも本気ではあるが、茶目っ気の強い性格でもある。これほど真面目な顔で向かい合う事は、もしかしたら初めてではないだろうか、とミネルヴァは考えた。
「あなたの気持ちを聞かせて」
「………」
体が反射的にぎくりとして、心臓が跳ね上がり、血の気が引く。
(どうして…)
しのぶれど。そんな言葉が脳裏を過ぎった。こんな時でも逃避の思考が働くのは、緊張を和らげるための人間の反応だろうか。ミネルヴァは頭がぐらぐらするような気がしたが、体は一切揺れることはなく。アイリーンと見つめ合っていた。
「ミネルヴァ。貴方はずっと私達のために頑張ってくれてる。貴方は私の誇りよ」
頬を撫でてくれたのと同じ、柔らかな手がそっとミネルヴァの手をとる。
「そして私の宝物」
アイリーンの瞳が泣きそうなほどに潤んでいた。
「ねぇ、ミーナ。私は貴方に勘違いをさせているのかもしれないけど。貴方が優秀な娘だから可愛いわけじゃないのよ。貴方の事は確かに誇らしい、でも、もし、もしもよ、貴方がどうしようもない娘だったとしても、私は貴方が愛おしいわ」
真面目なアイリーンの顔が悲しそうに歪む。
(お母様がこんなに私の事を考えてくださっているなんて)
ミネルヴァは、善くも悪くもアイリーンは強い女性だと思っていた。真っ直ぐに自分の決めた道を歩く人だと。いつも凛と揺るがない背を見つめて、追いつかなくてはと思っていた。弱音なんて、言い訳なんて、そんなものを口にしたら、聞かれたら、きっと失望されると思っていた。
「まして貴方はそんな娘じゃない」
心底愛しそうにアイリーンがミネルヴァの手を撫でてくれる。
「貴方の献身と努力を知っているわ。貴方がどれほど素晴らしい娘かを知っているわ。誰が何を言おうと関係無い。貴方が大切なのよ」
「お母様」
「ミーナ、私に、あなたのことを教えて? ね?」
いつものような茶目っ気ではない。でも、微笑んだアイリーンの顔にミネルヴァの緊張は溶けていった。さんざん泣いて、もう枯れたと思っていたのに、またミネルヴァの目から涙が落ちる。
「お母様…私、私…」
アイリーンは立ち上がってミネルヴァの俯く体をそっと抱きしめた。その胸に頭を埋めながら、震える声でミネルヴァはついにその思いを口にした。
「ギリット様が、好きなのです…」
「………そう」
この時、ぎゅっと、だが柔らかく労わるように抱き締められていたミネルヴァは気付いていなかった。アイリーンの沈黙の意味を、アイリーンの顔が疑問に歪んでいた意味を。
優しく自分の背を撫でてくれる手の温かさに、アイリーンの慈しみに溢れた優しい手つきに、ただただ喜びが心中を占めていく。
(言えた…言ってしまった。でも、お母様は抱き締めて下さるのね、怒ったり失望したりなさらない…私、お母様の娘で良かった)
心が温かなもので満たされていくようだった。
(本当に良かった)
アイリーンに言った事で気持ちが軽くなったミネルヴァは、翌々日から積極的に、だが去年の反省をきちんと活かしながら、社交シーズンを過ごし始めた。
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