悪役令嬢ってもっとハイスペックだと思ってた

nionea

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悪役令嬢の周りは慌ただしいようです

26.悪役令嬢が婚約者を辞めた頃

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 衛兵と共にファランが去った卒業式の会場は、張り詰めたような静寂から解き放たれ、ザワザワと乱れ始めた。
「アイラック様…」
「大丈夫だ。テスティア」
 自分にしがみつくように震えているテスティアを支え、アイラックは壇上から下りるため、端の階段へ歩き出す。
「アイラック」
 生徒席へ向かうため、下りようとした彼を、低く落ち着いた声が呼び止めた。
「…兄上」
 アイラックの呟きにテスティアが慌てたように姿勢を正す。
 壇の端にある垂れ幕の陰にアイラックの兄であり王太子であるユールティア・ユグルシアが立っていた。
 異母弟であるアイラックには似ていない。長く伸ばして後ろで一つにまとめられている髪は、金属めいた濃い金色で、同じ色の睫毛に縁どられた深い緑の目はまるで宝石のようだ。彫像のような白皙の美貌は、母譲りの割に女性的な柔らかさは無い。
「話がある。こちらへ」
 言って、返事も聞かずに歩き出した。
 その背を慌てて追って、アイラックは声を上げる。
「待ってください。彼女も一緒に!」
「好きにしろ」
 歩みを止める事なくそういった兄に、眉を寄せつつも、テスティアへ微笑みかけ、その手をとって兄を追う。
 本来は壇上で講演をする者などの控え室となる部屋に、兄は入っていった。
 追って入れば、既に兄はソファに座っている。向かいの二人がけのソファにかけ、戸惑うテスティアへも着席を促した。
 ユールティアの存在を気にしながらも、アイラックの言葉に従って着席したテスティアは、そっと拳一つ分の距離を開けて座る。
「話とは、何ですか?」
「先ほどの巫山戯た茶番劇は何だ?」
 兄の冷たい声音と突き放すような言い様に、びくりとアイラックの体が震える。背をヒヤリと汗が流れる気もしていた。
「巫山戯たつもりはありませんが」
「そんな事はどうでも良い。何だ、と訊いている」
 隣で、テスティアがガタガタと震えている事に気付いたアイラックは、慌てて彼女の肩を抱き寄せる。
「僕は、彼女との真実の愛を成就させると決めたのです!」
「………アイラック様」
 テスティアがぽっと頬を染めて見上げ、アイラックがその目を見つめ返すのを、酷く冷めた視線でユールティアが見ている。
「言いたい事はそれだけか?」
 冷たい声にアイラックは慌てたように視線を兄に戻した。
「僕は、あんな…マーヴェラス家の娘と婚約など、望んでいませんでした!」
「そうか」
「それをお祖父様や父上が勝手に推し進めたのではありませんか!」
「そうだな」
「僕が愛しているのは、ここいるテスティアです!」
「解った。もう良い」
 ユールティアは手をさっと一度払うように動かして話を打ち切った。
 勢いに乗りかけていたアイラックは、ぐっと前に出ていた体を戻し、肩透かしを食らったような顔で戸惑う。
「確か、ニールベスの娘だったか」
「え、は、はい!」
 ちらりと視線を向けられ、アイラックに見惚れていたテスティアは、どもりながら返事をした。
「君は家を継ぐ予定があるのか?」
「い、いいえ…?」
「兄上!」
「家を継ぎもしない令嬢と経済基盤の無い王子か。結婚してお前達は今後どうするつもりなんだ?」
「どうとでもします! 僕たちには愛があるのですから! 兄上には関わり無いでしょう!」
「そうだな。関わりたくもない」
「なっ!」
「援助など乞うてくれるなよ?」
「しませんよ!」
 心底馬鹿にしたような兄の態度に、アイラックは拳を震わせた。
「僕達には既に味方が居ます! 真実の愛を実らせようとする僕達を助けてくれる味方が!」
「そうか。めでたい事だな」
 少し長く瞼を閉じて、ユールティアは席を立つ。
「話は終わった。式に出るなり、なんなり好きにしろ」
 そう言いおいて部屋を出て行く兄を、やや憎々し気に見送って、アイラックは悪態を吐く。
「くそっ…」
 見た事のないアイラックの姿に、戸惑いながらもテスティアはそっとその肩に触れる。
「アイラック様」
「ああ、すまないテスティア…あの兄はいつもああだ。誰に対しても思い遣りというものが無い…」
 アイラックには、兄弟が四人いる。皆、異母兄弟だが、それでも、兄弟の親しみは感じているのだ、ユールティアだけを除いて。
「そんな…」
 ことはない、と言い切る事もできず、テスティアは口ごもる。先ほどのユールティアは、確かに親しみや優しさ等といったものは微塵も感じられなかった。
「いいんだ。もう、あの兄ともお別れだ」
 アイラックは晴れやかな笑顔を浮かべてテスティアの手を取った。例え兄から何を言われようとも、もう彼はこの手を放す気はない。彼にとって、押し付けられたのではなく、自らの心が見つけ出した、真実の愛なのだから。
「これからは、君と二人、温かく幸せな家庭を築いていける」
 愛しいテスティアとの間に産まれる子供には、仲の良い兄弟となってもらいたいものだ。そのためには、親が未来を押し付ける様な真似をせずに、見守ってあげよう。そして、いつか恋人を連れて来たなら心から祝福を贈るのだ。
 そんな気の早い事を考えながら、アイラックは微笑んだ。
 微笑みに微笑みを返して、テスティアも自身の家庭とは違う温かみの有る家を脳裏に描いていた。
「はい。アイラック様」
 これから訪れる幸せな未来。その夢に、二人は頬を染める。互いの瞳を見つめ合い、世界がその中で完結している二人は、そっと唇を重ねた。
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