悪役令嬢ってもっとハイスペックだと思ってた

nionea

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悪役令嬢が、悪役令嬢になる理由

31.最初の別れ

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 マーヴェラス家の執務室で、グローリア侯爵シクロンは、甲高い悲鳴のような歓声に気付いて机の書類に落としていた視線を上げた。
「きゃー!」
「お待ちくださいお嬢様!」
 聞こえてきたのは、近頃走る事を覚えてすっかりお転婆になった幼い娘と、先代から執事という責任ある立場を引き継いだばかりのレイモンドの声だ。思わず微笑んで、シクロンは椅子を立った。
「いけませんよ、お嬢様。家の中でその様に走っては。それに、旦那様は今お仕事中ですから」
 扉を開けると、膝立ちになって視線を合わせてファランへ注意している様子が見えた。
「構わないよレイモンド」
 声をかけると、ぱっと振り返ったファランが駆けてくる。
「おとうしゃま!」
 両手を広げて抱き上げられるのが当たり前だというように速度を落とさず駆け込んでくる満面笑顔の娘を、レイモンドのように膝を着いて抱き締め、腕で支えて持ち上げた。
「きゃあっ!」
 体の持ち上がる感覚にはしゃいで声を上げる娘に、額を合わせる。
「でもね、ファラン。レイモンドが言っている事は守らなくてはいけないよ? 家の中では走らない。守れるかい?」
「はぁい!」
「いいお返事だね」
 レイモンドへ少し休憩にするよ、と言って、ファランを抱いたまま執務室へ戻る。
 ソファへ座れば、膝の上で娘は楽しそうにお喋りを始めた。
「レーモンはねぇ、アーとちあうの。おとうしゃまにね、あうのらめっていうのよ」
「そんな事言うのかい?」
「そーよ。おしことのらまらって」
 主人が娘に甘い事を解りきっていて通してしまうアルフレッドと、真面目ゆえに執務室へ行かせないようにするレイモンドとの対応の違いが、どうやらファランには不満であるらしい。
「ファ、らましないもん」
「そうだねぇ」
「レーモンはいりわるね」
「うーん…」
 このままでは真面目な仕事ぶりの優秀な執事が嫌われ者になってしまう。
「ああ、そうだ。ファに秘密を教えようか」
「ひみつ?」
「グローリア侯爵とそれを継ぐ者だけが代々伝えてきた秘密だよ」
 ファランは首を捻る。
「ファと父さんだけの二人の内緒だよ」
「ないしょ?」
「そう」
 はっきりと言葉の意味を理解している訳ではない。それでも、その言葉が持つ響きは、とても魅力的だった。
「うん!」
 ファランは顔を真っ赤にするような興奮で、何度も頷いた。
 その日から、レイモンドは、気が付くと主人の執務室に居るファランの侵入経路に悩まされるが、先達のアルフレッドは、気にする事はないよと微笑むだけだった。
「ふふふ」
 扉を開けると、いつの間にかそこに居る自分に驚くレイモンドを見て、ファランはご機嫌だ。
「楽しいかい?」
「うん!」
 笑顔でシクロンを抱き締めるファランが知ったのは、王都にあるマーヴェラス家に張り巡らされた隠し通路の存在だった。もっとも、執務室とその一番近くの部屋からを繋いでいる一つだけだが。
 執務室の面した廊下から角を曲がった所にある部屋へ忍び込み、そこから隠し通路でこっそり執務室へ入る。すると、執務室の控えの間に居るレイモンドは気付かないという訳だ。
 ちなみに、アルフレッドは、それが何処にあるのかは知らないがそういった通路がある事は解っているため、本当は驚いていないのだが、ファランが期待を込めた目で見てくるので、いつも驚いたフリをしてくれている。
 そんな楽しい日々に初めて影が差したのは、祖父が亡くなった時だった。
「ファは本当によく似ている」
 年の大半を自室のベッドで過ごしていた祖父だったが、それでも、会えばファランの顔を見て、亡くなった妻によく似ていると笑顔で頭を撫でてくれる、優しい存在だった。
「おじいさま?」
 祖父が、ベッドに横たわり、動かない。
「ファラン…お別れのご挨拶をするんだよ」
「おわかれ?」
 父に促され、ファランは形式的な動作は終えた。
 だが、心でも体でも首を捻り続ける。
 揺すっても、声をかけても、もう二度とその瞼が開いて、ファランを見る事はないのだと。皺くちゃだけれども温かくて大きな手が、頭を撫でてくれる事はないのだと。眠っているようにしか見えない祖父が、死んだのだ、という事を、しばらくの間理解できなかった。
 ただ、祖父の死から少し経って、一つだけ、深く理解する。もう二度と、祖父には会えないのだ。
「近頃、お嬢様はずっと旦那様のお側においでですね」
 父親の膝の上で、仕事の邪魔をするようにお喋りをするでもなく、ただぎゅっとしがみついている姿に、レイモンドは呟いた。
「お別れが堪えたのだろうね」
 アルフレッドの答えに、眉を下げて俯く。近頃レイモンドは、しょんぼりとした顔でファランに見つめられては、つい執務室の扉を開けてしまうという事を繰り返していた。
「以前のように、突然執務室の中にいて、得意気なお顔をされているお嬢様に戻ってくださるでしょうか」
「大丈夫でしょう。年長者が先に行くのは、世の理、当たり前の事です。囚われるような悲しみではない。やがてお嬢様もお解りになります」
 アルフレッドの言葉に、そうですね、と頷いて、少しでも笑顔になればと料理長が心を配ったお菓子を届けに歩き出した。
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