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悪役令嬢の周りは慌ただしいようです
EX_王子の呟き
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「兄さん!」
アイラックは、レストランの半個室になっているテーブルで待ちながら、近付いてきた青年に手を挙げた。
「久しぶりだな」
アイラックの向かいに座りながら、青年はアイラックへ笑いかける。
シルベール・ユグルシア。アイラックの異母兄であり、国王の長男である王子だ。
王子の中では最も父親に似て、アルハルトとも同じ赤毛に緑の目を持つ彼は、目尻の下がった穏やかな顔で弟を見つめた。
「元気そうだな」
穏やかな気性の兄の変わらぬ表情に笑みを返し、アイラックは頭を下げる。
「今日は、こうして時間を作ってくださり、ありがとうございます」
「気にするな。例え王籍を離れようと、お前は俺の弟なのだから。会いたいと言ってくれるのなら時間くらい作るさ」
「兄さん…」
アイラックは感極まったように、目に涙を浮かべ、俯いた。
向かいで弟が何度か顔を拭う仕草をしている間に、シルベールの元に琥珀色の豆茶が入ったカップが置かれる。状況を察している教育の行き届いた店員は、何も言わず、そっとその場を去って行った。
二度カップに口を付ける間に、アイラックは気を取り直したようだ。カップが皿に置かれる音を合図にしたように、すっと顔を上げた。
「恥ずかしながら、今日は兄さんにお願いしたい事があって、呼び出したんだ」
「ああ、どうした?」
「新しく店を始めようと思ってる! 兄さんには、その資金の援助を頼みたいんだ!」
アイラックの申し出は、シルベールにとって予想通りのもので、特に表情は変わらない。頼みたい、と下げた頭を傾け、ちらりとこちらの様子を窺う弟にも、ただ微笑を浮かべているだけだ。
「そうか。どんな店を出すんだ?」
断りではなく、状況を確認する言葉に、アイラックは弾かれたように顔を上げ、満面に喜色を浮かべた。
「テスティアは、刺繍が得意なんだ!」
「うん?」
「だから、刺繍を施した小物を売る店を出したいと思ってる!」
突然の恋人自慢に、さすがのシルベールも少し目を見開いたが、話は繋がっていたらしい。
「なるほど。服飾小物という事かな?」
「うん。でも、刺繍ができるものなら、特注で服飾小物に限らず受けても良いかなと思うんだ」
「へぇ」
「大通りに面した店で、一階と二階を店舗にそれ以降を家にして、テスティアの刺繍を気に入ってくれる客を相手に商売する」
「もう店舗の目途が立ってるのか?」
「ううん。そういう店が良いなって思って。きっと、すごく儲かりにはしないと思うんだ。でも、それで良い。家族が食べていける分だけあれば」
「そうか」
弟の熱っぽい表情に、立て直した微笑みを返し、シルベールはもう一度カップに口を付けた。
「お前も知っていると思うが、俺達は簡単に金を動かせるわけじゃない」
「うん。解ってる」
「話は承知したから、事業計画書を作って持って来てくれるか? 前向きに検討しよう」
「ありがとう! やっぱり兄さんだけだ、頼りになるのは」
「いや」
早速作成にかかるよ、と店を先に出て行くアイラックを席から見送って、シルベールは溜息を吐いた。
大通りに面した、二階分が店舗で自宅が付く、最低三階建ての店舗。
(そんな店は普通に空きが無いだろうに)
具体的に心当たりでもあるのかと思えば、そんな店が良い、という。誰だってそんな店が良いに決まっている。
(家族が食える程度の稼ぎでそんな店を維持するのは無理だぞ…というか、まさかとは思うが。大通りで娘一人が作業をする業態で仕事をするつもりなのか…)
自分を呼び出して援助を乞うからには具体的な話なのだろうと思っていた。だが、実際にはただの夢物語である。
「はぁ…」
シルベールは、今でも本当にアイラックを弟だと思っている。だからこそ、彼とその恋人の実情は細かく調査した。
まず出発点がおかしい。
貴族の刺繍は所詮、暇つぶしだ。他人の物に金銭を対価にもらって施す職人の作品とは雲泥の差がある。なかには、職人顔負けの刺繍の腕を誇る者もいるだろうが、テスティアに限って言えばそうではない。
つまり、テスティアに商品は作れないのだ。
(ミラナ様が微妙な顔をしていたのはこれか…?)
ミラナ、とは、アイラックの母親だ。今回の兄弟の面会の仲介役をしている。そしてシルベールに何とも表現しがたい顔で頭を下げた。
「もう、わたくしが何を言っても聞く耳を持たないのです。グローリア侯へ、せめて文書だけででも謝罪をして欲しいと言ったのがまずかったようで…近頃は、うるさく言うなら家を出て行くと言うようになって」
今の状態で家を出て行けば、困窮するのは目に見えている。そんな目にだけは遭わせたくない、と必死に庇う母親の事も、今のアイラックには見えていないようだったが。
(出て行く上で援助を受けて店を出そうという事なのだろうが…)
資金援助どころか、開いたと聞いても店に行きたいとさえ思わないレベルだった。
問題点しかなかった先ほどの夢物語で、本当に事業計画書はできるのだろうか。
『僕の考えた理想のお店』
とかを持ってこられたらどうしようか、と眉間を揉んでいると、アイラックの食器を下げに店員がやって来た。甘いものを持って来てくれと頼んで、腕を組む。
(少し現実的な話をして諭せば良いと思っていたが…ユールティアの言もあながち否定できないな)
てっきり対立する立場から厳しく言っていると思っていたユールティアの言葉が、存外真っ当に的を射ていたのだと解って、シルベールは頭が痛くなる。
(こんな時は菓子に限る)
店員が持って来た、お菓子の盛り合わせを食べて、一息ついてから家、もとい城へ戻った。
「兄上」
廊下を歩いていると、後ろから呼びかけられた。
「どうした?」
アイラックの事だろうと、予想しつつ振り向けば、存外朗らかな様子でユールティアは口を開く。
「お伺いしたい事があるのですが、少し時間をいただいてよろしいですか?」
「構わないぞ。夕食までは何もないからな」
「では、あちらで」
ユーティアの話は、全くアイラックとは関係の無い内容だった。
(気にし過ぎだったか…)
父が、アイラックに手厳しいから何とかしてやってくれと言っていたのだが。そう気にしている訳ではないのだな、と内心で安堵の溜息を吐く。もっとも、その五秒後に息を飲む事になるのだが。
「ところでアイラックの事ですが」
「おぉ?」
「………そんなに警戒せずとも、別に兄上の邪魔はしませんよ」
「はは、そうか」
(アイラックの邪魔はするのか…?)
「父上から聞いているとは思いますが、復籍条件にグローリア侯への謝罪があります」
「ああ」
「別に邪魔はしませんので、兄上が仲介に入る時は教えていただいてもよろしいですか?」
弟、と一口に言っても、ユールティアとアイラックでは、大分違う。単純に異母弟だから、とかではない。こうして面と向かっていると強く感じた。これは、二年分の長ずる部分だけが問題ではないだろう。
「解った。今のところその予定は無いが、俺が仲介する事になったら、知らせよう」
とはいえ、シルベールとしてはどちらの弟も、等しく可愛い弟だ。
「ありがとうございます」
その話題を最後に、解散となる。
去り際に、
「思っていたより怒っていないんだな、アイラックの事」
と、言えば、心底嫌そうな顔が返ってきた。
「怒るというより、視界に入れたくない存在、ですかね」
「そんなにか」
思っていたより、悪くなかったと上方修正しかけたのだが、どうやら下方修正が正解だったらしい。
「正直、兄上や父上が、アイツを気にかける意味が解りません」
「んー…」
シルベールはユールティアの頭に手を置いて、二度撫でるように叩いた。
「まぁ、少なくとも俺は、人間一度はやり直しの機会を与えてやるべきだと思ってるな」
「はぁ………やっぱり、兄上が王になるべきだと俺は思いますね」
「ははは、そうか? 俺はお前の治める国を見てみたいけどな」
少し疲れたような顔で去って行くユールティアを手を振って見送って、シルベールは振っていた手で逆の肩を揉んだ。首を回して、背筋を伸ばし、歩き出す。
(俺としてはユールティアの応援もしてやりたいところなんだが…祖父様が妙に反対してるからなぁ。何でだろうな、あれ)
本人の性格もあって、ユールティアから悪態を吐かれた事の無いシルベールは、冷静だが存外可愛い所もある弟がグローリア領と縁付くなら、王家にとって十分に益のある事だと思っているのだった。
アイラックは、レストランの半個室になっているテーブルで待ちながら、近付いてきた青年に手を挙げた。
「久しぶりだな」
アイラックの向かいに座りながら、青年はアイラックへ笑いかける。
シルベール・ユグルシア。アイラックの異母兄であり、国王の長男である王子だ。
王子の中では最も父親に似て、アルハルトとも同じ赤毛に緑の目を持つ彼は、目尻の下がった穏やかな顔で弟を見つめた。
「元気そうだな」
穏やかな気性の兄の変わらぬ表情に笑みを返し、アイラックは頭を下げる。
「今日は、こうして時間を作ってくださり、ありがとうございます」
「気にするな。例え王籍を離れようと、お前は俺の弟なのだから。会いたいと言ってくれるのなら時間くらい作るさ」
「兄さん…」
アイラックは感極まったように、目に涙を浮かべ、俯いた。
向かいで弟が何度か顔を拭う仕草をしている間に、シルベールの元に琥珀色の豆茶が入ったカップが置かれる。状況を察している教育の行き届いた店員は、何も言わず、そっとその場を去って行った。
二度カップに口を付ける間に、アイラックは気を取り直したようだ。カップが皿に置かれる音を合図にしたように、すっと顔を上げた。
「恥ずかしながら、今日は兄さんにお願いしたい事があって、呼び出したんだ」
「ああ、どうした?」
「新しく店を始めようと思ってる! 兄さんには、その資金の援助を頼みたいんだ!」
アイラックの申し出は、シルベールにとって予想通りのもので、特に表情は変わらない。頼みたい、と下げた頭を傾け、ちらりとこちらの様子を窺う弟にも、ただ微笑を浮かべているだけだ。
「そうか。どんな店を出すんだ?」
断りではなく、状況を確認する言葉に、アイラックは弾かれたように顔を上げ、満面に喜色を浮かべた。
「テスティアは、刺繍が得意なんだ!」
「うん?」
「だから、刺繍を施した小物を売る店を出したいと思ってる!」
突然の恋人自慢に、さすがのシルベールも少し目を見開いたが、話は繋がっていたらしい。
「なるほど。服飾小物という事かな?」
「うん。でも、刺繍ができるものなら、特注で服飾小物に限らず受けても良いかなと思うんだ」
「へぇ」
「大通りに面した店で、一階と二階を店舗にそれ以降を家にして、テスティアの刺繍を気に入ってくれる客を相手に商売する」
「もう店舗の目途が立ってるのか?」
「ううん。そういう店が良いなって思って。きっと、すごく儲かりにはしないと思うんだ。でも、それで良い。家族が食べていける分だけあれば」
「そうか」
弟の熱っぽい表情に、立て直した微笑みを返し、シルベールはもう一度カップに口を付けた。
「お前も知っていると思うが、俺達は簡単に金を動かせるわけじゃない」
「うん。解ってる」
「話は承知したから、事業計画書を作って持って来てくれるか? 前向きに検討しよう」
「ありがとう! やっぱり兄さんだけだ、頼りになるのは」
「いや」
早速作成にかかるよ、と店を先に出て行くアイラックを席から見送って、シルベールは溜息を吐いた。
大通りに面した、二階分が店舗で自宅が付く、最低三階建ての店舗。
(そんな店は普通に空きが無いだろうに)
具体的に心当たりでもあるのかと思えば、そんな店が良い、という。誰だってそんな店が良いに決まっている。
(家族が食える程度の稼ぎでそんな店を維持するのは無理だぞ…というか、まさかとは思うが。大通りで娘一人が作業をする業態で仕事をするつもりなのか…)
自分を呼び出して援助を乞うからには具体的な話なのだろうと思っていた。だが、実際にはただの夢物語である。
「はぁ…」
シルベールは、今でも本当にアイラックを弟だと思っている。だからこそ、彼とその恋人の実情は細かく調査した。
まず出発点がおかしい。
貴族の刺繍は所詮、暇つぶしだ。他人の物に金銭を対価にもらって施す職人の作品とは雲泥の差がある。なかには、職人顔負けの刺繍の腕を誇る者もいるだろうが、テスティアに限って言えばそうではない。
つまり、テスティアに商品は作れないのだ。
(ミラナ様が微妙な顔をしていたのはこれか…?)
ミラナ、とは、アイラックの母親だ。今回の兄弟の面会の仲介役をしている。そしてシルベールに何とも表現しがたい顔で頭を下げた。
「もう、わたくしが何を言っても聞く耳を持たないのです。グローリア侯へ、せめて文書だけででも謝罪をして欲しいと言ったのがまずかったようで…近頃は、うるさく言うなら家を出て行くと言うようになって」
今の状態で家を出て行けば、困窮するのは目に見えている。そんな目にだけは遭わせたくない、と必死に庇う母親の事も、今のアイラックには見えていないようだったが。
(出て行く上で援助を受けて店を出そうという事なのだろうが…)
資金援助どころか、開いたと聞いても店に行きたいとさえ思わないレベルだった。
問題点しかなかった先ほどの夢物語で、本当に事業計画書はできるのだろうか。
『僕の考えた理想のお店』
とかを持ってこられたらどうしようか、と眉間を揉んでいると、アイラックの食器を下げに店員がやって来た。甘いものを持って来てくれと頼んで、腕を組む。
(少し現実的な話をして諭せば良いと思っていたが…ユールティアの言もあながち否定できないな)
てっきり対立する立場から厳しく言っていると思っていたユールティアの言葉が、存外真っ当に的を射ていたのだと解って、シルベールは頭が痛くなる。
(こんな時は菓子に限る)
店員が持って来た、お菓子の盛り合わせを食べて、一息ついてから家、もとい城へ戻った。
「兄上」
廊下を歩いていると、後ろから呼びかけられた。
「どうした?」
アイラックの事だろうと、予想しつつ振り向けば、存外朗らかな様子でユールティアは口を開く。
「お伺いしたい事があるのですが、少し時間をいただいてよろしいですか?」
「構わないぞ。夕食までは何もないからな」
「では、あちらで」
ユーティアの話は、全くアイラックとは関係の無い内容だった。
(気にし過ぎだったか…)
父が、アイラックに手厳しいから何とかしてやってくれと言っていたのだが。そう気にしている訳ではないのだな、と内心で安堵の溜息を吐く。もっとも、その五秒後に息を飲む事になるのだが。
「ところでアイラックの事ですが」
「おぉ?」
「………そんなに警戒せずとも、別に兄上の邪魔はしませんよ」
「はは、そうか」
(アイラックの邪魔はするのか…?)
「父上から聞いているとは思いますが、復籍条件にグローリア侯への謝罪があります」
「ああ」
「別に邪魔はしませんので、兄上が仲介に入る時は教えていただいてもよろしいですか?」
弟、と一口に言っても、ユールティアとアイラックでは、大分違う。単純に異母弟だから、とかではない。こうして面と向かっていると強く感じた。これは、二年分の長ずる部分だけが問題ではないだろう。
「解った。今のところその予定は無いが、俺が仲介する事になったら、知らせよう」
とはいえ、シルベールとしてはどちらの弟も、等しく可愛い弟だ。
「ありがとうございます」
その話題を最後に、解散となる。
去り際に、
「思っていたより怒っていないんだな、アイラックの事」
と、言えば、心底嫌そうな顔が返ってきた。
「怒るというより、視界に入れたくない存在、ですかね」
「そんなにか」
思っていたより、悪くなかったと上方修正しかけたのだが、どうやら下方修正が正解だったらしい。
「正直、兄上や父上が、アイツを気にかける意味が解りません」
「んー…」
シルベールはユールティアの頭に手を置いて、二度撫でるように叩いた。
「まぁ、少なくとも俺は、人間一度はやり直しの機会を与えてやるべきだと思ってるな」
「はぁ………やっぱり、兄上が王になるべきだと俺は思いますね」
「ははは、そうか? 俺はお前の治める国を見てみたいけどな」
少し疲れたような顔で去って行くユールティアを手を振って見送って、シルベールは振っていた手で逆の肩を揉んだ。首を回して、背筋を伸ばし、歩き出す。
(俺としてはユールティアの応援もしてやりたいところなんだが…祖父様が妙に反対してるからなぁ。何でだろうな、あれ)
本人の性格もあって、ユールティアから悪態を吐かれた事の無いシルベールは、冷静だが存外可愛い所もある弟がグローリア領と縁付くなら、王家にとって十分に益のある事だと思っているのだった。
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