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悪役令嬢が、悪役令嬢になる理由
32.次の別れ
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ファランが父へのべったりを止め、レイモンドに得意気な顔を見せるように戻った頃。
アルフレッドは老齢を理由にレイモンドへ完全に仕事を譲り引退した。
「どこにいくの?」
見上げるファランと視線を合わせ、アルフレッドは微笑んだ。
「バッサという私の家に戻るだけです。お別れではありませんよ。また、お会いする日もございましょう」
「またね?」
「ええ。またね、です」
ファランは少しの間アルフレッドを探すようにきょろきょろと首を動かす事があったが、しばらくするとそうした事もしなくなった。
娘が少し大人になったと感じたシクロンは、更に少しずつ隠し通路の存在を教えていく。通路の存在を教え、娘がそれに夢中になっている間に仕事を進めていた、とも言えるが。
そうして、日々は順調に過ぎた。
四歳になった頃には、ファランを王都に置き、シクロンは領に帰るようにもなる。
五歳に王都にいた頃には、延期になっていた婚約も果たせた。
そして、ファランが六歳になる直前。
グローリア侯爵は急逝した。
「お父さま…」
ベッドの上で横たわる父の姿に、ファランは呆然と呟く。
「お別れをなさい、ファラン」
母の言葉に、ふらふらと、父の傍らへ歩み寄った。祖父が亡くなった時とは違う。ファランはこの別れをもう知っている。
「………」
決まっている動作をゆっくりとだが、行った。
そうする相手が他にもいるため、ファランは壁際へ下がって立ち尽くす。傍らで、母が参列者に挨拶を受けているのを、どこか遠くの出来事のように聞いていた。
母に促され、レイモンドに促され、最近ファランの侍女となったカトレアに促されても、父の側を離れられずにいたが、今まで起きていた事のないほど夜遅くになって、ようやくファランは自分の部屋へ戻った。
「お嬢様。いつでも呼んで下さいね」
カトレアが、何度もそう言って去っていく。寝巻きに着替え、ベッドの中から、ファランはそんなカトレアに一度頷いて返した。
真っ暗にならないように、と気を使ってくれたため、乳白色のシェードが付いたランプがぼんやりと室内を照らしている。
ベッドの上から、ゆっくりと下りたファランは、数度瞬きをしてその灯を見ていたが、不意にベルへと視線を向けた。鳴らせば、きっとカトレアが駆けて来てくれるだろう。
だが、今、ファランが会いたいのは、シクロンだ。
「………お母さま」
涙を流していた母の姿が眼裏に浮かぶ。
(お母さまに会いに行こう…)
ファランはぼんやりと明るい室内の壁に近付き、その一つから、壁の裏へと入っていく。父に教えられた隠し通路は、ファランの部屋と、母の部屋にも繋がっているのだ。
(お母さま!)
この息苦しさを、母ならばきっと理解してくれる。頭を掻きむしりたくなるような不快さを、母ならばきっと取り去ってくれる。胸が重苦しいような、それでいてどこか穴が空いたような、理解できない感情に、きっと名前を付けて消し去ってくれる。
そう信じた思いが、暗闇を手探りで歩く恐怖を和らげた。
ファランは、それなりに長い道を、迷わずに最短時間で辿り着く。
そして、出ていこうと、隠し扉に手をかけた。
「姉さん」
その手が動きを止めたのは、母ではなく叔父の声を聞いたからだった。別に、叔父が嫌いな訳ではない。だが、今は、母と二人だけで会いたかったのだ。
(どうしよう…)
ファランは様子を伺おうと、耳を扉に当てる。
「イカス…」
「どうしたの? なんだか嬉しそうだね」
「解っているでしょう?」
「さぁ」
「仕様のない子ね…そんな悪い口は塞いでしまおうかしら」
「悪さをするのは口だけかな?」
「ふふ、本当に仕様のない子」
(?)
ファランは、何故母が嬉しそうに笑っているのか理解できなかった。
父とお別れしなくてはならなかった夜に、何故楽しそうなのか。
「今なら、あの男の残した種だと言い張れる。あんな醜い娘じゃなくて、今度こそ、貴方にそっくりの子を産んでみせるわ」
頭を殴られたような気がして、扉に当てていた耳を離した。
だが、会話ははっきりと聞こえてくる。
「産まれた時はあんなに喜んでいたじゃない?」
「髪と目が同じだったからよ。なのに、年々トーリシア女に似て醜くなっていくのだもの…もう耐えられないわ」
「まだ駄目だよ。ファランには生きててもらわないと…」
「解ってるわよ。でも、私が貴方の息子を産めば…ね?」
「そうだね、万事解決だ」
今、隠し扉の向こうに居るのは、本当に母と叔父なのだろうか。
ファランは、自分が歩いてきた隠し通路が、本当に合っていたのか不安に襲われた。
「あぁ!」
母の声に似た悲鳴のようなものが、バケモノの鳴く声に聞こえる。
「っ」
自分の口を手で塞いで、ファランはジリジリと通路を後退った。
扉を一枚隔てた場所に、バケモノが居る。
声を上げてはいけない。存在を気付かれてはいけない。ここから、一刻も早く立ち去らなければいけない。
ファランは、自分の口を塞いだまま、部屋へ戻ってきた。扉を塞ぎ、震える体をベッドの中に潜り込ませる。
(こわい………とうさま………たすけて…)
翌朝、起こしに来たカトレアが、薄汚れた自分に驚き着替えさせてくれ、風呂に入れ温めてくれたが、ファランは自分がいつ眠りに就いたのか解らなかった。ただずっと、頭の中を混乱し驚怖が渦巻いていて、それは寝ていても、起きていても変わらないのだ。
風呂を出ても続く顔色の悪さに気付いたカトレアは、大丈夫ですよ、と言って抱き締めてくれたが、ファランの目から涙は出なかった。
アルフレッドは老齢を理由にレイモンドへ完全に仕事を譲り引退した。
「どこにいくの?」
見上げるファランと視線を合わせ、アルフレッドは微笑んだ。
「バッサという私の家に戻るだけです。お別れではありませんよ。また、お会いする日もございましょう」
「またね?」
「ええ。またね、です」
ファランは少しの間アルフレッドを探すようにきょろきょろと首を動かす事があったが、しばらくするとそうした事もしなくなった。
娘が少し大人になったと感じたシクロンは、更に少しずつ隠し通路の存在を教えていく。通路の存在を教え、娘がそれに夢中になっている間に仕事を進めていた、とも言えるが。
そうして、日々は順調に過ぎた。
四歳になった頃には、ファランを王都に置き、シクロンは領に帰るようにもなる。
五歳に王都にいた頃には、延期になっていた婚約も果たせた。
そして、ファランが六歳になる直前。
グローリア侯爵は急逝した。
「お父さま…」
ベッドの上で横たわる父の姿に、ファランは呆然と呟く。
「お別れをなさい、ファラン」
母の言葉に、ふらふらと、父の傍らへ歩み寄った。祖父が亡くなった時とは違う。ファランはこの別れをもう知っている。
「………」
決まっている動作をゆっくりとだが、行った。
そうする相手が他にもいるため、ファランは壁際へ下がって立ち尽くす。傍らで、母が参列者に挨拶を受けているのを、どこか遠くの出来事のように聞いていた。
母に促され、レイモンドに促され、最近ファランの侍女となったカトレアに促されても、父の側を離れられずにいたが、今まで起きていた事のないほど夜遅くになって、ようやくファランは自分の部屋へ戻った。
「お嬢様。いつでも呼んで下さいね」
カトレアが、何度もそう言って去っていく。寝巻きに着替え、ベッドの中から、ファランはそんなカトレアに一度頷いて返した。
真っ暗にならないように、と気を使ってくれたため、乳白色のシェードが付いたランプがぼんやりと室内を照らしている。
ベッドの上から、ゆっくりと下りたファランは、数度瞬きをしてその灯を見ていたが、不意にベルへと視線を向けた。鳴らせば、きっとカトレアが駆けて来てくれるだろう。
だが、今、ファランが会いたいのは、シクロンだ。
「………お母さま」
涙を流していた母の姿が眼裏に浮かぶ。
(お母さまに会いに行こう…)
ファランはぼんやりと明るい室内の壁に近付き、その一つから、壁の裏へと入っていく。父に教えられた隠し通路は、ファランの部屋と、母の部屋にも繋がっているのだ。
(お母さま!)
この息苦しさを、母ならばきっと理解してくれる。頭を掻きむしりたくなるような不快さを、母ならばきっと取り去ってくれる。胸が重苦しいような、それでいてどこか穴が空いたような、理解できない感情に、きっと名前を付けて消し去ってくれる。
そう信じた思いが、暗闇を手探りで歩く恐怖を和らげた。
ファランは、それなりに長い道を、迷わずに最短時間で辿り着く。
そして、出ていこうと、隠し扉に手をかけた。
「姉さん」
その手が動きを止めたのは、母ではなく叔父の声を聞いたからだった。別に、叔父が嫌いな訳ではない。だが、今は、母と二人だけで会いたかったのだ。
(どうしよう…)
ファランは様子を伺おうと、耳を扉に当てる。
「イカス…」
「どうしたの? なんだか嬉しそうだね」
「解っているでしょう?」
「さぁ」
「仕様のない子ね…そんな悪い口は塞いでしまおうかしら」
「悪さをするのは口だけかな?」
「ふふ、本当に仕様のない子」
(?)
ファランは、何故母が嬉しそうに笑っているのか理解できなかった。
父とお別れしなくてはならなかった夜に、何故楽しそうなのか。
「今なら、あの男の残した種だと言い張れる。あんな醜い娘じゃなくて、今度こそ、貴方にそっくりの子を産んでみせるわ」
頭を殴られたような気がして、扉に当てていた耳を離した。
だが、会話ははっきりと聞こえてくる。
「産まれた時はあんなに喜んでいたじゃない?」
「髪と目が同じだったからよ。なのに、年々トーリシア女に似て醜くなっていくのだもの…もう耐えられないわ」
「まだ駄目だよ。ファランには生きててもらわないと…」
「解ってるわよ。でも、私が貴方の息子を産めば…ね?」
「そうだね、万事解決だ」
今、隠し扉の向こうに居るのは、本当に母と叔父なのだろうか。
ファランは、自分が歩いてきた隠し通路が、本当に合っていたのか不安に襲われた。
「あぁ!」
母の声に似た悲鳴のようなものが、バケモノの鳴く声に聞こえる。
「っ」
自分の口を手で塞いで、ファランはジリジリと通路を後退った。
扉を一枚隔てた場所に、バケモノが居る。
声を上げてはいけない。存在を気付かれてはいけない。ここから、一刻も早く立ち去らなければいけない。
ファランは、自分の口を塞いだまま、部屋へ戻ってきた。扉を塞ぎ、震える体をベッドの中に潜り込ませる。
(こわい………とうさま………たすけて…)
翌朝、起こしに来たカトレアが、薄汚れた自分に驚き着替えさせてくれ、風呂に入れ温めてくれたが、ファランは自分がいつ眠りに就いたのか解らなかった。ただずっと、頭の中を混乱し驚怖が渦巻いていて、それは寝ていても、起きていても変わらないのだ。
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