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悪役令嬢が、悪役令嬢になる理由
34.学園
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ファランは、学園に行く事に、絞首台の階段へ登るような、恐ろしさを感じている。
だが、それと同時に、期待していた。
(お母様や、叔父様の息がかかった使用人は減る…それにアイラック殿下が居らっしゃる)
記憶の中ではあまりはっきりと覚えていないが、王家に連なる婚約者なら、きっと自分を救ってくれるのではないか。その思いが、心の片隅にあった。
学園に入って、半年後から一年がカギだ。母と叔父は領地へ向かっている。王都で、学園で、ファランは、なんとかして自身を救う道を探さなくてはならない。
重苦しい決意が表情に全く見えない顔は、脂肪のせいなのか長年の笑わない習慣のせいか、まるで肉の仮面でも被っているようだ。
(似合わない)
ただ太っているというだけではない。
貴族子弟が成人前の最後の時を過ごす学園の制服が、酷く浮いている。少年期の最後の象徴のようなそれが、ファランという存在に、全く噛み合っていない。
「よくお似合いですわ、お嬢様」
三日前に新しくやってきた、名前を覚えてもいない侍女の褒め言葉に、ファランはちらりと視線を向けた。
「そう? 貴方はセンスが悪いのね。そんな侍女はいらないから、他所に行きなさい」
「え? あ、あの、お嬢様?」
「カトレア、用意を」
「はい」
入学式初日から、侍女を一人クビにして、ファランの学園生活は始まった。
(あの方が、アイラック殿下)
式典の最中、その立場ゆえに入学生徒を代表して壇上へ立ったアイラックを、ファランはどこか遠く、芸術品を見つめるような思いで見つめる。
ぼんやりとした面影は、上手く重ならなかったが、その煌びやかな銀髪は見覚えが有る気がした。
(私の話を…お聞き下さるかしら)
話しかける機会を作らねば。そう考えたファランだったが、全く上手くはいかない。もう何年もの間、彼女は自分から誰かに話しかけた事がないのだ。声をかけたと言えるのは、誰かに何かを命じる時くらいで。
(どうしたらいいの?)
しかも、学園のシステム上の問題もあった。
学園では、将来の進路に則して自身で授業を選択する事が推奨されている。それは、裏を返せば、選択しないという自由も許されているという事だ。
馬鹿な娘でいなくてはならないファランは、アイラックが選択しているような領地経営や歴史の授業は選ぶ事が出来なかった。ただ、仕事と呼ばれるものをする必要の無い余裕のある貴族令嬢が嗜む、趣味を学ぶ授業をいくつか選択しているだけだ。しかも、その授業さえまともには出ず、課題を侍女にやらせる、といった具合にしている。
(もう…三週間も経ってしまった)
十時から十五時までの間に、三つの授業を行う形で、それでも連日学園はある。授業の選択によっては毎日学園に来る者もいた。だが、ファランは、週三日だけであり、ただでさえ接点の無いアイラックとは、廊下ですれ違う事さえできずにいる。
(いえ、大丈夫よ。まだ何とか…アイラック殿下?)
ファランの祈りが通じたのかどうかは解らない。だが、ファランが帰ろうと歩いていた廊下の先から、見覚えのある銀髪の少年が歩いてきていた。ただし、隣に同級生らしい少女もいる。
(お一人ではない…でもご挨拶くらいなら)
もし、会える約束でもできれば、これ以上の上首尾は無いが、まずはとにかく挨拶を、とファランは廊下で待ち受けた。
「っ!」
(え?)
そのファランの存在に気付いたアイラックは、傍らにいた少女を背に隠すように立ち、何か、汚いモノでも見るような顔で彼女を見た。
(………ああそう…そうよね…当然だわ)
侯爵という立場になる事が決まっているのに、自身で学ぼうという意思すらなく。他人に横暴に振るまい、自身を省みる事なく。醜く太り、恥ずかしげもなく生きている。そんな女が婚約者で、嬉しい者など、この世にいる訳がない。
「マーヴェラス嬢…何か?」
立ち止まって自分を見つめているからには用事があるのだろう、とアイラックは口を開いた。
ファランは、その親しさなど微塵も感じない問いかけに、自分がくだらない夢を見ていたと悟る。
「いいえ。何も」
だが、無条件に助けてもらえないのなら、それはそれで仕方がない。ただ、何とか、話をする事だけでも出来ないだろうか、とファランはアイラックを見つめた。
残念ながら、重たく膨れたまぶたは見つめる目を半眼にし、真剣な表情が、まるで睨みつけているように他人には映ったが。
たじろいだアイラックの後ろで、隠されている少女が、裾を引くようにしたのが解った。
「仲が、良ろしいのですね」
羨ましさが、思わず口を滑らせた。
「いや…次の授業があるので、失礼する!」
「はい」
アイラックに手を引かれて去っていく少女の後ろ姿を、ファランはしばらく見つめる。
(愛らしい方…あんな風に、華奢な姿だったなら…)
自分のまるまる太った指を見つめて、ファランは溜息を吐いた。
傍らで影のように存在感を消していた華奢な侍女に声をかける。
「帰るわ」
「はい」
入学初日に辞めさせた侍女の代わりに入ってきた、まだ名前を覚えていない侍女は、赤毛で、ブロンドの髪をしていた少女とは似ていない。ただ、小柄で、華奢な立ち姿が、今は、ひどく羨ましかった。
だが、それと同時に、期待していた。
(お母様や、叔父様の息がかかった使用人は減る…それにアイラック殿下が居らっしゃる)
記憶の中ではあまりはっきりと覚えていないが、王家に連なる婚約者なら、きっと自分を救ってくれるのではないか。その思いが、心の片隅にあった。
学園に入って、半年後から一年がカギだ。母と叔父は領地へ向かっている。王都で、学園で、ファランは、なんとかして自身を救う道を探さなくてはならない。
重苦しい決意が表情に全く見えない顔は、脂肪のせいなのか長年の笑わない習慣のせいか、まるで肉の仮面でも被っているようだ。
(似合わない)
ただ太っているというだけではない。
貴族子弟が成人前の最後の時を過ごす学園の制服が、酷く浮いている。少年期の最後の象徴のようなそれが、ファランという存在に、全く噛み合っていない。
「よくお似合いですわ、お嬢様」
三日前に新しくやってきた、名前を覚えてもいない侍女の褒め言葉に、ファランはちらりと視線を向けた。
「そう? 貴方はセンスが悪いのね。そんな侍女はいらないから、他所に行きなさい」
「え? あ、あの、お嬢様?」
「カトレア、用意を」
「はい」
入学式初日から、侍女を一人クビにして、ファランの学園生活は始まった。
(あの方が、アイラック殿下)
式典の最中、その立場ゆえに入学生徒を代表して壇上へ立ったアイラックを、ファランはどこか遠く、芸術品を見つめるような思いで見つめる。
ぼんやりとした面影は、上手く重ならなかったが、その煌びやかな銀髪は見覚えが有る気がした。
(私の話を…お聞き下さるかしら)
話しかける機会を作らねば。そう考えたファランだったが、全く上手くはいかない。もう何年もの間、彼女は自分から誰かに話しかけた事がないのだ。声をかけたと言えるのは、誰かに何かを命じる時くらいで。
(どうしたらいいの?)
しかも、学園のシステム上の問題もあった。
学園では、将来の進路に則して自身で授業を選択する事が推奨されている。それは、裏を返せば、選択しないという自由も許されているという事だ。
馬鹿な娘でいなくてはならないファランは、アイラックが選択しているような領地経営や歴史の授業は選ぶ事が出来なかった。ただ、仕事と呼ばれるものをする必要の無い余裕のある貴族令嬢が嗜む、趣味を学ぶ授業をいくつか選択しているだけだ。しかも、その授業さえまともには出ず、課題を侍女にやらせる、といった具合にしている。
(もう…三週間も経ってしまった)
十時から十五時までの間に、三つの授業を行う形で、それでも連日学園はある。授業の選択によっては毎日学園に来る者もいた。だが、ファランは、週三日だけであり、ただでさえ接点の無いアイラックとは、廊下ですれ違う事さえできずにいる。
(いえ、大丈夫よ。まだ何とか…アイラック殿下?)
ファランの祈りが通じたのかどうかは解らない。だが、ファランが帰ろうと歩いていた廊下の先から、見覚えのある銀髪の少年が歩いてきていた。ただし、隣に同級生らしい少女もいる。
(お一人ではない…でもご挨拶くらいなら)
もし、会える約束でもできれば、これ以上の上首尾は無いが、まずはとにかく挨拶を、とファランは廊下で待ち受けた。
「っ!」
(え?)
そのファランの存在に気付いたアイラックは、傍らにいた少女を背に隠すように立ち、何か、汚いモノでも見るような顔で彼女を見た。
(………ああそう…そうよね…当然だわ)
侯爵という立場になる事が決まっているのに、自身で学ぼうという意思すらなく。他人に横暴に振るまい、自身を省みる事なく。醜く太り、恥ずかしげもなく生きている。そんな女が婚約者で、嬉しい者など、この世にいる訳がない。
「マーヴェラス嬢…何か?」
立ち止まって自分を見つめているからには用事があるのだろう、とアイラックは口を開いた。
ファランは、その親しさなど微塵も感じない問いかけに、自分がくだらない夢を見ていたと悟る。
「いいえ。何も」
だが、無条件に助けてもらえないのなら、それはそれで仕方がない。ただ、何とか、話をする事だけでも出来ないだろうか、とファランはアイラックを見つめた。
残念ながら、重たく膨れたまぶたは見つめる目を半眼にし、真剣な表情が、まるで睨みつけているように他人には映ったが。
たじろいだアイラックの後ろで、隠されている少女が、裾を引くようにしたのが解った。
「仲が、良ろしいのですね」
羨ましさが、思わず口を滑らせた。
「いや…次の授業があるので、失礼する!」
「はい」
アイラックに手を引かれて去っていく少女の後ろ姿を、ファランはしばらく見つめる。
(愛らしい方…あんな風に、華奢な姿だったなら…)
自分のまるまる太った指を見つめて、ファランは溜息を吐いた。
傍らで影のように存在感を消していた華奢な侍女に声をかける。
「帰るわ」
「はい」
入学初日に辞めさせた侍女の代わりに入ってきた、まだ名前を覚えていない侍女は、赤毛で、ブロンドの髪をしていた少女とは似ていない。ただ、小柄で、華奢な立ち姿が、今は、ひどく羨ましかった。
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