36 / 84
悪役令嬢が、悪役令嬢になる理由
35.卒業
しおりを挟む
ファランは、自分の足元が見えない。
誰かの持ち物を踏み壊したり、ぶつかって落としたり、そんな事をよくやらかした。物を壊してしまった場合は、その都度、同じものかより良いものを贖い、カトレアが謝罪とともに届けるのだ。そして、金で何でも解決できると思っている女と認識された。
(これで良い)
体の大きさも規格外なため、周りの物にぶつかりがちだが、そうした場合によろけたり倒れたりするのは相手だ。だが、ぶつかられた不快さに眉を顰め、どこに目をつけているのかと罵倒する。そうしなければ、いけない。
(これで良いの…)
自分の周りでおかしな行動を取っている人間は、叔父が雇った監視かも知れない。だから、時折癇癪を起こして人を辞めさせる。例え、それが、本当は関係なかったとしても、そうするしかない。
(こんな…)
学園に入って、一年半が、過ぎた。
(こんな女…いったい誰が、助けてくれるというの)
今まで、ずっと、ファランは、アイラックと何の話もできないでいる。
母と叔父は、王都のマーヴェラス家へ帰って来た。
(どうにかしないと…早く…なんとかしないと………)
簡単に信じてもらえるとは思えなかった。だが、それは彼女がどうしようもない人間だと信じられている証でもある。現に、母と叔父は頻繁に家を開けていたし、息がかかった使用人が送り込まれたりもしていない。
(とにかく…どうにかして、アイラック殿下に味方になっていただかなくては)
ファランは、まだ、この時、自分の婚約者を無条件に信じていた。誰の目にも触れないように、二人きりで、真剣に訴えれば、自分の話を信じてもらえると、思い込んでいたのだ。
(多少強引な手を使っても…)
どうせ、今更落ちる名などない。
二年目に入って、しばらく経った頃から、ファランはアイラックの周りから何とかして人を遠ざけようとした。その対象が、主にいつぞや見かけたブロンドの少女である事が多いと気付いたのは、そんな事を始めて、数ヶ月経ってからだ。数ヶ月といっても、週に二日程度しか学園へ行かないファランからすれば、中々気付かなかったが。
(いつも一緒にいらっしゃるのかしら? でも、どうにかして、離れてもらわないと…)
ファランは、なんとかアイラックの側から立ち去ってもらおう、と婚約者という立場を語ってみたり、突き飛ばしてみたり、罵ってみたりもした。
(ああ………もうだめだわ)
だが、気が付いた。
少女にファランが近付けば、アイラックは少女の側に立つ。そして、少女と去っていくのだ。
アイラックに近付けば、憎々し気に睨まれ、避けられる。
(どうしよう…どうしたらいいの…)
自分で作り上げたファランという存在が、ファランを追い詰めていた。
結局。
学園を卒業する前日になっても、ファランには何もできないままだ。
このまま成人すれば、おそらくファランは結婚後に殺される。子供が居なかったとしても、王族の血筋をもつ夫、アイラックならば、グローリア侯爵の爵位を継げるだろう。ならば、結婚さえしてしまえば、ファランは用済みだ。むしろ、金食い虫の穀潰しなど、障害だろう。
そして、二人の婚約関係は、成人すれば即結婚となるものだ。ならば、卒業が期限のようなものである。
(もう、どうにもならない…)
今日は、母と叔父が家にいる。ファランは、惰性のように、隠し通路へ入っていった。正直、もうギリギリの体型だが、それでも、この行為を止められないのが何故なのか、彼女には解らない。
「いよいよね」
母の心底楽しそうな声がする。
「明日、何があるか、姉さんは知ってる?」
「修了証授与式でしょう?」
叔父の、愉快そうな笑い声が響いていた。
「何笑ってるのよ」
「明日開かれるのは、ファラン・マーヴェラスの公開処刑だよ」
ぞくりと、ファランの背筋を寒気が走り抜けた。
「なぁに、それ」
これほど嬉しそうな母の甘えた声を、初めて聞いた。
「アイラック殿下はニールベスのお嬢さんにご執心だろう? だからね、二人で幸せになれる方法を教えてあげたんだ」
「あはっ…貴方、本当に素敵」
二人の笑う声は、バケモノの哄笑だ。耳で木霊して、離れない。どこまでも付き纏う。ファランは、逃れる術を知らない。
「………」
薄暗い部屋に戻って、重い足取りでベッドへ向かう。のろのろとした動作で仰向けに寝転べば、天蓋の自画像が、白く浮かび上がっている。
「あぁ…そうね」
(何もかも…間違えたのね…私)
白い肌の異国情緒にあふれた綺麗な女性。
もし、こんな絵のようになれていたら、きっと、誰かが手を差し伸べてくれたのだろう。
優し気な笑みを浮かべる聖女のような女性に、成れていたのなら。
「ふっ…はは、あっはは…」
ファランは、久しぶりに声を上げて笑った。
(何もかももう終わりよ。でも良いわ。もう疲れたもの…)
だが、顔は少しも笑っているようには見えない。
「もうすぐ…会いにいくわ、お父様……っ…ひくっ」
抱き締めてもらいたい。昔のように。
こんな見違えた娘など、嫌われてしまうかもしれないが、それでも良い。とにかく、父に会いたかった。
(だって、もう…誰も…)
くぐもった嗚咽だけが、誰もいないファランの寝室に響く。
「………たすけて」
誰にも届かないファランの声は、ひどく小さく、掻き消えてしまった。
誰かの持ち物を踏み壊したり、ぶつかって落としたり、そんな事をよくやらかした。物を壊してしまった場合は、その都度、同じものかより良いものを贖い、カトレアが謝罪とともに届けるのだ。そして、金で何でも解決できると思っている女と認識された。
(これで良い)
体の大きさも規格外なため、周りの物にぶつかりがちだが、そうした場合によろけたり倒れたりするのは相手だ。だが、ぶつかられた不快さに眉を顰め、どこに目をつけているのかと罵倒する。そうしなければ、いけない。
(これで良いの…)
自分の周りでおかしな行動を取っている人間は、叔父が雇った監視かも知れない。だから、時折癇癪を起こして人を辞めさせる。例え、それが、本当は関係なかったとしても、そうするしかない。
(こんな…)
学園に入って、一年半が、過ぎた。
(こんな女…いったい誰が、助けてくれるというの)
今まで、ずっと、ファランは、アイラックと何の話もできないでいる。
母と叔父は、王都のマーヴェラス家へ帰って来た。
(どうにかしないと…早く…なんとかしないと………)
簡単に信じてもらえるとは思えなかった。だが、それは彼女がどうしようもない人間だと信じられている証でもある。現に、母と叔父は頻繁に家を開けていたし、息がかかった使用人が送り込まれたりもしていない。
(とにかく…どうにかして、アイラック殿下に味方になっていただかなくては)
ファランは、まだ、この時、自分の婚約者を無条件に信じていた。誰の目にも触れないように、二人きりで、真剣に訴えれば、自分の話を信じてもらえると、思い込んでいたのだ。
(多少強引な手を使っても…)
どうせ、今更落ちる名などない。
二年目に入って、しばらく経った頃から、ファランはアイラックの周りから何とかして人を遠ざけようとした。その対象が、主にいつぞや見かけたブロンドの少女である事が多いと気付いたのは、そんな事を始めて、数ヶ月経ってからだ。数ヶ月といっても、週に二日程度しか学園へ行かないファランからすれば、中々気付かなかったが。
(いつも一緒にいらっしゃるのかしら? でも、どうにかして、離れてもらわないと…)
ファランは、なんとかアイラックの側から立ち去ってもらおう、と婚約者という立場を語ってみたり、突き飛ばしてみたり、罵ってみたりもした。
(ああ………もうだめだわ)
だが、気が付いた。
少女にファランが近付けば、アイラックは少女の側に立つ。そして、少女と去っていくのだ。
アイラックに近付けば、憎々し気に睨まれ、避けられる。
(どうしよう…どうしたらいいの…)
自分で作り上げたファランという存在が、ファランを追い詰めていた。
結局。
学園を卒業する前日になっても、ファランには何もできないままだ。
このまま成人すれば、おそらくファランは結婚後に殺される。子供が居なかったとしても、王族の血筋をもつ夫、アイラックならば、グローリア侯爵の爵位を継げるだろう。ならば、結婚さえしてしまえば、ファランは用済みだ。むしろ、金食い虫の穀潰しなど、障害だろう。
そして、二人の婚約関係は、成人すれば即結婚となるものだ。ならば、卒業が期限のようなものである。
(もう、どうにもならない…)
今日は、母と叔父が家にいる。ファランは、惰性のように、隠し通路へ入っていった。正直、もうギリギリの体型だが、それでも、この行為を止められないのが何故なのか、彼女には解らない。
「いよいよね」
母の心底楽しそうな声がする。
「明日、何があるか、姉さんは知ってる?」
「修了証授与式でしょう?」
叔父の、愉快そうな笑い声が響いていた。
「何笑ってるのよ」
「明日開かれるのは、ファラン・マーヴェラスの公開処刑だよ」
ぞくりと、ファランの背筋を寒気が走り抜けた。
「なぁに、それ」
これほど嬉しそうな母の甘えた声を、初めて聞いた。
「アイラック殿下はニールベスのお嬢さんにご執心だろう? だからね、二人で幸せになれる方法を教えてあげたんだ」
「あはっ…貴方、本当に素敵」
二人の笑う声は、バケモノの哄笑だ。耳で木霊して、離れない。どこまでも付き纏う。ファランは、逃れる術を知らない。
「………」
薄暗い部屋に戻って、重い足取りでベッドへ向かう。のろのろとした動作で仰向けに寝転べば、天蓋の自画像が、白く浮かび上がっている。
「あぁ…そうね」
(何もかも…間違えたのね…私)
白い肌の異国情緒にあふれた綺麗な女性。
もし、こんな絵のようになれていたら、きっと、誰かが手を差し伸べてくれたのだろう。
優し気な笑みを浮かべる聖女のような女性に、成れていたのなら。
「ふっ…はは、あっはは…」
ファランは、久しぶりに声を上げて笑った。
(何もかももう終わりよ。でも良いわ。もう疲れたもの…)
だが、顔は少しも笑っているようには見えない。
「もうすぐ…会いにいくわ、お父様……っ…ひくっ」
抱き締めてもらいたい。昔のように。
こんな見違えた娘など、嫌われてしまうかもしれないが、それでも良い。とにかく、父に会いたかった。
(だって、もう…誰も…)
くぐもった嗚咽だけが、誰もいないファランの寝室に響く。
「………たすけて」
誰にも届かないファランの声は、ひどく小さく、掻き消えてしまった。
56
あなたにおすすめの小説
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
社畜の私は異世界でも社畜精神が残ったままだった
木嶋うめ香
恋愛
貴族学園の小さな部屋で、私は一人書類仕事に追われていた。
今日も寮には帰れそうにない、机の上には大量の未処理の書類。
せめて空腹を紛らわそうと、ビスケットを鞄から取り出し水を汲んでこようとして立ち上がった途端、視界が暗くなり倒れた。
床に倒れた反動で、頭を床にぶつける。
その衝撃で思い出した、私は前世ブラック企業に勤めていた社畜で、二十三連勤サービス残業付きの末、体調を崩し亡くなったアラサー営業職だった。
他サイトでもアップしています。
悪役令嬢がヒロインからのハラスメントにビンタをぶちかますまで。
倉桐ぱきぽ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した私は、ざまぁ回避のため、まじめに生きていた。
でも、ヒロイン(転生者)がひどい!
彼女の嘘を信じた推しから嫌われるし。無実の罪を着せられるし。そのうえ「ちゃんと悪役やりなさい」⁉
シナリオ通りに進めたいヒロインからのハラスメントは、もう、うんざり!
私は私の望むままに生きます!!
本編+番外編3作で、40000文字くらいです。
⚠途中、視点が変わります。サブタイトルをご覧下さい。
【完結済】破棄とか面倒じゃないですか、ですので婚約拒否でお願いします
紫
恋愛
水不足に喘ぐ貧困侯爵家の次女エリルシアは、父親からの手紙で王都に向かう。
王子の婚約者選定に関して、白羽の矢が立ったのだが、どうやらその王子には恋人がいる…らしい?
つまりエリルシアが悪役令嬢ポジなのか!?
そんな役どころなんて御免被りたいが、王サマからの提案が魅力的過ぎて、王宮滞在を了承してしまう。
報酬に目が眩んだエリルシアだが、無事王宮を脱出出来るのか。
王子サマと恋人(もしかしてヒロイン?)の未来はどうなるのか。
2025年10月06日、初HOTランキング入りです! 本当にありがとうございます!!(2位だなんて……いやいや、ありえないと言うか…本気で夢でも見ているのではないでしょーか……)
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
※小説家になろう様にも掲載させていただいています。
※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。
※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。
※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。
※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。
※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。
※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。
※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。
お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です>
【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】
今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?
幼馴染みが描いた悪役令嬢ものの世界に「メイド」として転生したので、6年後の断罪イベントをどうにか回避したい
ゆずまめ鯉
恋愛
通勤途中、猫好きではないのに轢かれそうな黒猫をうっかり助けてしまい、死んでしまった主人公──水縞あいり(26)
鳥の囀りで目を覚ますとそこは天国……ではなく知らない天井だった。
狭い個室にはメイド服がかかっている。
とりあえず着替えて備えつけの鏡を見ると、そこには十代前半くらいの子どもの姿があった。
「この顔……どこか見覚えが……」
幼馴染みで漫画家、ミツルギサイチ(御剣才知)が描く、人気漫画「悪役令嬢が断罪されるまで」の登場人物だということに気がつく。
名前はミレア・ホルダー(本名はミレア・ウィン・ティルベリー)
没落貴族の令嬢で、現在、仕えているフランドル侯爵によって領地と洋館を奪われ、復讐のために、フランドル侯爵の長女イザベラが悪役令嬢になるのを止めず、むしろ後押しして見事断罪されてしまうキャラだった。
原作は未完だが、相談を受けていたのでどういう結末を迎えるのか知っている。
「二期アニメもまだ見てないし、どうせ転生するなら村人Aとかヒロインの母親がよかった……!!」
幼馴染みの描く世界に転生してしまった水縞あいり=ミレアが、フランドル侯爵家で断罪回避するべく、イザベラをどうにかお淑やかな女性になるように導いている途中。
病弱で原作だと生死不明になる、イザベラの腹違いの兄エミールに、協力してもらっているうちに求愛されていることに気づいてしまい──。
エミール・ディ・フランドル(20)×ミレア・ウィン・ティルベリー(18)
全30話の予定で現在、執筆中です。2月下旬に完結予定です。
タイトルや内容が変更になる場合もあります。ご了承ください。
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる