40 / 84
そもそも悪役じゃないって声を大にして主張したい
39.デブも辞めたのだよ
しおりを挟む
比較的軽い気持ちで山野局の建物へ足を踏み入れると、柱はあるものの壁は無い開けた空間にいた数十人がざわめいた。
(え…何?)
内心でぎくりとしつつも、表面上は平静を装ったまま立ち尽くしたファランを、無数の視線と囁きが襲う。
(あ、私、もしかして結構有名人な感じ? ははは、そりゃそうよね。表面的には素行不良で王子に婚約破棄されて、しかも身内が立て続けに逮捕されたんだもんね…醜聞塗れだなぁ)
パンッパンッパンッ、と三度、軽快な手拍子が響いた。
「手を動かしなさい! 給料泥棒と呼ばれたくなければね!」
手拍子に続いた声は、落ち着きのある低いものだったが、すぐに女性のものだと気付いた。
(格好良いぃ…)
制服ではあるが、胸元と肩に役職が高い事を示す飾りがある妙齢の女性が、局員へ注意しつつファランへ近付いて来る。
キビキビとした動作と白髪まじりの銀髪。柔和な顔立ちと、キラリと光る青い目。何だか、ちぐはぐな組み合わせのようなのに、全体を包む雰囲気のせいか、不思議としっくりしている。
「総合庶務部門のケイト・レンデルと申します。局員が失礼をいたしました。山野局に新しい局長が来るのは八年ぶりなものですから、皆関心が高いのです」
「然様でございますか。では、皆様の関心を失わぬよう励みたく思います」
ケイトは嫌味なところの無い笑顔を返してくれた。
「こちらが、局長室になります」
そう言って案内された、二階奥の部屋は、大きなものだった。
廊下から一つ目の扉を開けたところは、待合のようになっており、飾り気のないソファが四席分ある。それと、机と椅子が一組み。説明によれば補佐人が詰めておく前室らしい。
(秘書室ってやつね、重役っぽぉい)
更に奥に入ると、窓を背に、豪華な机と椅子が一組み迎えるように配置され、その手前に応接用らしい四人分のソファとテーブルがある。そして、右側が壁に近い高さの衝立で仕切られており、その先は局長の作業空間であり、壁際の扉の向こうはトイレや給湯室であるらしい。
(トイレも中にあるって、一旦この部屋入ったらもう出るなよって事かしら…まぁ、社長がフラフラ社内歩いてたらやり難い気持ちは解るけど)
作業空間とやらも、おそらくは、好きに過ごして良いからここに居て、という事だろうな。そう納得しつつ、説明を受け入れる。
「本日は、各長や担当者がご挨拶に参ると思いますので、ご在室いただければ幸いです」
「解りました」
ケイトの笑顔の後ろに、だから部屋出るなよ、という文字を読み取ったのは被害妄想かもしれないが、どちらにしろ邪魔にならないように大人しくしていようと心に決めた。
ケイトの背を見送って、室内にクライフと二人になったところで、ふっと息を吐きながら、己を見下ろす。
「もしかして、局長にも制服はあるのかしら?」
呟くと、クライフが少し困った顔で答えてくれる。
「ございます。申し訳ありません。あまり、女性は制服を好まれないので、手配しておりませんでした。必要ですか?」
要不要というより、欲しい、というのがファランの正直な気持ちだ。ただ、ケイトが格好良かった事と自身の記憶もあって考えが及んでいなかったが、好まれない、という言葉に思い出す。
(あ、そうか、貴族女性はパンツスタイル嫌いなのが普通なんだっけ)
主に、庶民であったり、肉体労働をする者が着る、という認識が嫌われる要因だ。身分の貴賎など気にしないという女性でも、立っているとか椅子に座る分には問題ないが、階段を上ったりしゃがんだりした時にヒップラインが分かってしまうため、嫌だという意見もある。
(んー…でも、ケイトさん格好良かったし。パンツスーツみたいな感じ良いと思うんだよね。それに、もはやファランに落ちるモノなど無いし、流行を追わないと決めた時から好きな格好を躊躇わない癖付いちゃったから)
「手配をお願い」
少しの沈黙の後に手を合わせて頼むと、笑顔が返ってくる。
「承りました。では、手配をして参ります。その後は、前室に控えておりますので、何かありましたらお呼びになってください」
「ええ。ありがとう」
笑顔で優秀な補佐人を見送ってから、局長机に腰掛ける。
「おっふ」
革張りの高価そうな椅子が、思いの外沈み込んで、思わず妙な声が漏れた。
(クライフさんに出て行ってもらった後で良かった…)
顔を覆ってしばし悶えていたファランだが、呼吸を整えて椅子へゆったりと座り直す。
(役員って感じだわ)
椅子の感触を、少しの間楽しんでいたのだが、五分ほど経ったところで気付いた。
「………暇」
何も、やる事がない。
引き出しの中を確認してみるが、局長印、朱肉、封蝋、ペン、紙、インク、しか入っていなかった。
(挨拶って、何時来るのかな…早く来ないかな)
そうだ、挨拶に来た人の名前を書くために紙とペンを出しておこう。などと色々やって時間を潰した結果。三十分ほど経った頃から立て続けに人がやって来た。
応接セットでまったり対応という事はなく。立ったまま、立礼と挨拶をして次に代わる、という形でやって来て、計九部門の十六人ほどと会った。事前にもらった資料の組織図からいって、全部門の長に会えたようだ。
(うん。大丈夫。人の顔を覚えるのは、そう苦手でもないから、きっとすぐ覚えられるでしょ)
席を立つ必要はなかったので、名前に加えて髪や目の色などの外見的特徴もメモした。
結局。
ファランの局長としての初日は、そのメモを見ながら局長室にこもるだけに終わった。
(え…何?)
内心でぎくりとしつつも、表面上は平静を装ったまま立ち尽くしたファランを、無数の視線と囁きが襲う。
(あ、私、もしかして結構有名人な感じ? ははは、そりゃそうよね。表面的には素行不良で王子に婚約破棄されて、しかも身内が立て続けに逮捕されたんだもんね…醜聞塗れだなぁ)
パンッパンッパンッ、と三度、軽快な手拍子が響いた。
「手を動かしなさい! 給料泥棒と呼ばれたくなければね!」
手拍子に続いた声は、落ち着きのある低いものだったが、すぐに女性のものだと気付いた。
(格好良いぃ…)
制服ではあるが、胸元と肩に役職が高い事を示す飾りがある妙齢の女性が、局員へ注意しつつファランへ近付いて来る。
キビキビとした動作と白髪まじりの銀髪。柔和な顔立ちと、キラリと光る青い目。何だか、ちぐはぐな組み合わせのようなのに、全体を包む雰囲気のせいか、不思議としっくりしている。
「総合庶務部門のケイト・レンデルと申します。局員が失礼をいたしました。山野局に新しい局長が来るのは八年ぶりなものですから、皆関心が高いのです」
「然様でございますか。では、皆様の関心を失わぬよう励みたく思います」
ケイトは嫌味なところの無い笑顔を返してくれた。
「こちらが、局長室になります」
そう言って案内された、二階奥の部屋は、大きなものだった。
廊下から一つ目の扉を開けたところは、待合のようになっており、飾り気のないソファが四席分ある。それと、机と椅子が一組み。説明によれば補佐人が詰めておく前室らしい。
(秘書室ってやつね、重役っぽぉい)
更に奥に入ると、窓を背に、豪華な机と椅子が一組み迎えるように配置され、その手前に応接用らしい四人分のソファとテーブルがある。そして、右側が壁に近い高さの衝立で仕切られており、その先は局長の作業空間であり、壁際の扉の向こうはトイレや給湯室であるらしい。
(トイレも中にあるって、一旦この部屋入ったらもう出るなよって事かしら…まぁ、社長がフラフラ社内歩いてたらやり難い気持ちは解るけど)
作業空間とやらも、おそらくは、好きに過ごして良いからここに居て、という事だろうな。そう納得しつつ、説明を受け入れる。
「本日は、各長や担当者がご挨拶に参ると思いますので、ご在室いただければ幸いです」
「解りました」
ケイトの笑顔の後ろに、だから部屋出るなよ、という文字を読み取ったのは被害妄想かもしれないが、どちらにしろ邪魔にならないように大人しくしていようと心に決めた。
ケイトの背を見送って、室内にクライフと二人になったところで、ふっと息を吐きながら、己を見下ろす。
「もしかして、局長にも制服はあるのかしら?」
呟くと、クライフが少し困った顔で答えてくれる。
「ございます。申し訳ありません。あまり、女性は制服を好まれないので、手配しておりませんでした。必要ですか?」
要不要というより、欲しい、というのがファランの正直な気持ちだ。ただ、ケイトが格好良かった事と自身の記憶もあって考えが及んでいなかったが、好まれない、という言葉に思い出す。
(あ、そうか、貴族女性はパンツスタイル嫌いなのが普通なんだっけ)
主に、庶民であったり、肉体労働をする者が着る、という認識が嫌われる要因だ。身分の貴賎など気にしないという女性でも、立っているとか椅子に座る分には問題ないが、階段を上ったりしゃがんだりした時にヒップラインが分かってしまうため、嫌だという意見もある。
(んー…でも、ケイトさん格好良かったし。パンツスーツみたいな感じ良いと思うんだよね。それに、もはやファランに落ちるモノなど無いし、流行を追わないと決めた時から好きな格好を躊躇わない癖付いちゃったから)
「手配をお願い」
少しの沈黙の後に手を合わせて頼むと、笑顔が返ってくる。
「承りました。では、手配をして参ります。その後は、前室に控えておりますので、何かありましたらお呼びになってください」
「ええ。ありがとう」
笑顔で優秀な補佐人を見送ってから、局長机に腰掛ける。
「おっふ」
革張りの高価そうな椅子が、思いの外沈み込んで、思わず妙な声が漏れた。
(クライフさんに出て行ってもらった後で良かった…)
顔を覆ってしばし悶えていたファランだが、呼吸を整えて椅子へゆったりと座り直す。
(役員って感じだわ)
椅子の感触を、少しの間楽しんでいたのだが、五分ほど経ったところで気付いた。
「………暇」
何も、やる事がない。
引き出しの中を確認してみるが、局長印、朱肉、封蝋、ペン、紙、インク、しか入っていなかった。
(挨拶って、何時来るのかな…早く来ないかな)
そうだ、挨拶に来た人の名前を書くために紙とペンを出しておこう。などと色々やって時間を潰した結果。三十分ほど経った頃から立て続けに人がやって来た。
応接セットでまったり対応という事はなく。立ったまま、立礼と挨拶をして次に代わる、という形でやって来て、計九部門の十六人ほどと会った。事前にもらった資料の組織図からいって、全部門の長に会えたようだ。
(うん。大丈夫。人の顔を覚えるのは、そう苦手でもないから、きっとすぐ覚えられるでしょ)
席を立つ必要はなかったので、名前に加えて髪や目の色などの外見的特徴もメモした。
結局。
ファランの局長としての初日は、そのメモを見ながら局長室にこもるだけに終わった。
79
あなたにおすすめの小説
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
社畜の私は異世界でも社畜精神が残ったままだった
木嶋うめ香
恋愛
貴族学園の小さな部屋で、私は一人書類仕事に追われていた。
今日も寮には帰れそうにない、机の上には大量の未処理の書類。
せめて空腹を紛らわそうと、ビスケットを鞄から取り出し水を汲んでこようとして立ち上がった途端、視界が暗くなり倒れた。
床に倒れた反動で、頭を床にぶつける。
その衝撃で思い出した、私は前世ブラック企業に勤めていた社畜で、二十三連勤サービス残業付きの末、体調を崩し亡くなったアラサー営業職だった。
他サイトでもアップしています。
悪役令嬢がヒロインからのハラスメントにビンタをぶちかますまで。
倉桐ぱきぽ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した私は、ざまぁ回避のため、まじめに生きていた。
でも、ヒロイン(転生者)がひどい!
彼女の嘘を信じた推しから嫌われるし。無実の罪を着せられるし。そのうえ「ちゃんと悪役やりなさい」⁉
シナリオ通りに進めたいヒロインからのハラスメントは、もう、うんざり!
私は私の望むままに生きます!!
本編+番外編3作で、40000文字くらいです。
⚠途中、視点が変わります。サブタイトルをご覧下さい。
【完結済】破棄とか面倒じゃないですか、ですので婚約拒否でお願いします
紫
恋愛
水不足に喘ぐ貧困侯爵家の次女エリルシアは、父親からの手紙で王都に向かう。
王子の婚約者選定に関して、白羽の矢が立ったのだが、どうやらその王子には恋人がいる…らしい?
つまりエリルシアが悪役令嬢ポジなのか!?
そんな役どころなんて御免被りたいが、王サマからの提案が魅力的過ぎて、王宮滞在を了承してしまう。
報酬に目が眩んだエリルシアだが、無事王宮を脱出出来るのか。
王子サマと恋人(もしかしてヒロイン?)の未来はどうなるのか。
2025年10月06日、初HOTランキング入りです! 本当にありがとうございます!!(2位だなんて……いやいや、ありえないと言うか…本気で夢でも見ているのではないでしょーか……)
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
※小説家になろう様にも掲載させていただいています。
※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。
※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。
※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。
※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。
※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。
※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。
※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。
お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です>
【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】
今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?
幼馴染みが描いた悪役令嬢ものの世界に「メイド」として転生したので、6年後の断罪イベントをどうにか回避したい
ゆずまめ鯉
恋愛
通勤途中、猫好きではないのに轢かれそうな黒猫をうっかり助けてしまい、死んでしまった主人公──水縞あいり(26)
鳥の囀りで目を覚ますとそこは天国……ではなく知らない天井だった。
狭い個室にはメイド服がかかっている。
とりあえず着替えて備えつけの鏡を見ると、そこには十代前半くらいの子どもの姿があった。
「この顔……どこか見覚えが……」
幼馴染みで漫画家、ミツルギサイチ(御剣才知)が描く、人気漫画「悪役令嬢が断罪されるまで」の登場人物だということに気がつく。
名前はミレア・ホルダー(本名はミレア・ウィン・ティルベリー)
没落貴族の令嬢で、現在、仕えているフランドル侯爵によって領地と洋館を奪われ、復讐のために、フランドル侯爵の長女イザベラが悪役令嬢になるのを止めず、むしろ後押しして見事断罪されてしまうキャラだった。
原作は未完だが、相談を受けていたのでどういう結末を迎えるのか知っている。
「二期アニメもまだ見てないし、どうせ転生するなら村人Aとかヒロインの母親がよかった……!!」
幼馴染みの描く世界に転生してしまった水縞あいり=ミレアが、フランドル侯爵家で断罪回避するべく、イザベラをどうにかお淑やかな女性になるように導いている途中。
病弱で原作だと生死不明になる、イザベラの腹違いの兄エミールに、協力してもらっているうちに求愛されていることに気づいてしまい──。
エミール・ディ・フランドル(20)×ミレア・ウィン・ティルベリー(18)
全30話の予定で現在、執筆中です。2月下旬に完結予定です。
タイトルや内容が変更になる場合もあります。ご了承ください。
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる