悪役令嬢ってもっとハイスペックだと思ってた

nionea

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周りは先にアップを終えていたようです

53.それほど

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 アルティナは、モリアート家の庭で摘んだカモミールの花を水盆に浮かべながら、思い出し笑いをする。
「どうかした?」
 傍らで本を読んでいたフィリックスはそんな妻に気付いて声をかけた。
「やだ、笑っちゃってたわね」
 茎を水盆の横に置き、くるりと身を翻してアルティナはフィリックスが腰掛けていたソファに並んで座る。
「今日。新しいグローリア侯とお話できたでしょ?」
「ああ」
 隣に座った妻が腿に乗せてきた手に、自身の手を添えて、閉じた本を横に置きながらフィリックスは答えた。
「とても不思議だと思ったの」
「何がかな?」
「彼女にとっては幼い頃に死に別れる事になってしまったシクロンにとても良く似ていたわ」
「ああ…相手の話を丁寧に聞こうとする姿勢とか」
「それだけじゃないわよ。ちょっと間を置いて返事をするところとか。照れた時に耳を触るところとか。アルハルトに屈託なく笑うとこところとか」
「………相変わらず、シクロンの事に詳しいね」
 フィリックスは楽しそうな妻に、少しだけ眉を寄せて肩を竦めた。
「あら」
 夫の反応に眉を上げたアルティナは、少し意地悪げに微笑んでみせる。
「貴方の事なら、その何倍も詳しくてよ?」
「そうなの?」
「そうねぇ、例えば」
 覗き込むように顔を見つめてくる妻に僅かにたじろぎながら、フィリックスは言葉を待つ。
「こうやって毎晩お酒でも飲みながら一緒に過ごすけれど、何か隠し事がある時は、ちょっと貴方の行動がおかしい、とか?」
「え?」
 思いがけない指摘に、夫はそんな事はない、と返す事ができなかった。
「それは、別に嘘をついている訳ではない、とか」
「いや、あの」
「わたくしに疚しいところはないようね。でも、隠しておきたい事。つまり、殿方だけで何か結託しているのね」
「そんな」
「でも今日会ったいつもの相手ではないわ。それなら、貴方は隠す事もしない」
「ちょっと待ってくれ!」
「あら、もう降参?」
 くすくすと楽しそうな妻に、息子に領主の座は譲ったとはいえ中央政権では未だその手腕を発揮している副大臣は、両手を上げて降参の意を示した。
「参った…君には参ったよ。僕はそんなに解り易いかな?」
「ずっと貴方を見てきましたから」
「そうか」
 笑う妻の腰を抱き寄せて、フィリックスはその頬に口付ける。
「ん?」
 唇にもキスを落とそうとして、美しく爪を整えた人差し指に阻まれた。
「誤魔化しも通用しなくてよ? きちんとお話ししてくださいな」
 窘めるその手をとって、口付けながら、フィリックスは眉尻を下げて訴える。
「きちんと話すよ。だからキスをしてもいいかな?」
「しかたないわね」
 つんと澄ました妻とキスを交わして笑ってから、観念したように口を開く。
「元々、もう少ししたら君には話すつもりだったんだけどね」
 まず言い訳を前置きしてから、フィリックスは隠し事を洗い浚い妻に白状した。王太子から仕事量の調整などを頼まれており、その理由がファランの元で補佐人として働くためだと。
「それって、アルハルトがよくぼやいている」
 あまり公的な場に出てこない王太子の事を、アルハルトの言葉でしかしらないアルティナは、顎に指をあてて首を傾げ思い出そうと考え込んだ。
 彼女が知る王太子の情報は、母親によく似た容貌だという事。幼い頃から聡く今も表にはあまり出ていないが国王の良き助けとして仕事を担っているという事。あとは、婚約者がいないという事くらいだろうか。
 その、はっきり言って容姿に優れ頭が良い、という事以外何の評判も聞いていないに等しい王太子が、ファランの補佐人をしている。アルティナは、どうも王太子に傾いているらしい夫の態度もあって、怪訝な表情で首を捻ってみせた。
「とても良い方だよ。有能だし、何より力の使い方が上手い」
 どこか満足気な夫の表情に、眉を寄せる。
「これだから殿方って嫌ね」
 アルティナは夫の言葉に呆れたと溜息を吐いた。
「あの子はグローリア侯爵なのよ? 力なんて第一じゃないわ。そんなものはいくらでも、それこそわたくし達のような人間が埋めてあげられるわ。大事なのはその方が、あの子を誰よりも愛して、大切にして、守ってくれるかどうかよ!」
 まるで自分の娘の事を話すように、ファランの立場に立って考えて、と夫を責める。
「勿論だよ。それは大前提だ。あの方は彼女をとても愛しているよ。何せアイラック様がでっち上げた証拠を全て精査して潰すよう御自身で動いたくらいだ」
 フィリックスは微笑を苦笑に変えて、言った。
「あら、本当に?」
「立場の乱用であっても彼女の為になるのならば迷いなく動く。そういう方だよ」
「ふぅん…それなりに心強い方ではありそうね」
 公の場で騒動になった事で、ファランとアイラックの間にあった問題は、彼女も知っている。その後、両者が辿った経緯も含め。
 どんな状況であれ、罪を擦り付けられた人間が無罪を勝ち取るにはそれなりの時間と労力を要するはずだ。アルハルトから、その件については手を打ったと聞いていたが、どうやら彼がではなく王太子が動いていたらしい。
 アルティナは、今度ファランから補佐人の印象を洗い浚い聞き出さなくては、と心に決めた。
「僕はあの方ならファラン嬢とお似合いだと思うのだけどね」
 終始王太子贔屓であった夫の言葉に、アルティナは今度こそはっきりムッとしてみせた。
「どうかしらね。殿方ってどうも愛をよく解ってらっしゃらないから」
「そりゃあね。君達に教えてもらわなくちゃ僕ら男は何も解らないよ」
 自分がどうやら本当に妻の臍を曲げてしまったと気付いたフィリックスは、腰に手を回して抱き寄せながら、甘えたようにその肩に頭を乗せる。
 実の子供さえそっと笑顔で立ち去る仲の良さを誇るモリアート夫妻の夜は、実に平和に過ぎていくのだった。
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