悪役令嬢ってもっとハイスペックだと思ってた

nionea

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周りは先にアップを終えていたようです

54.信頼が

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 熊、もとい祖父が不機嫌そうにこっちを見ている。
 が、ユールティアは一切無視をして執務を続けていた。
「おい」
「………」
「ちょっと話があるんだがな」
「………」
「っ…!」
 アルハルトはダンッと床を踏み鳴らした。
「うるさいので出て行ってもらって良いですか」
「うるさくされたくなけりゃ、ちょっと話をしようや」
「ふぅ」
 ユールティアがうっとうしそうに溜息を吐いて、ようやく手を止め顔を上げた。
「忙しそうだな」
「そう思うなら帰ってください」
「お前、近頃よく出歩いてるだろ」
「いけませんか? 執務をこなした上で自分の時間をどう使おうが勝手でしょう」
「シルフィオンが面白い話をしてくれたんだが身に覚えがあるよな?」
「さあ? ここ一年程お会いしてないので、お元気でいらっしゃいましたか?」
 易々と話すとは思っていなかった。だから、アルハルトの頬が引きつったのは、想定外の返しが来たからではない。自分の方が不利な状況だと解るからだ。
 そもそも、アルハルトが阻止しようとしていた事は、ユールティアをファランと縁付かせる事だ。その方法の一つとして、彼を立太子した訳だった。
 つまり、手札として彼の権力を剥奪する方向は一切使えない。そして、生憎と、この孫は祖父に無条件で従うような従順な性質を持っていないので、そうなると何某かの正論が必要になる。
 ただし、正論などというものは、時にパン屑ほどの価値も無い事がある、と痛感しているのだが。
「………お前に見合い話がある」
「そんなもの産まれた時から有ったと思いますが、突然何です?」
「進めるぞ」
「好きになされば良いのでは? ただ、人生がかかっているのは俺ではなくお相手の方なのだという事を、御心に留めおいていただければ、と思いますが」
「………」
 だから、そういう性格の悪さが、お前を素直に薦められない理由なんだがな。口に出しはしなかったが、アルハルトの顔にはそう書かれていた。
 ユールティアは、性格の良いふりをしたところで腹黒と認定してどうせ薦めはしないんだろう、と顔に書いて無言で見返す。
「一年だ」
「何がですか?」
「一年だけお前の婚姻に関する話を延ばす。ファリィの婚姻とてマーヴェラス家の重大事だ、どうせこの在都中の一年以内には決まる。お前も、その一年で諦めろ」
「なるほど、妥当な期限ですね」
 睨むように自分を見ているアルハルトに微笑みを返し、ユールティアは頷いた。
「良いですよ。お約束しましょう。誓紙が要りますか?」
「いや、良い」
「あぁ、そういえば、一応伺っておきますが、見合いの相手は、どなたですか?」
「グレッセンの第三王女だ」
「なるほど」
 隣国の第三王女は、歳は十六歳で、更に正妃の子である。条件的には過不足ない。更に、グレッセンの正妃の母親は、トーリシア出身だ。つまり、ファランと同じくトーリシア人の孫という訳である。しかも、他人の口を介した話では、祖母によく似たトーリシアらしい顔立ちだと言う。
「お二人が、俺の事をよくよくお考えになって下さっている事は、理解しました」
 ユールティアの笑顔には不穏なものは無く、寒気を覚える事は無かった。だが、アルハルトは、背筋が寒いような気がする。もし、この孫が王家を出て、マーヴェラス家に入り、グローリア領を背負うとなれば。
(息子に王位を譲って正解だったな)
 考えるのが面倒になり、今頃執務室で目の前の孫の倍はある書類を見ているだろう息子に同情を寄せる。
「まぁ、もう良い。これで俺のやる事は終わった。いい加減期日が迫ってるからな、仕事場に戻る」
「どうぞお好きに」
「ファリィに迷惑をかけるなよ」
「そちらこそ」
 出て行く祖父、もとい熊の後姿が扉の向こうに消えたのを見届けて、ユールティアはペンを手放した。
 前提が狂っているのだ、と頭を上向けて深呼吸する。
 彼は、別に、トーリシアが好きでファランを好きなのではない。あくまで、ファランに一目惚れをした結果、トーリシアに傾倒していったのだ。誰も彼がファランを見た事を知らないから気付きはしないが。
(昔はファレスピナリィが好きだった事がトーリシアへ傾倒したきっかけだと思われていたしな)
 ファランをファレスピナリィの精だと思ったのは事実だ。
 だが、彼がファレスピナリィを花の中で最も好きだったのは、王家の鷹に似た姿があっての事で、トーリシアを思っての事ではなかった。トーリシアという国について知るようになったのは、あくまでファランをという存在を知ってからだ。
 彼女に由来する国とは、どんな場所だろうか。
 彼女の身を飾るのに、最も似合う品はなんだろうか。
 彼女が身の回りに置くのに、最も添う品はどういったものだろうか。
 彼女を知るには一体、どうすればいいのだろうか。
(我ながら、手に入らないと解っていたのにずいぶんな執心だったな)
 鍵をかけた引き出しの取っ手を撫でる。その中には、トーリシアから取り寄せた簪が入っていた。もし、渡す事が出来たなら。この簪がファランの髪を飾る事ができるなら。そんな夢想をする事は何度もあったが、今はあまり出す事もない。
 山野局の局長室で、淡い金の髪をまとめているファランの簪姿が蘇るからだ。宝石の類は使われていない、藍が美しい七宝焼きの施された品だった。
(美しかった。だが、いちいち息を呑んでいては側に居る意味が無い。これ以上不甲斐ない真似は晒さぬよう気を引き締めねばな)
 淡い髪で、艶のある藍色はなんとも妙なる美しさで、思わずろくな褒め言葉が出なかった。似合っているなどと、漠然とした言い方もあって制服の事だと受け止められたのは、ユールティアにとっては失敗という認識だ。
 ただ、自己評価の低いファランにはあまり褒め言葉を重ねると、無条件でお世辞と判断されかねないので、ちょうど良かったのだが。
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