悪役令嬢ってもっとハイスペックだと思ってた

nionea

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徐々にやっていきましょう

61.って

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「お待たせしました」
「いえ」
 振り返ったクライフは、眼鏡を外していた。
(ぐ…薄々感じてはいたが、クライフさん…美形だ!)
 厚みのあるガラスが有るか無いかでこんなに変わるものなのか、とファランは内心で慌てているが、クライフはいつも通りだ。
(落ち着け私!)
 深呼吸をして、中へ足を踏み出す。
「最初に謝っておきますね。足を踏んでしまったらごめんなさい」
「構いませんよ」
 動揺を落ち着けようと冗談を口にして笑いかければ、クライフも笑みを返してきて、余計に心臓が跳ねた。
「すぐに始めますか?」
「えぇはい」
 勉強会の時と同じような問いかけに、反射で頷いてしまう。
 クライフは、机に置かれた、つらら振り子、と呼ばれている振り子を動かした。ファランの記憶ではニュートンのゆりかごというそれは、メトロノーム代わりに拍を刻んでくれる装置だ。
 手を構えて立つクライフの前に立って、唐突に緊張が全身を襲う。
(いや、いやいや。クライフさんはお兄ちゃんだから! 駄目だぞファラン。ちょっと、じゃないな、かなり美形だからってミーハーなはしゃぎ方をするんじゃない! これは大事な訓練なんだから! 私の振る舞いに大豆スイーツの未来がかかっているんだよ!)
 ヒールを履いて向かい合った目線は、クライフの口元にある。顔ではなく真っ直ぐ前を、ひたすら見るようにして、気合を入れ直したファランは、構えている手に手を合わせながら一歩前へ踏み出す。
(うわぁっ!)
 背を押され、体を引き寄せられ、せっかく緩めようとした緊張が再び襲った。。
(近い…近い近い!)
 当然なのだが、密着している箇所が気になって仕方がない。至近距離で顔を見上げる事も出来ず思わず俯いてしまう。顎を引くようにするせいで、体が離れそうになった。
「どうぞ、力まずに、体を預けてください」
「は、はい」
 答えはするが、顔は上げられないし、体は相変わらず硬い。
(そう言われましてもぉ…いや、落ち着け、これはダンス! 思い出せ! シャルウィダンス! 煩悩を排除するのだ!)
 ファランは、ダンスを嫌らしい等と考えるのは日本人の悪い癖だ。これはただのコミュニケーションだ。超派生型握手だ。進化したハグだ。と、ちょっとおかしな理論を何度も頭で繰り返した。
「振り子の音を聞いて」
「え、あ、はい」
 言われて初めて自分が振り子の音も聞こえていない事に気付いた。
(全然落ち着いてないぃ!)
 相変わらず俯いているが、深呼吸をして、振り子の音に耳を澄ませる。
(顔を、まっすぐにして)
 カチカチと響く規則正しい音を聞くうちに、少しだけ状況に慣れ始めた。触れている場所の温かさも、ゆっくりと馴染んでいく。
(背筋を伸ばすのよ。私は広告塔! 真っ直ぐ格好良く颯爽と!)
 ファランの気合が緊張を押し殺した時。
(あ、動く)
 触れている体を通して、相手が動く瞬間が、解った。
(お? おお? これは、踊れているのだろうか?)
 振り子の音に合わせて、更に三拍を意識しながら動く。物凄く簡単に表現すれば、今やっている動きは足を出しては寄せて、出しては寄せての繰り返しだ。手を引かれる方に回転しながら、ただひたすら出しては寄せてを繰り返す。
(意外と…覚えてるものね!)
 足を鳴らすとか、跳ぶとか、そういう事をする必要はない。拍に合わせて回りながら、周囲に接触しないよう動けば良いのだ。つまり、今十分に出来ている。
(ファランはやれば出来る子よ!)
 そんな風に調子に乗ったのが悪かった。
 思い切りクライフの足を踏みつけてしまう。
(ひあああぁあああ…)
 思わずろくに上げられなかった顔を上げ、謝罪を口にしかける。
「大丈夫ですよ。先に謝っていただいたので。続けましょう」
 が、美形の笑顔が待ち構えていただけだった。
(ぐはっ…!)
 続けると言われても、踏んだ事と笑顔に心臓が破裂寸前なファランは、もはや使いものにならなかった。
「すこし、休憩を挟みましょうか」
 結局さほど踊らないうちから休憩を差し挟んだ。
(何やってんの私ぃ…)
 当日の衣装の話をカトレアとしているクライフの背中をぼうっと見つめながら、ファランは傍らのつらら振り子を触る。紐を巻き上げて短くしたり長くする事で拍が変わる仕組みのそれを、動かしたりしつつ心臓を落ち着けようと呼吸を意識して繰り返した。
(調子に乗るんじゃない。私の第一目標を思い出せ。やらなくてはならない事は広告塔としての使命を果たす事よ。煩悩を殺しなさいファラン。私は大豆の普及という使命を果たすべくダンスをするのよ。これは仕事です!)
 煩悩が消えてはいないが、消えた振りでアルカイックスマイルを浮かべ、ファランはその後の練習を乗り切った。クライフの足は、更に三度踏んだが。
「明日には、もう少しまともに踊れるようになっておきます」
 合わせる顔が無く、両手で顔を覆いつつクライフを見送り、室内に残ったファランは大きく溜息を吐く。
「大丈夫ですかぁ?」
 心配そうにニーアに尋ねられ、ファランは、少し疲れた顔で笑い返す。
「大丈夫。ちょっと、久しぶりに踊ったら、全然駄目で困っちゃっただけだから」
 何とかあと四日で踊れるようにならなくては、とファランは、思わず自分の不甲斐なさに肩が落ちた。
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