悪役令嬢ってもっとハイスペックだと思ってた

nionea

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準備は良いですか

68.もういいよ

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 ファランは、王城の侍女が何かあればお呼び下さいと控えの間に下がるのをぼんやり見つめながら、心臓の音がいやに大きく耳に響くのを、どこか遠く、不思議に思った。
(胸が苦しい気がする…サイズはぴったりのはずなのに、吐きそう)
 用意された部屋でクライフを待っているが、どんどん息苦しくなっていく。背が丸まり、広背筋も緊張で痛むような気がした。
(調子に乗って舞い上がってふわふわしてる方がまだマシだったんじゃない?)
 さほど待たずにノックの音がして、王城の侍女がクライフが来たと告げる。
 入室許可を告げれば、すっかり聴き慣れた声の挨拶が聞こえ、少しだけ安堵した。
(ちゃんとしなきゃ)
 返事をしながら姿勢を正して、微笑を浮かべる。心の中では何度も人という字を飲み込み、これまでの準備を反復し、味方の顔を思い浮かべていた。
(ほら、大丈夫。綺麗になってるからクライフさんだって驚いているのよ)
 初めて披露する事になったドレス姿に目を見張ったのだと思った。そうでなくては困る。知り合いすら驚くような意表をついた仕上がりに、わざわざしたのだ。
(大丈夫なんだから…)
 この国の女性の誰とも被る事がないように、祖母の遺品であるトーリシアの衣装をドレスに仕立てたのだ。
 ファランにとっては映画などで見かける漢服のようにみえる前合わせの民族衣装は、織りも刺繍も異国情緒に溢れ、それでいて染めの色は彼女の肌に馴染みが良い、最高の布だった。踊る事を考えればドレスに仕立て直す必要があったので、元の形を壊す事に抵抗がない訳ではなかったが、祖母ならばきっと許してくれると信じてリメイクしたのである。
(大丈夫)
 トーリシア風ドレスに、漆やべっ甲の装飾品。ただ立っているだけでも物珍しさで目立つはずだ。
「今晩は、よろしくお願いしますね」
 少し首を傾げて、耳飾りを揺らしながら、微笑んでみせる。
(大丈夫。散々試してこうなったんだから)
 今、自分は綺麗なはずだ。
 何度も、頭の中で繰り返す。それがただの不安の裏返しだとは解かっていたが、止められなかった。
「大丈夫ですか?」
「え?」
 側に来たクライフの顔が、心配そうに歪んでいる。それは、眼鏡を掛けていても、よく解った。
「体調が、優れないのでは?」
 言葉に、そんなに顔に出ているのだろうかと慌てて頬に触れる。
「い、いえ、大丈夫です………少し、緊張しているだけ」
「失礼します」
「へ?」
 ふと背に手を置いて抱き寄せられ、ダンスを踊るような格好になり、ポカンと見上げてしまう。
「胸を張って、深く呼吸を。今日この会場で、貴方以上に輝いている方などいません。とてもお美しい」
 一瞬、時が止まった、と思った。正確には、ファランの心臓が止まったのだろうが。
(う、わあああああぁああぁああぁあぁ!)
 見上げた状態で固まったので、目の前にキラキラしい笑顔がある。
(いや、思ったけども。舞い上がってる方がマシとか思ったけども!)
 実際舞い上がると足元が覚束無い。
「あ、ああの!」
「はい」
(いや、笑顔を返して欲しいとかではなくてですね! 私の心臓だか脳みそだかがどうかなりそうでして!)
 言葉が続かず、ぱくぱくと口が動く。状況が飲み込めなかった。
「はっ! 時間…時間は?!」
 とにかくなんとか状況を変えよう、とまだ余裕があるはずだとは知りつつ叫んだ。
「もう、向かいますか?」
「そうしましょう!」
 思わず強く同意を示してしまった。
 本当は、まだ、それなりに余裕が有る。
 王城は広い。とはいえ、全貴族が一堂に会せる訳ではなく、迎夏祭のメイン会場は五つほどある。今、ファランが向かっているのは、最も格式の高い国王と王妃が居るホールだ。侯爵という立場上、ファランはまずそちらに向かう。
 だが、国王による正式な開催の言葉は、一時間ほど後のことだ。既に伯爵家の貴族達は集まっているだろうが、ファランと同じ侯爵家ならば、もう少し後に会場へ入ってくる。
 そのため、用意された部屋から、あまり人とすれ違うこともなく粛々と会場へ向かった。
(おかしい、吐きそうなくらい緊張して自分でも寒気がしてたのに、むしろ暑い…)
 つまり、正気に戻る機会がなかった。
 すっかり、緊張は吹き飛んだ。だが、思考能力も一緒に吹き飛んでいる。歩く廊下の豪華さについて考える程度の事もできない。
(駄目だって、もう。こんなの吊り橋効果なんだから)
 足元が覚束なくてもクライフが手を引いてくれているので歩くのに師匠はなかった。
(好きだけど。そりゃ好きだけども)
 信頼できる人間から紹介されて、初めから好意的に思っていたのは確かだ。能力があり、性格が良く、仕事で付き合えば付き合うだけ信頼も増していった。気付けば私的な事まで頼んだり相談したりして、兄がいたならこうだっただろうかと慕ったのも事実である。
(親しみだから! これはあくまで、そういうあれじゃなくて、信頼とか友誼とかそういうもの!)
 クライフの足が止まるのに合わせて、ファランの足も止まる。
 ホール前の扉に辿り着いていた。
 積み重ねた言い訳の言葉が、笑顔の向こうに溶けていく。
(困る。本当に困る。もう好きって事じゃないこれ!)
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