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準備は良いですか
69.でも
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「キフト伯夫人の元へ、真っ直ぐに向かってよろしいですか?」
「はい」
瞳を潤ませ、白い肌をほのかに染め、クライフの手に重ねた手を引かれ、ファランは華やいだホールに足を踏み入れた。
(すごい、緊張で吐きそうだったのに、むしろ人目のある場所に出れてホッとしてる)
澄ました態度を取っているつもりだったが、カメリアの元に着くと、内心が漏れて思わず笑みを浮かべてしまう。
ファランの思いがけぬ親し気な微笑に、カメリアは思わず胸を押さえた。
「では、用意をして参ります」
「ええ、お願い」
クライフが衣装替えのために退室するのに頷いてから、カメリアへ声をかける。
「ご機嫌よう」
「はい。ご機嫌麗しゅうございます。ファラン様におかれましては、本日も真珠のように輝く様なお美しさで」
「…どうもありがとう」
褒め言葉には謙遜ではなく当然のような微笑みを浮かべろ、というファランにとっては難易度の高い格上貴族としての振舞いを精一杯意識しながら礼を返す。
傲岸不遜にならないかがすごく心配で、何度もカトレアに確かめたので、上手く微笑み返せたはずだが。もしかしたら苦笑になっていたかもしれないが。
(眉間には絶対力を込めないようにしないと)
笑顔は筋肉。その言葉を転生してから聞く事になるとは思っておらず、驚いたが、カトレアにアルフレッドも言っていた。
(大丈夫。顔筋は既にできている)
久しぶりに会ったカメリアの熱のこもった視線に必死に微笑を返しつつ、ファランは今日の目的を果さんと会話を始める。
「カメリアさんのお友達でらして?」
「ええ。紹介いたします」
今日初めて会う協力者は、三人の貴族令嬢だった。いや、よくある慣習に則って判断すると、一名はカメリアと同じ既婚者のようなので、貴族夫人であるようだが。
(同級生って聞いてるけど、既に二人は既婚者………貴族ってすごい…十代なのに)
絶対とは言えないが、新婚から三年ほどは、耳飾りの宝石の色を左右で変えるという風習がある。主に自分と伴侶の目の色に合わせる事が多い。ちなみに、夫婦で瞳の色が同じ場合は素材を変える。
カメリアは小ぶりな耳飾りの宝石はどちらも緑だが、右は透明感が有り、左は不透明でやや濃いようだ。
(エメラルドと、翡翠かな? 蔦っぽいモチーフで可愛い)
紹介された伯爵夫人は、緑と碧の宝石だ。彼女の瞳が碧いので、夫が緑の目なのだろうと知れた。
(こっちは星のモチーフかな可愛いというより鋭角で格好良い雰囲気………いいなぁ)
前もって今日の会話の流れは打ち合わせてあるのだが、同級生ながらまともに会話をするのが初めてなので、自己紹介を交わしつつ、耳目が集まる間を作る。
後は、ファランが鉄壁の微笑を維持しつつ、主に肌とか髪とかをひたすら褒めそやされるターンだ。
これが仕込みのような会話だと、おそらく多くが気付いているだろう。それでも、興味をそそるはずだ。ファランは、先程から、自分達の周りがそっと静かになっている事に内心でほくそ笑む。
そして最後に、
「ここだけの話ですよ?」
と、前おいて、念押しだ。
「祖母が好きだった大豆を多く取るようになってから、とても調子が良いの」
「まぁ」
「大豆で…」
「でも、あの毎日お豆のスープというのは…大変ではありません?」
「豆そのもので食べるのではなくて、お菓子にしたりするのです」
「まぁ! では、お菓子を食べて綺麗になりますの?!」
「素晴らしいですわ!」
思わず声が高くなりました、という風でパワーワードを周りに聞かせる手腕に思わず感動してしまう。
(例え疑っていても、大半の人は『お菓子を食べて綺麗になる』という夢物語に興味を抱くはず! 何て言葉選びが上手なの。最高のサクラさん達なんだからもう!)
周囲が、そっと盗み聞くというより、がっつり真剣に耳目を傾けだした。
「もしご興味がお有りでしたら、私のお店にご招待致しますわ」
「よろしいのですか!」
「是非!」
「嬉しいですわ!」
「何をおいても必ず参りますわ!」
開店まではあと二週間だが、その前日助力を賜った相手を招待してプレオープンをするつもりなのだ。ちなみに、さも今初めて招待しているような話をしているが、プレオープンの招待状はカメリアを通じて今回協力してくれている全員に届いているはずである。全員、本当に優秀なサクラであった。
静かに演奏されていた音楽が変わる。開催時間が近付いたためだ。
「早く来て良かったわ。待合室で一人でいるのは退屈だったものだから」
「然様に仰って頂けて、嬉しく思います」
会話を切り上げる方向に変えれば、高らかに管楽器がファンファーレを奏でる。
ざわついていた会場が静まり、ホール中央奥の階段上へと視線が注がれた。光沢のある重厚な布が垂れ下がる壇上へ、美しく着飾った男女が連れ立って現れる。
「多くの実りを呼ぶ夏の女神に感謝を!」
伸びのある低い声で開催を告げる国王は、遠目に見ても赤かった。ファランは大昔に会っているはずだが、アルハルトの記憶以外思い出せないのだから、困ったものだ。
(女性は黒髪だから…えっと第一后妃様ね)
壇上には席が二つしか置かれていないので、第二后妃と第三后妃は出て来ないのだろう。
(聞いてた通り、特別何かあるってわけではないのね)
ある意味、だらだらと集まっていた集団に、開催が宣言され、また、だらだらとした時間が再開される。いちおう音楽が大きく華やいだものに変わり、ちらほらとフロアに踊りに出る男女が出始めてはいた。
あまりメリハリの無い開始に少し拍子抜けしつつ、カメリア達と視線を交わす。
「ではまた」
「はい」
「また」
「失礼いたします」
知り合いに挨拶を、という名目でファランの大豆スイーツ店の話を広めに散開していく頼もしい背を見送る。
傍らには、手はず通りカメリアが残った。
「はい」
瞳を潤ませ、白い肌をほのかに染め、クライフの手に重ねた手を引かれ、ファランは華やいだホールに足を踏み入れた。
(すごい、緊張で吐きそうだったのに、むしろ人目のある場所に出れてホッとしてる)
澄ました態度を取っているつもりだったが、カメリアの元に着くと、内心が漏れて思わず笑みを浮かべてしまう。
ファランの思いがけぬ親し気な微笑に、カメリアは思わず胸を押さえた。
「では、用意をして参ります」
「ええ、お願い」
クライフが衣装替えのために退室するのに頷いてから、カメリアへ声をかける。
「ご機嫌よう」
「はい。ご機嫌麗しゅうございます。ファラン様におかれましては、本日も真珠のように輝く様なお美しさで」
「…どうもありがとう」
褒め言葉には謙遜ではなく当然のような微笑みを浮かべろ、というファランにとっては難易度の高い格上貴族としての振舞いを精一杯意識しながら礼を返す。
傲岸不遜にならないかがすごく心配で、何度もカトレアに確かめたので、上手く微笑み返せたはずだが。もしかしたら苦笑になっていたかもしれないが。
(眉間には絶対力を込めないようにしないと)
笑顔は筋肉。その言葉を転生してから聞く事になるとは思っておらず、驚いたが、カトレアにアルフレッドも言っていた。
(大丈夫。顔筋は既にできている)
久しぶりに会ったカメリアの熱のこもった視線に必死に微笑を返しつつ、ファランは今日の目的を果さんと会話を始める。
「カメリアさんのお友達でらして?」
「ええ。紹介いたします」
今日初めて会う協力者は、三人の貴族令嬢だった。いや、よくある慣習に則って判断すると、一名はカメリアと同じ既婚者のようなので、貴族夫人であるようだが。
(同級生って聞いてるけど、既に二人は既婚者………貴族ってすごい…十代なのに)
絶対とは言えないが、新婚から三年ほどは、耳飾りの宝石の色を左右で変えるという風習がある。主に自分と伴侶の目の色に合わせる事が多い。ちなみに、夫婦で瞳の色が同じ場合は素材を変える。
カメリアは小ぶりな耳飾りの宝石はどちらも緑だが、右は透明感が有り、左は不透明でやや濃いようだ。
(エメラルドと、翡翠かな? 蔦っぽいモチーフで可愛い)
紹介された伯爵夫人は、緑と碧の宝石だ。彼女の瞳が碧いので、夫が緑の目なのだろうと知れた。
(こっちは星のモチーフかな可愛いというより鋭角で格好良い雰囲気………いいなぁ)
前もって今日の会話の流れは打ち合わせてあるのだが、同級生ながらまともに会話をするのが初めてなので、自己紹介を交わしつつ、耳目が集まる間を作る。
後は、ファランが鉄壁の微笑を維持しつつ、主に肌とか髪とかをひたすら褒めそやされるターンだ。
これが仕込みのような会話だと、おそらく多くが気付いているだろう。それでも、興味をそそるはずだ。ファランは、先程から、自分達の周りがそっと静かになっている事に内心でほくそ笑む。
そして最後に、
「ここだけの話ですよ?」
と、前おいて、念押しだ。
「祖母が好きだった大豆を多く取るようになってから、とても調子が良いの」
「まぁ」
「大豆で…」
「でも、あの毎日お豆のスープというのは…大変ではありません?」
「豆そのもので食べるのではなくて、お菓子にしたりするのです」
「まぁ! では、お菓子を食べて綺麗になりますの?!」
「素晴らしいですわ!」
思わず声が高くなりました、という風でパワーワードを周りに聞かせる手腕に思わず感動してしまう。
(例え疑っていても、大半の人は『お菓子を食べて綺麗になる』という夢物語に興味を抱くはず! 何て言葉選びが上手なの。最高のサクラさん達なんだからもう!)
周囲が、そっと盗み聞くというより、がっつり真剣に耳目を傾けだした。
「もしご興味がお有りでしたら、私のお店にご招待致しますわ」
「よろしいのですか!」
「是非!」
「嬉しいですわ!」
「何をおいても必ず参りますわ!」
開店まではあと二週間だが、その前日助力を賜った相手を招待してプレオープンをするつもりなのだ。ちなみに、さも今初めて招待しているような話をしているが、プレオープンの招待状はカメリアを通じて今回協力してくれている全員に届いているはずである。全員、本当に優秀なサクラであった。
静かに演奏されていた音楽が変わる。開催時間が近付いたためだ。
「早く来て良かったわ。待合室で一人でいるのは退屈だったものだから」
「然様に仰って頂けて、嬉しく思います」
会話を切り上げる方向に変えれば、高らかに管楽器がファンファーレを奏でる。
ざわついていた会場が静まり、ホール中央奥の階段上へと視線が注がれた。光沢のある重厚な布が垂れ下がる壇上へ、美しく着飾った男女が連れ立って現れる。
「多くの実りを呼ぶ夏の女神に感謝を!」
伸びのある低い声で開催を告げる国王は、遠目に見ても赤かった。ファランは大昔に会っているはずだが、アルハルトの記憶以外思い出せないのだから、困ったものだ。
(女性は黒髪だから…えっと第一后妃様ね)
壇上には席が二つしか置かれていないので、第二后妃と第三后妃は出て来ないのだろう。
(聞いてた通り、特別何かあるってわけではないのね)
ある意味、だらだらと集まっていた集団に、開催が宣言され、また、だらだらとした時間が再開される。いちおう音楽が大きく華やいだものに変わり、ちらほらとフロアに踊りに出る男女が出始めてはいた。
あまりメリハリの無い開始に少し拍子抜けしつつ、カメリア達と視線を交わす。
「ではまた」
「はい」
「また」
「失礼いたします」
知り合いに挨拶を、という名目でファランの大豆スイーツ店の話を広めに散開していく頼もしい背を見送る。
傍らには、手はず通りカメリアが残った。
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