悪役令嬢ってもっとハイスペックだと思ってた

nionea

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準備は良いですか

70.どうしようもない 

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 建前としては、登場したクライフがファランをダンスに誘うところを目撃し、その二人の姿についても広めて貰う、となっているが。実際は不慣れなファランが一人にならないように、残ってくれている。
 一人で見知らぬ人間に話しかけられたら、必ず馬脚をあらわす自信があるファランにとっては本当に心強い存在だ。
「あの少しよろしいですか?」
 ここだけの話と言いつつ周りに聞かせた先ほどの話とは違い、本当にひそめられた声にファランは僅かに首を近付けて頷く。
「何か?」
「あの補佐人の方なのですが、ファラン様とはどのようなご関係なのですか?」
 ファランは、自分の中に一つしか答えを持っていなかった。そのため、表面上に動揺は現れずにすんだ。
「………雇用関係です」
 貼り付けたような微笑で、答えてから、ズキリと胸が痛みを訴える。
(そうだよね…)
 僅かに戸惑ったように返事をするカメリアに、頷きながら、浮かれていた心が沈んでいった。
(考えてみたら、私…もし付き合ってくださいとか言ったら、パワハラとかセクハラになるんじゃない…?)
 頭が瞬間冷凍されたような気持ちで固まったファランの微笑には気付かず、カメリアは再び世間話に移っていく。
(あー………なんだろう…すっごく悲しいかも知れない………)
 思いついてしまった以上、もうどうにもならない。自分の過去を思い起こせば、ハラスメントへの嫌悪感は拭い難く、自分がする側になる事など想像するだけで背筋が寒くなる。
(辛い…)
 だが、そう思い知った事は、結果としては良かったのかもしれない。緊張や浮き足立った覚束なさはなくなり、冷静な思考ができるように落ち着いたからだ。
 ざわめきを背負って、金髪でファランと揃いの正装姿のクライフが真っ直ぐに自分の元にやってきても、
(会場の視線独り占めね…)
と、感心する程度ですんだ。
 祖母のトーリシア衣装は、前を合わせて帯で留めるもので、ファランの感覚としては中華風なその衣装は、上下で分かれている。上着の袖がゆったりと長く、前後に刺繍の施された裾が伸びていて、帯はスカートのような下履きとその上着の裾を一緒に胸下で巻くものだ。
 ドレスにするにあたって、この上着と帯を縫い付けている。首元とデコルテは前合わせのスタイルで、そのまま胸下の帯へ繋げ、本来寸胴に落ちる帯を、ウエストを絞るようにした。そして、上着の裾の刺繍を生かすため、前後の裾はそのままに、サイドに天鵞絨のようなやや重厚感のある布で、プリーツを寄せたものが足されている。
 色は緑が基本だ。上着は白っぽい淡い緑から下に行くに従って濃い緑になり、帯は金糸が目立つがベースは深緑で、足されたプリーツは少し薄い緑だ。
 一方のクライフは、紺を基調としている。
 遠目には統一感が見られない二人の格好だが、トーリシア風だという事は間違いなく、更に近付けば、その刺繍が同一のものであると解るだろう。
「よろしければ、私と踊っていただけますか?」
「ええ」
 打ち合わせていた会話も、すんなりと口から出ていった。ついでに余裕のある雰囲気で微笑む事もできた。
 フロアに出て組めば、以外に曲がしっかりと耳に届くのだと気付く。
(こんなに人がいるのに、ちゃんと響くようにできてるんだなぁ)
 耳を澄ませて視線を合わせ、微笑みを交わせば、流れるように足は動き出した。
 互いの同じ刺繍が施された裾が、円を描く度にひらりと広がる。
 華やいだドレスや正装の中で、二人とも濃い色をしたファラン達の組は比較的よく目立った。
「会場中が貴方に釘付けですね」
 囁く様なクライフの言葉に、ファランは浮かべた微笑をそのままに、あまり口を開けず囁き返す。
「私にはクライフさんを見ているように思えます」
 動いている中で、見える視界の端では、フロアの周りの人々の顔までは解らない。だが、顔がフロアを向いているかどうかという事くらいは、はっきりと解る。無数の視線がファラン達を追っていた。
「まさか」
「そう思っている方が気楽なのでそういう事にしておいてください。緊張するとまた足を踏んでしまいそうなので」
 クライフの言葉を遮って、本心から思っている事を告げれば、ファランに向ける笑みが深まる。
「解りました」
 冗談を言って笑っていれば、周囲も気にならない。
 ただ、楽しくなってきた。
 だが楽しければ楽しいほど、不意に考えてしまう。
(こんなに楽しいのに…これも、お仕事なんだよね)
 確かに楽しい思いと、どこか虚しい気持ちがステップのようにくるくると回っていた。
「そろそろ、第二ホールに移りますか?」
「そうね…そうしましょう」
 クライフに答えて、その手に引かれながら歩いていく。周囲の羨望の混じる視線に、自分も羨ましいと思うわ、と同意を感じながら澄まし顔で通り過ぎていった。
 この日は、ファランが出没してもおかしく思われない範囲である第三ホールまでを回って、終わった。
(首尾は上々…それ以上は望むものではないわよ。ワガママは止めたんだから)
 自覚した恋心と、自分と相手を取り巻く状況を秤にかけて、ファランは吐きそうになる溜息を飲み込む。
 貴族の年中行事としては最も大きな盛り上がりのある会だったのだが、その思い出はなんだか苦くなってしまった。
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