夢現しの桜

第6章 夢と現実の狭間で

「君って……。夢の中に出てくる……。」
僕は恐る恐る声をかけた。彼女は僕に気づくと、微笑んで言った。
「また会ったね。」
彼女は僕の隣に腰を下ろした。僕は彼女の方をチラッと見ると、すぐに目をそらした。彼女は微笑みながら言った。
「あなたって、よく夢に見るんだ。」
「へぇ……。」
僕は素っ気なく答える。彼女はそんな僕の態度に気を悪くしたのか、少しムッとして言った。
「もっと興味持ってくれたっていいじゃない！」
「ご、ごめん……。」
僕は慌てて謝る。彼女はしばらく沈黙していたが、何かを思い出したかのように話し始めた。
「そうだ！名前、まだ教えてなかったよね。」
「うん……。」
「私の名前はね……。」
彼女はそう言って、しばらく黙っていた。僕は彼女の次の言葉を待つ。彼女はゆっくりと口を開くと、続けて言った。
「私の名前ね……。」
彼女はそう言って、再び口を閉じた。僕は緊張しながら次の言葉を待つ。彼女はさらに続ける。
「私ね……。」
彼女はそう言って、再び黙ってしまった。僕は彼女が次の言葉を発するまで、じっと待っていた。彼女は意を決したような顔をすると、真剣な眼差しで僕を見つめて言った。
「私ね……。」
彼女はそこで言葉を止めると、僕に質問をした。
「ねぇ……。」
「ん？」
「あなたの名前は？」
「僕は……長嶋悠人……。」
「良かった…」
僕は彼女の言葉を聞くと、急に眠気が襲ってきた。まるで誰かに催眠術をかけられているような感覚だった。僕は必死に抵抗したが、そのまま意識を失ってしまった。

目が覚めると、そこは病院のベッドの上だった。隣には父親がいて、涙を流している。
「ここは…。」
「悠人！悠人！よかった……。」
父親はそう言うと、僕の手を握った。僕は父親に尋ねる。
「父さん……。ここ、どこ？」
「横川の区立病院だ。お前、りんくうのショッピングモールで倒れて、救急車で運ばれてきたんだぞ。」
「そっか……。」
僕はそう言うと、病室の窓の外を見た。外はもう真っ暗で、星が輝いている。僕は時計を見ると、夜の7時を過ぎていることに気がついた。僕は慌てて、父親に言った。
「父さん、ありがとう…」
「お前が倒れたって連絡を受けて、急いで仕事を切り上げて帰ってきたんだ。もう助からないかと思ったよ……。」
父は涙声で言った。
「そっか、ごめん…。」
「いや、無事ならそれでいいさ……。」
僕はもう一度窓の外を見つめた。そこにはいつも通りの景色が広がっている。しかし、どこか寂しく感じた。僕はずっと考え事をしていた。それは夢のことだ。どうしてあんなにも鮮明な夢だったのだろうか。それに、あれがただの夢だとはどうしても思えなかった。
「父さん……。」
「なんだ？」
「俺、今日変な夢見たんだけど……。」
「どんな？」
「それが……なんかすごくリアルな夢で……。」
「どんな内容だった？」
「えっと……たしか僕に何かを伝えて、そしたら女の子が出てきて……。」
「へえ……。」
「その子が言うんだよ……。『私の名前はね』って……。」
「そうか……。」
「でも、思い出せないんだよな……。」
「まあ、無理に思い出そうとしなくても良いんじゃないか？」
「そうだけど……。」
「じゃあ、ゆっくり休めよ。明日の1時ぐらいに迎えに行くから。」
「うん……分かった……。」
僕はそう言うと、布団に潜った。そして、眠りについた。
翌朝、僕は目を覚ました。カーテンの隙間からは朝日が漏れ出している。僕は伸びをする。すると、横から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「長嶋くん！大丈夫！？」
僕は驚いて、声の主の方を振り向く。そこには桜井さんがいた。僕は驚きすぎて、何も言えずにいた。すると、桜井さんは少し困った様子で言う。
「えっと……昨日のこと覚えてる？」
「う、うん……。」
僕はなんとか返事をすると、桜井さんは安心したように言った。
「良かった……。」
「え？」
「あ、いや……。なんでもないよ……。」
桜井さんはそう言うと、頬を赤らめて下を向いた。僕は気まずい空気に耐えられなくなり、話題を変えることにした。
「そ、そういえば、桜井さんはなんでここにいるの？」
「長嶋くんを救急車でここまで送り届けてくれたのは平沢くんなんだけど、平沢くんに長嶋くんが大丈夫なのかどうか聞いたら、横川区立病院に入院したって聞いて、見に来たところだったの。」
「そうだったんだ、ごめんね、心配かけちゃって。」
「ううん、全然いいの。あ、そうそう！これ、渡しに来たの！」
桜井さんはそう言うと、カバンの中から小さな紙袋を取り出した。僕は不思議に思って聞く。
「これは？」
「開けてみて！」
桜井さんはそう言うと、僕に中身を見せるように促した。僕は言われた通りに中を確認する。すると、中にはレモンケーキが入っていた。僕は桜井さんの顔を見て言った。
「もしかして……この前、僕が言った時の？」
「そう！約束してたから……。」
桜井さんはそう言うと、恥ずかしそうに笑った。僕は彼女にお礼を言うと、早速食べることにした。
「いただきます！」
僕はそう言って、フォークで一口サイズに切ると、口に入れた。程よい甘さが口に広がっていく。母のレモンケーキにどことなく味が似ている。僕は思わず笑顔になった。
「美味しい！」
僕がそう言うと、桜井さんは嬉しそうにして言った。
「ほんと？良かった！」
桜井さんは少し照れくさそうな顔をすると、小さく笑って言った。
「ありがとう…。」
僕達はしばらく沈黙していたが、桜井さんが沈黙を破った。
「あのさ……今度こそ、一緒に遊ばない？」
「え？遊ぶって？」
「その、買い物とか映画とか、できたら、2人で、なんて……。」
「ああ、そうか……。」
僕はそう答えると、少し考えてから答えた。
「そうだね……。行こうか！」
「やったー！」
桜井さんはそう言うと、ガッツポーズをして喜んだ。僕達はしばらく笑い合っていた。
その後、桜井さんは僕に別れを告げると、病室から出て行った。僕はそれを見送った後、再び眠りにつくことにした。
僕は夢を見た。またあの夢だ。今度は遊園地のような場所に来ている。周りには大勢の人がいて、楽しげな雰囲気に包まれていた。僕はベンチに座って、ボーッとしていた。そんな時、突然目の前に少女が現れた。黒くて長い髪に、透き通るような白い肌の真っ白なワンピースを着た女の子。いつものあの子である。その子はこちらを向いて微笑んでいる。彼女は僕に話しかけてくる。
「こんにちは。」
「こ、こんにちは……。」
僕は戸惑いながらも挨拶を返すと、彼女は笑顔で言った。そして、僕の隣に座った。
「あなたって、よく夢に見るの。」
「え？」
僕は彼女の言葉の意味がわからず、困惑する。彼女は続けて言った。
「私の名前はね……。」
彼女がそう言った瞬間、目が覚めた。時計を見ると、午後1時過ぎだった。もう父が迎えに来る時間ではないか。僕は慌ててベッドから起き上がると、すぐに退院の支度を始めた。外では、父さんが待っていた。父さんと共に病院を出ると、すぐ前にある横川区立病院駅に向かう。そこから電車に乗り込むと、僕はすぐに夢のことを思い出した。あんなに近くで彼女を見たのが初めてだったので、いくつか気がついたことがあった。初めて見た時は高校生くらいだと思っていたが、思ったよりも幼く、中学生ぐらいに見えた。手足は細く、かなり痩せていた。他にもいくつか特徴があったはずだが、僕は必死に思い出そうとするが、全く思い出せない。そんなことを考えているうちに、最寄りの夢の台駅に着いた。僕は改札を抜けると、すぐに家の方へ向かった。