夢現しの桜

第7章 父さんの話

家に着くと、すぐに父さんがテーブルの上にお茶を用意してくれた。僕は椅子に腰掛けると、改めて父さんに謝った。
「ごめんなさい……。」
「いや、無事ならそれでいいんだ……。」
父さんはそう言うと、僕に麦茶の入ったコップを渡してくれた。僕はそれを一気に飲み干すと、大きく息を吐いた。僕は続けて父さんに聞いた。
「父さん……夢って信じる？」
「ん？夢？」
「うん……。」
「まあ、人によっては信じてる人もいるだろうな……。」
「父さんは？」
「俺は……正直あんまり信じてないかな……。」
「そっか……。」
父さんの言葉を聞いて、僕は落胆した。やはりただの夢なのか。そう思っていると、父さんが続けて話し始めた。
「でもな……。」
「ん？」
「でもな、たまに不思議なことがあるんだ。」
「どんなこと？」
「それはな……。」
父さんはそこで一度言葉を区切った。僕は父さんの次の言葉を待つ。
「それはな……自分が経験していないはずなのに記憶として残っているような出来事だ。」
「例えば？」
「例えば……自分の子供が体験したこと、見てきたもの、感じたことが自分の中にも同じようにあるんだ。」
「へぇ……。」
「あとは……昔に亡くなったはずの人と会ったり、子供の頃の記憶が蘇ったりすることだ。」
「それは凄いね……。」
僕は驚いた。まさかこんな身近にそういう人がいるとは思ってもいなかったからだ。僕はさらに尋ねる。
「他には何か無いの？」
「いや……特には無いな……。」「そっか……。」
僕は少し残念に思いつつも、父さんの話に興味を惹かれた。しかし、それ以上父さんは何も言わなかった。僕は少し迷ったが、夢について聞くのをやめることにした。
僕は父さんと話をした後、すぐに眠りについた。夢の中で、またあの子に会うことができるだろうか。そう思うと、自然と胸がドキドキしてきた。僕は期待を胸に秘めて、眠りについた。
僕は夢を見ていた。どこかの学校の教室にいるようだ。机がいくつも並んでおり、生徒達が席に着いている。僕はその様子を後ろから眺めている。ふと、視線を感じて振り返ると、そこには一人の女の子がいた。長くて黒い髪をしている可愛らしい女の子。年齢はおそらく僕より少し小さいくらいだろうか。その子は僕に向かって微笑んでいた。すると、女の子は僕の方に近づいてきて言う。
「こんにちは！」
「えっと……君は誰？」
「私はね……あなたの……」
その続きは聞こえてこなかった。すると、周りの景色が変わった。どこかの部屋の中にいるようだ。部屋の中には家具がいくつか置かれており、中央のテーブルにはレモンケーキが置かれていた。誰かが住んでいるように思える、生活感のある家だ。少女はレモンケーキを頬張り、美味しそうに食べている。ふと、こちらに気がついた少女は、ニコッと笑い、僕の手をしっかり握った。程よく温かい手は、なぜか安心する。僕はその子の顔をよく見てみる。黒くて長い髪に、印象的な大きな瞳、透き通るような白い肌の真っ白なワンピースを着た女の子。ずっと優しく笑っている。その優しい笑顔は、どこかで見たことがあるようにも感じた。しかし、しばらくすると少女は急に泣き始めた。僕は声をかけようとするが、声が出ない。またしばらくすると、少女はやせ細り始めた。どことなく悲しげな表情さえも、段々と無くなっていった。すると、急に部屋が薄暗くなった。繋いでいる彼女の手は、段々と冷たくなり、次の瞬間、少女は消えてしまった。僕はその子を呼ぼうとする。しかし、声が出せなかった。僕は何度も叫ぼうとしたが、どうしても声にならない。するとまた風景が変わった。どこだろうか。僕は荒れたお寺の中にいた。西山寺と書いてある。誰かに連れられて奥の墓地に向かうと、そこには、お墓の前で泣いている父母がいた。そうすると、急に意識が遠のいていった……
僕は目を覚ました。辺りを見回すと、そこはいつもの部屋だった。カーテンからは朝日が漏れ出している。
「またあの夢か…。」
僕はそう呟くと、ため息をつく。あの夢はなんだったのか。なぜあの子が僕の前に現れたのか。いくら考えても答えは出そうにない。今度こそ、きちんと話をしたい。

僕は朝食を食べると、すぐに学校に行く準備をした。今日は月曜日なので、授業がある。僕は急いで家を飛び出すと、走って学校まで向かった。
学校に着き、僕は真っ先に桜井さんの姿を探した。休み時間になると、僕は桜井さんに声をかけた。
「桜井さん！」
「あ、長嶋君！おはよう！」
桜井さんは笑顔でそう言うと、続けて言った。
「どうしたの？そんなに慌てて？」
「え？ああ、実はちょっとお願いがあって……。」
「何？言ってみて！」
「えーと……放課後、一緒に帰ってもいいですか？……って言いたくて……。」
桜井さんは少しの間黙っていたが、しばらくして口を開いた。
「……え？……あ、ああ、もちろんいいよ！」
桜井さんはそう言うと、笑顔で答えた。僕はホッとすると、お礼を言って自分の席に戻った。すると、平沢が僕に話しかけてくる。
「おい、お前、桜井さんとどういう関係なんだ？」
「え？普通に友達だけど……。」
「そうじゃなくて……あの子とはどうやって知り合ったんだ？」
「ああ……ええと……。」
僕は少し考えると、とりあえず夢の話はしないでおくことにした。
「秘密！」
「はぁ！？」
「それよりさ、桜井さんと仲良くなったのは偶然だよ！」
「そうなのか？」
「うん！」
僕はそう言うと、桜井さんの方を見た。彼女は僕達の方を不思議そうな顔をしながら見ている。僕はそれに気づくと、すぐに前を向いて授業の準備を始めた。
その日はずっと夢のことを考えていた。あの子のことを考えているだけで、とても幸せな気分になる。いつの間にか、僕は彼女のことを好きになっていたのかもしれない。