20 / 30
番外編
前日談 とある少女の話2
しおりを挟む
それからも男の子は何度か村を訪れるようになり、私はそのたびに水汲みを手伝って、妹の話をよく聞くようになった。
薬草が効いてくれたおかげで持ち直したという話に、会ったことのない私も嬉しくなる。
だけど、彼が買っていく薬草は安いものではない。というか、普通に高い。
このあたりでしか採れず、他の土地だと気風が合わないのか育たないので、結構な値段がする。完全に裕福な家向けの商品だった。
「……大丈夫?」
会うたび疲れた顔になっていく男の子に不安になる。
定期的に高い薬草を買っているから、生活が苦しいのかもしれない。それに、他領と村の間を頻繁に行き来しているのだから、どうしても疲れは溜まっていくだろう。
だけどそう思いながらも、私にできることはなかった。
薬草の管理は専門の人が行っているので、私程度の、ただの村娘が融通することもできない。
心配なのにどうにもできず、言葉をかけてあげることしかできない自分に歯がゆくなる。
「うん。大丈夫。他の皆のほうが大変だろうから」
「あまり無理しすぎないほうがいいよ。ほら、水汲んであげたから……あなたも飲んだら?」
桶を差し出すと、男の子は少し困ったように微笑んだ。
その顔に、彼が貴族だということを思い出す。
「……綺麗なコップとか、あればよかったんだけど」
こんな、桶に入ったままの水なんて飲んだことがないだろう。だけど家にあるコップを持ってきたとしても、あまり変わらない。
貴族が使うような綺麗なコップなんて、私の家にはない。
「ううん、このままでいいよ。ありがとう」
いたたまれなくなって俯いていると、男の子は桶を受け取り、少しためらながらも口を付けた。
貴族は皆、おいしいものを食べて、綺麗な服を着て、穏やかに暮らしているのだと思っていた。
だけど男の子と出会い、言葉を交わし、そうではないことがわかった。
物語のお姫様はただの夢物語で、穏やかに幸せに暮らしていける保証なんてどこにもないのだと、私は知った。
――そんな頃だった。私のお父さんを名乗る人が現れたのは。
男の子とが着ていたのとは違う、くたびれてもいなければほつれもない綺麗な服を着た男性。それがお父さんなのだと言われても、あまりピンとこなかった。
娘として連れていきたいと言われても、どんな生活が待っているのかまったく想像できなかった。
だけどそれでもお父さんと行く道を選んだのは――机の上に置かれたお金が理由だった。
食うものに困る日もあるけど、これまではお母さんと二人でなんとか生活できていた。
だけどそれは、私もお母さんも病気になったことがないからだ。もしも、お母さんか私のどちらかが病気になって――男の子の妹みたいに高額な薬が必要になったら、それだけでどうにもならなくなる。
だから私は置かれたお金だけでなく、万が一のときには追加の援助をしてくれるようにお父さんにお願いした。そうすれば、お母さんが病気になっても、きっとなんとかなるから。
「……お母さん、元気でね」
ぽろぽろと涙をこぼすお母さんに胸が痛くなりながらも、私はお父さんが乗ってきた馬車に乗りこんだ。
「あの子、ちゃんと水を汲めるかな」
遠ざかる村を眺めながら、ふと月に一度村に来る男の子のことが頭をよぎる。
彼はいまだに水が汲めない。私がいなくなったら、彼はどうするのだろう。
「さよならって言えなかったなぁ」
せめていなくなることぐらいは、伝えたかった。だけどお父さんは急いでいて、彼が来る日を待つこともできなかったことに、私は遠ざかる風景を眺めながら小さくため息を落とした。
薬草が効いてくれたおかげで持ち直したという話に、会ったことのない私も嬉しくなる。
だけど、彼が買っていく薬草は安いものではない。というか、普通に高い。
このあたりでしか採れず、他の土地だと気風が合わないのか育たないので、結構な値段がする。完全に裕福な家向けの商品だった。
「……大丈夫?」
会うたび疲れた顔になっていく男の子に不安になる。
定期的に高い薬草を買っているから、生活が苦しいのかもしれない。それに、他領と村の間を頻繁に行き来しているのだから、どうしても疲れは溜まっていくだろう。
だけどそう思いながらも、私にできることはなかった。
薬草の管理は専門の人が行っているので、私程度の、ただの村娘が融通することもできない。
心配なのにどうにもできず、言葉をかけてあげることしかできない自分に歯がゆくなる。
「うん。大丈夫。他の皆のほうが大変だろうから」
「あまり無理しすぎないほうがいいよ。ほら、水汲んであげたから……あなたも飲んだら?」
桶を差し出すと、男の子は少し困ったように微笑んだ。
その顔に、彼が貴族だということを思い出す。
「……綺麗なコップとか、あればよかったんだけど」
こんな、桶に入ったままの水なんて飲んだことがないだろう。だけど家にあるコップを持ってきたとしても、あまり変わらない。
貴族が使うような綺麗なコップなんて、私の家にはない。
「ううん、このままでいいよ。ありがとう」
いたたまれなくなって俯いていると、男の子は桶を受け取り、少しためらながらも口を付けた。
貴族は皆、おいしいものを食べて、綺麗な服を着て、穏やかに暮らしているのだと思っていた。
だけど男の子と出会い、言葉を交わし、そうではないことがわかった。
物語のお姫様はただの夢物語で、穏やかに幸せに暮らしていける保証なんてどこにもないのだと、私は知った。
――そんな頃だった。私のお父さんを名乗る人が現れたのは。
男の子とが着ていたのとは違う、くたびれてもいなければほつれもない綺麗な服を着た男性。それがお父さんなのだと言われても、あまりピンとこなかった。
娘として連れていきたいと言われても、どんな生活が待っているのかまったく想像できなかった。
だけどそれでもお父さんと行く道を選んだのは――机の上に置かれたお金が理由だった。
食うものに困る日もあるけど、これまではお母さんと二人でなんとか生活できていた。
だけどそれは、私もお母さんも病気になったことがないからだ。もしも、お母さんか私のどちらかが病気になって――男の子の妹みたいに高額な薬が必要になったら、それだけでどうにもならなくなる。
だから私は置かれたお金だけでなく、万が一のときには追加の援助をしてくれるようにお父さんにお願いした。そうすれば、お母さんが病気になっても、きっとなんとかなるから。
「……お母さん、元気でね」
ぽろぽろと涙をこぼすお母さんに胸が痛くなりながらも、私はお父さんが乗ってきた馬車に乗りこんだ。
「あの子、ちゃんと水を汲めるかな」
遠ざかる村を眺めながら、ふと月に一度村に来る男の子のことが頭をよぎる。
彼はいまだに水が汲めない。私がいなくなったら、彼はどうするのだろう。
「さよならって言えなかったなぁ」
せめていなくなることぐらいは、伝えたかった。だけどお父さんは急いでいて、彼が来る日を待つこともできなかったことに、私は遠ざかる風景を眺めながら小さくため息を落とした。
8
あなたにおすすめの小説
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
「最高の縁談なのでしょう?なら、かわってあげたら喜んでくれますよね!」
みっちぇる。
恋愛
侯爵令嬢のリコリスは20歳。立派な嫁きおくれである。
というのも、義母がなかなかデビューさせてくれないのだ。
なにか意図を感じつつも、周りは義母の味方ばかり。
そん中、急にデビュタントの許可と婚約を告げられる。
何か裏がある――
相手の家がどういうものかを知り、何とかしようとするリコリス。
でも、非力なリコリスには何も手段がない。
しかし、そんな彼女にも救いの手が……?
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
婚約者の母親に虐げられていましたが敢えて捨てられることで縁を切ることができました。~彼女らは勝手に破滅していったようです~
四季
恋愛
婚約者の母親に虐げられていましたが敢えて捨てられることで縁を切ることができました。
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。