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第一話 甘い夫婦生活とはなりません

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 またやってしまったみたいだ。
 見慣れた和室の天井を背に、誠さんが心配そうに私を覗き込んでいる。

 高校卒業後、両親の他界により大学進学を諦めた私は、近所にあった小さな工場の事務職の求人を見つけ、面接を受けに行った。
 よほど人手が足りなかったのか、すぐに採用され、翌日から働くことになったのだが___。

 学生時代から体調を崩すことは多かったが、働き始めてもその体質はほとんど変わらなかった。
 気を失うことは稀ではあったが、無自覚な行動はむしろ高校時代よりひどくなっていた。

 三ヶ月後、明日から来なくていいと宣告された。
 どこで働いても同じことの繰り返しで、一年でいくつもの会社を渡り歩いた。

 ある日、ポスティングのアルバイトをしていた私は、あるアパートの掲示板に古びたチラシを見つけた。
 求人の文字に過敏に反応するようになっていた私は、求人の日付など確認せずにチラシを外して眺めていた。
 そこには、探偵業の事務職員募集とあった。経験の有無不問、高卒採用、住み込み可能、……何より、給料が大卒と変わりない、いや、それ以上だった。

 チラシを持って家に帰り、すぐに電話した。こんな好条件の仕事はほかにないと思ったのだ。

「もしもし、御影探偵事務所です」

 今でもよく覚えている。
 落ち着いた低いトーンの柔らかな声。ひどく懐かしいような、癒される声に、私の緊張はすぐにほぐれた。
 その声の持ち主が、のちに夫となる人のものだなんて、その時は思いもよらなかった。

「求人のチラシを見て……」

 と、たどたどしく答えた私に、彼は優しく言った。

「現在求人は募集していませんが、お困りでしたら話はうかがいましょう」

 それからすぐに古びたチラシを持って、探偵事務所を訪れた。
 都会の喧騒から離れた場所にある事務所にうさんくささは全くなかった。
 むしろ、小さな旅館のような佇まいは、絶対ここで働きたいと思わせるにはじゅうぶんな風情があった。

 誠さんは私が未成年であることに驚きを隠せない様子だったが、それを理由に不採用にするとは言わなかった。
 それどころか、出来れば住み込みで働きたい、猫のミカンも一緒にという私の申し出を、悩みながらも受け入れてくれた。

 誠さんと結婚するまでの二年間、従業員として一生懸命働いた。
 探偵の仕事はほとんどなかったが、一人で働く誠さんの身の回りの世話をすることは、じゅうぶんに彼を助けていたようだった。

 二年の間で、奇妙な言動を取ることがあったのかなかったのかはわからない。
 ただ一度だけ、誠さんの前で気を失ったことがある。
 あの時はミカンが毛を逆立て、私から離れなかった。心配する誠さんに憑依体質なのだと告白した。追い出されるかと覚悟していたが、誠さんの言葉は意外なものだった。

「二度とこのような怖い思いをさせないように気をつけます」

 あの日から、私と誠さんの間に信頼関係が生まれたような気がしている。
 そうして今、私を心配そうに見下ろす誠さんが、苦しげに息をつくのだ。

「すみません。二度とこのような……、約束したのに」

 と。

 布団の上に寝かされていた私は身体を起こす。

「誠さんがいてくださるから、何も怖いことはありません」

 そう胸に手を当てて答えると、誠さんは申し訳なさそうに顔を歪めて微笑んだ。
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