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第二話 御影家には秘密がありました

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 黒石城は闇に包まれていた。
 街灯もない場所を浮遊する七二郎さんの周囲だけがほの明るく光っている。

 七二郎さんを頼りに石畳の上を駆けていく。カランカランと下駄の音が鳴り響く。

「千鶴よ」

 石垣の側の茂みの前で立ち止まった七二郎さんが私を呼ぶ。
 はあはあと白い息を吐きながら駆けつけた私は、手を震わす七二郎さんに気づく。

 彼は両腕を前に突き出し、なんとも言えない歓喜の表情で、うっすら瞳に涙を浮かべている。

「ことじゃ。ことがおる」
「本当ですか」

 声を弾ませて茂みをのぞき込む。
 そこには美しい着物を召した小柄な少女がいた。しかし、その身体には周囲の雑草が透けている。

 両手に顔をうずめてすすり泣いていた少女が顔を上げる。私より少し若いかもしれない。目鼻立ちのしっかりとした美しい娘が戸惑いをあらわにこちらを見ている。

「こと……」

 七二郎さんが両腕を伸ばしたまま前進する。少女はビクッと体を震わせ、ほおを強張らせる。

「わしじゃ、こと。七二郎じゃ」
「しち……二郎さん……?」
「ああ、わしじゃ。ことと会えぬようになってから長く生き、このような姿になってしまった」

 ことはきょろきょろと目線を泳がせるが、こちらの方へおそるおそるやってくる。
 そして、七二郎さんがにかっと笑った瞬間に、「七二郎さんっ」と彼の胸に飛び込んでいた。

 ふたりはしばらく抱き合っていた。そのままカゲロウのように消えてしまうんじゃないかと思うほど、闇の中で揺らめくふたりは儚く綺麗だった。

「こと……、すまない」

 七二郎さんは喉を詰まらせる。
 詫びの言葉も、感謝の言葉も、言わなければ伝わらない思いも全部、湧き上がるものがたくさんありすぎて、何から言葉にしたらいいのかわからないようだった。

「七二郎さん、私たちはまだ……生まれ変われていないのですね」
「生まれ変わる?」

 感極まる七二郎さんに対し、ことはどこかさみしげだった。

「はい。本多様が病床の私に言ってくださったのです」
「ことは病だったか」
「……三七を産み、そのまま身体がすぐれず……」
「ああ……、すまぬ。わしの子だというのに、それすら知らず、わしは……」

 ことは首を横に振る。
 七二郎さんの謝罪など望んでいないのだろう。ことはまっすぐ彼を見上げ、優しく微笑む。

「本多様は三七や七二郎さんのことは面倒を見るから案ずるなとおっしゃいました。ですから何も心配はしておりませんでした」
「ああ、そうじゃ。本多様はわしに仕事を与え、長く生かしてくださった」
「いつかまた出会えると信じておりました」

 ぎゅっと七二郎さんの胸にことはしがみつく。

「もう離さぬ」

 七二郎さんもまた、ことをふたたび抱きしめる。

「このまま私たちは生まれ変わるのでしょうか」

 やっと会えたのに、また離ればなれになってしまうふたりが物悲しい。

「同じ時を生きられたらいい」

 七二郎さんが願望を伝えると、ことは意外なことを言う。

「本多様には不可思議な能力がございました」
「なんと、能力じゃと?」
「さようでございます。本多様には未来をのぞく力がございました。家臣たちは皆、その力を信じ、慕い、お仕えしていたのでございます」
「なるほど。本多家は後世まで無用な争いをせず繁栄していた。そのような力のおかげであったか」

 七二郎さんは懐かしい出来事を振り返るように目を細める。死してのちも、彼は魂となって天目のことを見てきたのだろう。

「はい。ですから私は信じています」
「何を信じておるのじゃ」

 ことの瞳はキラキラと輝いている。本多の殿を慕い、そして七二郎さんを愛した純粋な瞳だ。

「本多様はおっしゃいました。私と七二郎さんはいずれ、離れることのないふたごとして生まれ変わると」
「ふたご?」
「はい。ずっと一緒にいられるのです」

 七二郎さんがちょっとだけ複雑そうに口元を歪めたのは、結婚という形で結ばれないと気づいたからか。
 しかし、ふたごとして生まれたら、結婚よりもずっと長く一緒にいられる関係になれるのかもしれないとも思う。

「生まれ変わったら、七二郎さんから離れません」
「あの頃ふたりで過ごした、この天目で生まれ変われるといい」
「それはもちろんのことです。本多様はこうもおっしゃいました。天目へ嫁ぐ娘の子として生まれ変わる。それは果てしなく遠い未来かもしれないが、必ず生まれ変わる。天目へ嫁ぐその娘の名は『ちづる』であると」

 ハッと息を飲んだのは、七二郎さんが先だったか、私が先だったのか。
 短く吐き出された白い息が闇に消えたとき、七二郎さんの視線は私をとらえていた。
 そして、その瞳はとても穏やかだった。

「そうか。それは良い話を聞いた。ことよ、必ず生まれ変わろう。わしたちには幸せな未来が待っているであろう」
「はい、必ず」
「すぐにまた会える」

 力強い言葉に、こともまた力強くうなずく。

「千鶴よ、また会おう」
「ちづる?」

 と、ことが私を見た瞬間、揺らめいていたふたりがフッと消えた。

 途端に周囲が闇に包まれる。
 右も左もわからなくなる。
 どうしよう。帰れない。
 そう思ったとき、風が吹く。伸びた雑草がさわさわとこすれ合う。
 その音の中に聞こえてくる、「千鶴さーん」と叫ぶ誠さんの声が、帰り道を私に示してくれた。
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