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攻防戦
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野上さんが傘を持ち、私の肩を抱き抱えて車までエスコートしてくれた。
「結構濡れちゃいましたね。」
くっついて歩いたのに、野上さんの肩は傘からはみ出していたようで、濡れたグレーのシャツは黒っぽい染みになってしまった。
助手席から手を伸ばしてハンカチで軽く拭き取ってあげていると、その手を野上さんが掴んで引き寄せた。
私はバランスを崩して、野上さんの胸に倒れ込んでしまう。
シャツ越しに野上さんの汗の匂いがした。
野上さんの腕が私の身体に巻き付いて、抱きしめられる。
「ちょっと!野上さん!」
こんなところで、この体勢はダメだと思った。
「外からは見えないよ。」
野上さんはそう言うし、確かに雨が酷く降っていて、車窓は水滴が滴り落ちてはいる。
それでもダメだと思った。
野上さんの胸を叩いて合図を送り身体を離す。
「ユキ」
不満をたっぷりと感じさせて野上さんが私の名前を呼ぶ。
「それでも、こんなところじゃダメですよ。
どこで誰が見ているか、わからない…。でしょう?」
さっきのやり取りを引き合いに出して、身体を離した。
お願いだから…。まだ拓郎が近くにいると思うから。拓郎に見せたくはなかった。
直ぐにでもこの場所から離れたい。
「帰りましょう?私、早く帰りたいです。」
「…ああ。」
漸く野上さんは車のエンジンを掛けてくれた。
「夕飯、どうする?どこかで食べて帰る?」
「あの、店長が食材が余ったので、サンドイッチを持たせてくれてます。
それでも良いですか?」
ゆっくりと車が動き出した。
さっき拓郎が立っていた場所には誰もいない。
曲がった先にも…いない。
もう仕事に戻ったのかもしれない。
「ユキ!」
急に鋭い声で名前を呼ばれて、身体がビクッとなる。
「どうしたの?急にボーッとして?それ明日の朝じゃダメなの?って聞いたのに。
たまには外でも…」
「すみません、なんだか…疲れてしまってて。聞こえてなかったみたいですね。
今日は帰りたいです。外食はまたに、」
チリリン、チリリン。
私のスマホが鳴って、一瞬で身体がこわばった。
「すみません出て良いですか?」
返事を聞かずに、カバンの中からスマホを出した。
ー公衆電話!良かった…スマホじゃなくて。
「もしもし」
ー優希…ごめん。
「どうした?何かあった?」
ーううん、昼間顔見たら、声も聞きたくなった。
「そっか。なら少し話す?」
ーううん、もういい。
「大丈夫?」
ーさっきの、ベアーズの野上、新しい彼?
「うん、そうだよ。見てたの?」
ーうん、この間の雑誌のだよね。…ねぇどっちから?
「そうだよ、あれきっかけ。うん、いつも通り、向こうからだよ。」
ー「そっか。ねえいつ別れるの?」
「そんなのまだわからないよ。始まったばっかり。」
ーそう。
「拓郎?本当大丈夫?」
ーうん。ただ話したくなっちゃっただけ。今日、店も暇だったし。優希も暇そうだったね。
「うん、暇過ぎて疲れちゃった。」
ーねえ、今度は優希から連絡して。
「うん、そうする。」
ーもう、行かなきゃ。
「うん、じゃあ切るね。」
終話をタップしてカバンにスマホを押し込んだ。
今度は優希から、か。その意味わかってる…んだよね?
「着信音、違うんだね。」
「えっ!?ああ、公衆電話からなので、それでだと思います。すみませんでした。」
謝りながらも意外に思った。野上さんは結構細かい事まで気にする人なんだ、と初めて知った。
「謝らなくてもいいけど。誰か聞いても?」
「あっ、あの高校の部活の仲間です。」
「拓郎くん?」
えっ?ああ、確か名前を呼んだか。
「はい、拓郎からです。」
「拓郎くん、公衆電話を使うんだ。」
「仕事中なので、店前のからだと思います。スマホ開けておかないとダメで、いつもそうなんです。」
そう、と短い返事の後、野上さんは無言になった。
フロントガラスを拭き取るワイパーの音がいつもの倍大きな音を立てている。
「ねぇ、サンドイッチ。」
「えっ!?あ、はい。サンドイッチ。」
不意に言葉を掛けられて驚いてしまった。
「ああ、やっぱり朝にします?」
夜ご飯にしては野上さんにはボリュームが少ないのかと思った。
「ううん、今食べることにしよう。」
「じゃあ、早く帰って…。」
「待てない。」
「えっ!?直ぐに、車で食べます?」
「ううん、ホテルで。」
「はいっ?」
「疲れてるところ悪いけれど、家まで我慢出来そうもない。
今日は何処かに泊まろう?」
「野上さん、疲れてるのに迎えにきてくれたんですか?ごめんなさい、明日試合があるのにっ…。」
「そうじゃない。ただ今食べたくなったんだ。
ユキは、俺と外でご飯食べたり、泊まったりするのはイヤ?」
「…そんな事はないですよ。ただ…。」
「ただ?ただ何?」
「ただ…いえ、なんでもないです。良いですよ、行きましょう。」
「ユキ、嫌ならイヤと言って。」
「いいえ、ちっともイヤなんてこと無いですよ。
ただ、余分にお金使わせるので申し訳ないなぁっていうだけで。」
「それくらいさせてよ。俺結構稼いでる。」
「そうですよね、稼いでるのは知ってます。でもそういう事じゃ無いんです。」
今日の野上さんは少しいつもと違う。
何だろう、不機嫌で、子どもっぽい様な…。
らしくない感じがする。
「結構濡れちゃいましたね。」
くっついて歩いたのに、野上さんの肩は傘からはみ出していたようで、濡れたグレーのシャツは黒っぽい染みになってしまった。
助手席から手を伸ばしてハンカチで軽く拭き取ってあげていると、その手を野上さんが掴んで引き寄せた。
私はバランスを崩して、野上さんの胸に倒れ込んでしまう。
シャツ越しに野上さんの汗の匂いがした。
野上さんの腕が私の身体に巻き付いて、抱きしめられる。
「ちょっと!野上さん!」
こんなところで、この体勢はダメだと思った。
「外からは見えないよ。」
野上さんはそう言うし、確かに雨が酷く降っていて、車窓は水滴が滴り落ちてはいる。
それでもダメだと思った。
野上さんの胸を叩いて合図を送り身体を離す。
「ユキ」
不満をたっぷりと感じさせて野上さんが私の名前を呼ぶ。
「それでも、こんなところじゃダメですよ。
どこで誰が見ているか、わからない…。でしょう?」
さっきのやり取りを引き合いに出して、身体を離した。
お願いだから…。まだ拓郎が近くにいると思うから。拓郎に見せたくはなかった。
直ぐにでもこの場所から離れたい。
「帰りましょう?私、早く帰りたいです。」
「…ああ。」
漸く野上さんは車のエンジンを掛けてくれた。
「夕飯、どうする?どこかで食べて帰る?」
「あの、店長が食材が余ったので、サンドイッチを持たせてくれてます。
それでも良いですか?」
ゆっくりと車が動き出した。
さっき拓郎が立っていた場所には誰もいない。
曲がった先にも…いない。
もう仕事に戻ったのかもしれない。
「ユキ!」
急に鋭い声で名前を呼ばれて、身体がビクッとなる。
「どうしたの?急にボーッとして?それ明日の朝じゃダメなの?って聞いたのに。
たまには外でも…」
「すみません、なんだか…疲れてしまってて。聞こえてなかったみたいですね。
今日は帰りたいです。外食はまたに、」
チリリン、チリリン。
私のスマホが鳴って、一瞬で身体がこわばった。
「すみません出て良いですか?」
返事を聞かずに、カバンの中からスマホを出した。
ー公衆電話!良かった…スマホじゃなくて。
「もしもし」
ー優希…ごめん。
「どうした?何かあった?」
ーううん、昼間顔見たら、声も聞きたくなった。
「そっか。なら少し話す?」
ーううん、もういい。
「大丈夫?」
ーさっきの、ベアーズの野上、新しい彼?
「うん、そうだよ。見てたの?」
ーうん、この間の雑誌のだよね。…ねぇどっちから?
「そうだよ、あれきっかけ。うん、いつも通り、向こうからだよ。」
ー「そっか。ねえいつ別れるの?」
「そんなのまだわからないよ。始まったばっかり。」
ーそう。
「拓郎?本当大丈夫?」
ーうん。ただ話したくなっちゃっただけ。今日、店も暇だったし。優希も暇そうだったね。
「うん、暇過ぎて疲れちゃった。」
ーねえ、今度は優希から連絡して。
「うん、そうする。」
ーもう、行かなきゃ。
「うん、じゃあ切るね。」
終話をタップしてカバンにスマホを押し込んだ。
今度は優希から、か。その意味わかってる…んだよね?
「着信音、違うんだね。」
「えっ!?ああ、公衆電話からなので、それでだと思います。すみませんでした。」
謝りながらも意外に思った。野上さんは結構細かい事まで気にする人なんだ、と初めて知った。
「謝らなくてもいいけど。誰か聞いても?」
「あっ、あの高校の部活の仲間です。」
「拓郎くん?」
えっ?ああ、確か名前を呼んだか。
「はい、拓郎からです。」
「拓郎くん、公衆電話を使うんだ。」
「仕事中なので、店前のからだと思います。スマホ開けておかないとダメで、いつもそうなんです。」
そう、と短い返事の後、野上さんは無言になった。
フロントガラスを拭き取るワイパーの音がいつもの倍大きな音を立てている。
「ねぇ、サンドイッチ。」
「えっ!?あ、はい。サンドイッチ。」
不意に言葉を掛けられて驚いてしまった。
「ああ、やっぱり朝にします?」
夜ご飯にしては野上さんにはボリュームが少ないのかと思った。
「ううん、今食べることにしよう。」
「じゃあ、早く帰って…。」
「待てない。」
「えっ!?直ぐに、車で食べます?」
「ううん、ホテルで。」
「はいっ?」
「疲れてるところ悪いけれど、家まで我慢出来そうもない。
今日は何処かに泊まろう?」
「野上さん、疲れてるのに迎えにきてくれたんですか?ごめんなさい、明日試合があるのにっ…。」
「そうじゃない。ただ今食べたくなったんだ。
ユキは、俺と外でご飯食べたり、泊まったりするのはイヤ?」
「…そんな事はないですよ。ただ…。」
「ただ?ただ何?」
「ただ…いえ、なんでもないです。良いですよ、行きましょう。」
「ユキ、嫌ならイヤと言って。」
「いいえ、ちっともイヤなんてこと無いですよ。
ただ、余分にお金使わせるので申し訳ないなぁっていうだけで。」
「それくらいさせてよ。俺結構稼いでる。」
「そうですよね、稼いでるのは知ってます。でもそういう事じゃ無いんです。」
今日の野上さんは少しいつもと違う。
何だろう、不機嫌で、子どもっぽい様な…。
らしくない感じがする。
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