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第4章
イリアナ
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私はイリアナ=フォン=ヴァインシュタット=レゼシア。カトリアーナお母様の娘であり、偉大なるディランお兄様の妹。
突然のお話になってしまいますが、どうか聞いていただきたいと思いますわ。
私は第2王妃であるお母様の娘として、多くの人から愛されました。いえ、もう少しきちんと言い直せば、愛でられたというべきでしょうか。同じ意味合いに見えて、その本質は全く違うものです。
第一王妃。正妃様はお母様と友人だったようで、学校に通っていた時からの仲であったようです。お父様も同じく学校に通っており、以前の騎士団長と2つ前の財務長官の5人で仲良くしていたそうです。
その縁もあって、私が生まれた時にはそれはもう多くの人から祝われたそうです。一つは純粋に私を思って。もう一つは正妃やお母様、二人が親しい要人に取り入るため。大半の人が後者だったけれど。
だから、私は人の悪意に敏感になったわ。それこそ、ほんの一言言葉を交わすだけで、その人の本質の一端に触れられるほどに。
王国特殊部隊の人を招いて軽く手ほどきをしてもらって、読唇術や交渉術みたいなものも教えてもらったけれど、私は相当優秀らしいわ。その時にポートとも面識を持ったわ。
王国の暗い部分を見て、貴族の腹黒さを見続けて、私は本当に幼い頃から考えが大人びていた。いろいろなものから身を守るために必死だったから、いろいろな考えを巡らしていなければいけなかったから。私だけじゃない。私の愛する人たちに迷惑がかかってしまうから、私は常に気を張る必要があった。
ディランお兄様は私が生まれる前からその悪夢にさいなまれていました。いえ、私なんかよりもよっぽどつらい立場だったと思いますわ。
ディランお兄様は一人で何でもできる方でした。それこそ、教えられてもいないはずなのにほんの少し本を読んだだけで王国の問題点を指摘したり、少し手ほどきされただけで剣技を習得したり。
それでもディランお兄様はただ民のことを考えただけの行動で、国王になりたいなんて一度も言ったことはありませんでした。
けれど、上のお兄様方はディランお兄様のことを毛嫌いしていました。
事あるごとにディランお兄様を攻撃して、場合によってはけがをすることもありました。一歩間違えば死んでいたかもしれないことも、それこそ、私が知らないところでも多くあったことでしょう。
そのすべてを掻い潜って、常に目を光らせて注意を怠らず、けれども自分の意志は一切曲げないディランお兄様の輝きに、私は心底惚れてしまったのです。
それからは全てディランお兄様を見習っていました。行動の基準も、ものの見方も。全てはディランお兄様を愛するが故。それがかなわないものであっても、伝わっていないと分かっていても。
だから、ディランお兄様が冒険者になり、私の前から姿を消してからの日々はとても虚しいものでした。
何をやっても満たされることはなく、また満たされたいと思うこともなかったのですわ。
すべてをディランお兄様に捧げようというこの思いがほんの少しも届かない場所へ行ってしまったのですから。私の目の前は色あせてしまいました。
色々なものをいただきましたわ。甘いお菓子、かわいらしい人形、きれいなドレス。けれど、ディランお兄様と共有できないという時点で、それらはどれも同じもののように見えました。
そのディランお兄様がまた私の手の届く場所に現れました。
何が何でも会いたいと、すべての予定を蹴って王都に戻ったのは本当に英断だったでしょう。むしろ当然の行動だと思います。
そしてディランお兄様と一緒に過ごせば、これほど違うものなのかと驚くほどに、すべてが色づいたのです。お菓子も、風景も、何もかもすべてがキラキラと輝きだしたのですわ。
だから、少しでも愛するディランお兄様の役に立てるならと、私は芝居に協力したのです。
お相手役はもちろん私が務めたかったですけれど、今回の場合は私でも役不足。それが悔しくもありましたけれど、それでもディランお兄様の役に立てるならと口をはさみませんでした。
ライム様はとてもお美しい方でした。外見がという話ではありません。彼女の心がとても美しかったのです。
彼女がスライムだということを知ったとき、ルーナ様の魔動具ではないと知ったときは、本当に驚きましたけれど、ディランお兄様とルーナ様がおっしゃることなら疑うべくもないことです。それに、お二人が安心であるというなら、もちろん危険もないのでしょう。
そして、それは私の目から見ても明らかでした。
どんな人にもあるはずの悪感情。私の周りでも持っていない人は限られるそれを、ライム様は持っていないように思えました。
ほんの少しの会話しかしていませんが、彼女のまじめさ、正直さ、純真さがこれでもかというくらいに見せられて、何か魔法などを使って細工しているのではないかと疑うほどでした。
かと言って、愚かであるという印象も受けませんでした。少し感情が豊かすぎて、おっちょこちょいでかわいい印象を受けましたが、それでも深いところを探ることができない、探らせないような慎重さも見受けられました。まるでお婆様です。
そして、同時に思ったのです。この方なら本当に、ディランお兄様の隣にいられるのではないかと。おかしな話ですわよね。人ではないスライムに劣等感を抱くなんて。魂は人らしいですけれど。
でも、本当にライム様が羨ましくて相がありませんでした。
そのうえ、あんなに美しくてかわいらしい姿に変身できるなんて。まったく理不尽極まりないですわ。それになびかないディランお兄様も理不尽ですけれど。
壇上に立ったライム様は実に美しくて、むしろ神々しくて、私は思わず惚けてしまいました。
熱を冷まそうと俯けば、今度はもう一度顔を上げることができず、重要な役どころを任されているとわかっていたのに、レイアが動いてからも全く動けずにいましたわ。
ライム様の魔法のおかげで平静にもどり、何とか切り抜けることができましたけれど、今度こんな時が来るまでに慣れておく必要がありますわ。
・・・とりあえずライム様と今度ゆっくりお茶をすることにしましょう。幸い、これからは一緒にいられる予定ですからね。
「レイア。準備は整っていますわね?」
「万事滞りなく。しかしイリアナ様。なぜこれほどの荷物のご用意を?」
「今は深く考えず、与えられた仕事をこなしなさい。」
「申し訳ありません。それでは、私は準備のほうに戻ります。」
ディランお兄様にも一応許可は取りました。お父様にもお母様方にも一応の確認は取りました。後はお婆様だけですけれど、それも何とかなるでしょう。
このまま当然のことのようについて行くのです。愛しいディランお兄様とずっと一緒にいるのです。ライム様に今回は譲りましたが、全部譲るつもりはないですからね。
私はディランお兄様に、たとえ地の果てまででもついていきますわよ!
突然のお話になってしまいますが、どうか聞いていただきたいと思いますわ。
私は第2王妃であるお母様の娘として、多くの人から愛されました。いえ、もう少しきちんと言い直せば、愛でられたというべきでしょうか。同じ意味合いに見えて、その本質は全く違うものです。
第一王妃。正妃様はお母様と友人だったようで、学校に通っていた時からの仲であったようです。お父様も同じく学校に通っており、以前の騎士団長と2つ前の財務長官の5人で仲良くしていたそうです。
その縁もあって、私が生まれた時にはそれはもう多くの人から祝われたそうです。一つは純粋に私を思って。もう一つは正妃やお母様、二人が親しい要人に取り入るため。大半の人が後者だったけれど。
だから、私は人の悪意に敏感になったわ。それこそ、ほんの一言言葉を交わすだけで、その人の本質の一端に触れられるほどに。
王国特殊部隊の人を招いて軽く手ほどきをしてもらって、読唇術や交渉術みたいなものも教えてもらったけれど、私は相当優秀らしいわ。その時にポートとも面識を持ったわ。
王国の暗い部分を見て、貴族の腹黒さを見続けて、私は本当に幼い頃から考えが大人びていた。いろいろなものから身を守るために必死だったから、いろいろな考えを巡らしていなければいけなかったから。私だけじゃない。私の愛する人たちに迷惑がかかってしまうから、私は常に気を張る必要があった。
ディランお兄様は私が生まれる前からその悪夢にさいなまれていました。いえ、私なんかよりもよっぽどつらい立場だったと思いますわ。
ディランお兄様は一人で何でもできる方でした。それこそ、教えられてもいないはずなのにほんの少し本を読んだだけで王国の問題点を指摘したり、少し手ほどきされただけで剣技を習得したり。
それでもディランお兄様はただ民のことを考えただけの行動で、国王になりたいなんて一度も言ったことはありませんでした。
けれど、上のお兄様方はディランお兄様のことを毛嫌いしていました。
事あるごとにディランお兄様を攻撃して、場合によってはけがをすることもありました。一歩間違えば死んでいたかもしれないことも、それこそ、私が知らないところでも多くあったことでしょう。
そのすべてを掻い潜って、常に目を光らせて注意を怠らず、けれども自分の意志は一切曲げないディランお兄様の輝きに、私は心底惚れてしまったのです。
それからは全てディランお兄様を見習っていました。行動の基準も、ものの見方も。全てはディランお兄様を愛するが故。それがかなわないものであっても、伝わっていないと分かっていても。
だから、ディランお兄様が冒険者になり、私の前から姿を消してからの日々はとても虚しいものでした。
何をやっても満たされることはなく、また満たされたいと思うこともなかったのですわ。
すべてをディランお兄様に捧げようというこの思いがほんの少しも届かない場所へ行ってしまったのですから。私の目の前は色あせてしまいました。
色々なものをいただきましたわ。甘いお菓子、かわいらしい人形、きれいなドレス。けれど、ディランお兄様と共有できないという時点で、それらはどれも同じもののように見えました。
そのディランお兄様がまた私の手の届く場所に現れました。
何が何でも会いたいと、すべての予定を蹴って王都に戻ったのは本当に英断だったでしょう。むしろ当然の行動だと思います。
そしてディランお兄様と一緒に過ごせば、これほど違うものなのかと驚くほどに、すべてが色づいたのです。お菓子も、風景も、何もかもすべてがキラキラと輝きだしたのですわ。
だから、少しでも愛するディランお兄様の役に立てるならと、私は芝居に協力したのです。
お相手役はもちろん私が務めたかったですけれど、今回の場合は私でも役不足。それが悔しくもありましたけれど、それでもディランお兄様の役に立てるならと口をはさみませんでした。
ライム様はとてもお美しい方でした。外見がという話ではありません。彼女の心がとても美しかったのです。
彼女がスライムだということを知ったとき、ルーナ様の魔動具ではないと知ったときは、本当に驚きましたけれど、ディランお兄様とルーナ様がおっしゃることなら疑うべくもないことです。それに、お二人が安心であるというなら、もちろん危険もないのでしょう。
そして、それは私の目から見ても明らかでした。
どんな人にもあるはずの悪感情。私の周りでも持っていない人は限られるそれを、ライム様は持っていないように思えました。
ほんの少しの会話しかしていませんが、彼女のまじめさ、正直さ、純真さがこれでもかというくらいに見せられて、何か魔法などを使って細工しているのではないかと疑うほどでした。
かと言って、愚かであるという印象も受けませんでした。少し感情が豊かすぎて、おっちょこちょいでかわいい印象を受けましたが、それでも深いところを探ることができない、探らせないような慎重さも見受けられました。まるでお婆様です。
そして、同時に思ったのです。この方なら本当に、ディランお兄様の隣にいられるのではないかと。おかしな話ですわよね。人ではないスライムに劣等感を抱くなんて。魂は人らしいですけれど。
でも、本当にライム様が羨ましくて相がありませんでした。
そのうえ、あんなに美しくてかわいらしい姿に変身できるなんて。まったく理不尽極まりないですわ。それになびかないディランお兄様も理不尽ですけれど。
壇上に立ったライム様は実に美しくて、むしろ神々しくて、私は思わず惚けてしまいました。
熱を冷まそうと俯けば、今度はもう一度顔を上げることができず、重要な役どころを任されているとわかっていたのに、レイアが動いてからも全く動けずにいましたわ。
ライム様の魔法のおかげで平静にもどり、何とか切り抜けることができましたけれど、今度こんな時が来るまでに慣れておく必要がありますわ。
・・・とりあえずライム様と今度ゆっくりお茶をすることにしましょう。幸い、これからは一緒にいられる予定ですからね。
「レイア。準備は整っていますわね?」
「万事滞りなく。しかしイリアナ様。なぜこれほどの荷物のご用意を?」
「今は深く考えず、与えられた仕事をこなしなさい。」
「申し訳ありません。それでは、私は準備のほうに戻ります。」
ディランお兄様にも一応許可は取りました。お父様にもお母様方にも一応の確認は取りました。後はお婆様だけですけれど、それも何とかなるでしょう。
このまま当然のことのようについて行くのです。愛しいディランお兄様とずっと一緒にいるのです。ライム様に今回は譲りましたが、全部譲るつもりはないですからね。
私はディランお兄様に、たとえ地の果てまででもついていきますわよ!
応援ありがとうございます!
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