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断章 母なる想いは国か、それとも娘か

32話 実技試験(ネム編)

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 これが始まりの合図。

 さてどう動く――はぁ、まさか初手から暗黒剣を抜くなんて。あれだけ奥の手は早々に見せるものじゃない、と忠告したはずなのに。
 
 リンスの手には黒き炎を纏った剣――暗黒剣が握られている。もしあの剣に一度でも斬られることがあるならば、斬られた相手の全身には黒き炎が纏わり付き、皮膚は焼け、最終的には骨をも灰にしてしまう。
 そんな代物を初手から使うとは、余程頭にきているか、さっさと終わらせようとしているのかのどちらかだろう。

「行くぞ! ネム・エドワーズ!」

 リンスはわたくしの正面から瞬く間に姿を消し、気づいた時には背後に回り込まれていた。
 取った、と言いたげな表情を見せているが、現実そう甘くはない。
 わたくしは背中に剣を回し、軽々とリンス斬撃を受け止めた。
 
「ふん、なかなかやる」
「はぁこの程度ですか……期待外れもいいとこです」
「貴様、いくら愚弄すれば気が済むんだ!」

 リンスは一度距離を取った後、暗黒剣を横一直線に振り切った。それと同時に放たれたのは、まるで次元が裂けたかのような衝撃波だった。
 その衝撃波は予想以上に速く、地面をえぐりながらわたくしを目掛けて迫ってくる。

「陛下を愚弄した罪をここで償え! ネム・エドワーズ!」
「ふふふっ! この程度で我を?」

 わたくしは目前にまで迫っている衝撃波を斬り裂いた。衝撃波を斬り裂いたことでわたくしとリンスの周囲にはキラキラと輝く色とりどりの小さな光が降り注ぐ。

「謙虚に生きる、この言葉の意味がリンス様にはわかりますか? 何事にもこの世には自分より上を歩み続ける者が存在します」
「貴様、何が言いたい?」
「誰が自分よりも上の者だとわからない以上、大人しくしていた方が賢明だということです。ですがリンス様は、元陛下直属部隊といった肩書に飲まれ、自身に対して過大な評価をしているようです」
「………………」

 リンスの先程までの殺気は嘘のように消え去り、黙り込んだまま微動だにしない。
 彼女は彼女なりに思うところがあるのだろう。
 未だにあの頃に囚われている。
 わたくし含めた五人で国について語り合っては、他国に出向き、死地を潜り抜けてきた仲。
 そんな生活があの日以来、突如として終わりを迎えたのだから何か思うことがあるのも当然と言うべきかもしれない。

「今から話すのはちょっとした独り言だと思ってもらって構いません」
「そんな胸に秘めている大切なこと、こんなとこで話して問題ないのか?」
「周りの訓練生には聞こえないよう遮断結界を張っていますので、何の問題もありません」

 そしてわたくしはリンスに優しく語り掛けた。

「我は過去に娘を失いました。この手から……もう側にいられない。そう思う度に我の心は張り裂けそうなぐらい痛かった」
「ま、まさか……」

 もう勘づいたのか、リンスはわたくしを見つめ頷きながらも聞き入っている様子だった。

「ですがそんな時、希望が見えたのです。あることを成し遂げることで再び娘に会える、もちろん母親としてではありませんが。だけど我にとってはそれだけでも充分なほど嬉しかった。これが娘と再開することを長い間望んだ母親、いえ我のちょっとした昔話です」
「やはり陛下……なのですね」
「それはリンス様の勘違いでは? 我の名はネム・エドワーズ。王国の騎士になるべく入隊した訓練生に過ぎません」
「そう、ですか……ではここは合格と致しましょう。これは過去のあなた、いや今ここにいるネム・エドワーズ本人に捧げるものです。これからも精進するように」
「はい、これからもご指導のほどお願い申し上げます」

 わたくしは遮断結界を解いた後、深々とリンスに頭を下げた。その様子を伺うラピス、頭を下げられた張本人であるリンスは慌てふためいていたが、徐々に落ち着きを取り戻したようで……。

「ネム・エドワーズはこれからこの国の誇り高き騎士となる! そして王命によりリーゼ・ラルフハルト殿下の従者とする。皆、異論はないな。ある者は手を上げろ!」

 ここまでリンスが言ってくれているのだ。それに水を差すようなことを言うバカがいるとは思えないが……と思っていたけど、まさかまたわたくしの邪魔をしてくるとは……。
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