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冒険者編

第8話 可愛いと美しいは正義

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「うっ……1着しか買えぬ……」

 私とライアーことおっさんはダクアの街の服屋の前で服を見ていた。
 服屋はガラス張りの店で、外からでも中の服のデザインと値段が見える。可愛いワンピース。あ、あのリボンもめっちゃ可愛いな。黄色のワンピースは可愛いけど、多分私には似合わない。

 似合うやつー、似合うやつー。うーん。
 目が肥えているからか着目する服は手持ちから考えると全て高い

「いやここ高いとこだろ」
「ワンセットで金貨ぞ2枚分……」

 ぐぬぬ。
 悩む。コストの高さ。利便性。見た目の品。

 私が延々と悩んでいるとおっさんはため息を吐いた。
 そして正気を疑う様な発言をする。

「服なんているか?」
「!?!!?? 私にこの1着で過ごすしろと!?」
「いやそれは普通に考えておかしいな!? むしろ逆になんで1着しか持ってないんだ!?」

 それはパパ上が着の身着のまま……。いや、着るものすらも変えて街に放り投げたからです。
 着の身着のままより酷い。

「……うぬぅ」


 ライアーをつれて向かった先は商店の並ぶ街中。生活必需品を買う必要があるため、道案内に使っていた。
 最初に何を買うのかと言うと、服だった。
 チクチク肌を突き刺す布の質感。この姿で全力疾走した時にはほんとに服全部脱ぎ捨ててやろうかと思うくらいには集中力が削がれる。

 魔法を使うための集中力とか以前に、危険がある外での活動。今回で学んだけど索敵を疎かにすると絶対すぐ死ぬ。私の集中を阻害するものはなるべく排除しなきゃ。


「お前仮にも冒険者だろ。着飾る必要ねぇな。もっと安くて使いやすい服を数着見繕った方が」
「なぁにぞ喚くですか!」
「……一応訂正しておくが、『何を言ってるんですか』だからな」
「何ぞ言ってるですか!」
「………………まぁいいか」

 訂正は素直に受け取る。
 私は腰に手を当ててライアーの鼻先をビシッと指をさす。くっ、背伸びしないと届かない……!


「良きですか! 可愛きは正義です!」


 ドヤァ!
 分かりやすく説明した。

 だと言うのにライアーは腕を組んで訝しげな表情を浮かべていた

「全くわからん」
「貴方の感性は御死去なされたのですか?????」
「んじゃそういうことで俺は帰る」
「待つして! 待つ! 待ぁーつッ!」

 伝わってないのは分かった! わかったから!
 私ダクア2日目なの! 見捨てられると地理的にも店舗的にもよく分かんないから! あとこう見えても普通に貴族だから市民の買い物の仕方がよく分かんない!

「聞くして。例えるならば私と敵ぞ戦うとする」
「……おう」

 例えばイチャモンつけられたり、何かしらの理由で戦闘になるとするじゃない。
 大体の人間はまず子供ということで躊躇する。相手が野郎なら女ということで躊躇する。私はしない。

「可愛き格好ぞすると、ワンチャン恋する可能性ぞあるのです」
「……おう?」
「あと視線誘導可能! ヒラヒラするスカートやマントは否応無きに目ぞ強奪する!」

 多少なりとも相手の集中力を削げる、というわけだ。
 だって私可愛いじゃん?

 転生してから美醜には気を使ったよ。
 美醜って生きる上で大事なこと。それに追随する妬みや嫉妬があるけど、私のことを何も知らない人間が最初に判断するのは外見からの情報。
 会話や人間関係の初っ端に繋がるならなぜそれを鍛え上げない。

 あと素肌すべすべの若さを今後継続したい所存です。

「そして最重要」
「大体読めたが」
「可愛き格好の美少女は被害者になるがやすき」

 喧嘩は売らない。どうにかして相手に売らせる。
 その場合『被害者』の立場ってとっても最高だよね。危険視されにくいし、被害者という立場につけば周囲の味方を付けられるのは私の方。

「と、いうわけで私がおっさんと喧嘩ぞするしたなれば私は被害者になるして世間を味方につけるです」

 そこんとこよろしく。

 私はバチコンとウィンクをすれば、おっさんため息を吐いて明後日を見た。
 ぷんぷん、なんだよ一体。

 体格も優れなくて筋力もあまりつかない性別に産まれた私が精一杯できる努力なんだぞ。
 筋力付くまで鍛えれば付く? 無茶を言ってはいけない。そういう努力は大嫌いだ。

「お前ってあれだよな」

 呆れた表情で見下ろすライアーが呟く。

「使えるかもと物を捨てずに置いといて物が増えまくるタイプだろ」
「ギクッ」

 ……私は目を逸らした。
 実家は荷物が多いから荷物置き専用の部屋まである。その、よくわからない貴族からの誕生日プレゼントとメッセージカードとか。いつか使えるだろうし。

「な、なにゆえ分かるした?」
「もしもとか少しの可能性にしがみつくやつが捨てられるわけねぇだろ」

 それなんだよ。もしかしたら使えるかもしれない。そうやってどんどん物が増えてく。……くっ、パパ上もう一部屋欲しいです!

「ま、そんなどうでもいいことは置いといて」
「どうでもよきこと。」
「コートかマントか、どっちでもいいから上に羽織るモンでもこだわっとけ」

 なるほど。
 ライアーの言い分にポンと納得する。

 中の服がしょぼくても見た目的にはほぼ変わらないもんね。なるほどなるほど。

「なればこの店で早速マントを」
「馬鹿かお前!」

 店に入ろうとしたら首根っこ引っ張られた。馬鹿とはなんだ馬鹿とは。

「この店はどう考えても商家や貴族向けの店だろうが」
「……私が商家の娘ぞ可能せ」「ねぇだろ無一文」

 食い気味で答えられた。
 ですよね。それは私も思う。

「……何やってんだ? お前」

 店の前でてんやわんやしていると、どうやらおっさんの知り合いらしい冒険者に声をかけられた。

「あーーー……。お前確か月組の」
「『ザ・ムーン』のオレゴ。誰が月組だ」
「じゃむーん?」

 ピョコリとライアーの体の陰から顔を出すといかにも仕事帰りといった姿がそこにあった。

「こいつらなんて月組でいいんだよ」
「おーう待て待て月組とかダサいだろ」

 ザ・ムーン。言い難い。ザって付けるの卑怯だと思う。舌が回らないって意味で。愛称みたいなものっぽいし月組って呼んどこ。

「ちゅき、ぐみ」
「え、お前その程度の呂律すら回らねぇの?」
「固有名詞は難易度ゴッド」
「……なんと言おうとしたのか分かってき始めた自分が嫌だ。難易度ゴッドじゃなくて難しい、な」
「難しいな!」

 ライアー先生のパーフェクト言語教室を開催していると月組の人は胸を抑えて蹲っていた。

「無理……俺もちゅき……」

 し、死んでる……!

 また私の魅力で人が死んでしまった。おっさんがお前のせいで話が進まないって心の中で思ってる気配を察知。
 目は口ほどに物を言うとは言うけど心の中で秘めておくことって必要だと思うんだ。そのお目目潰すぞ。

「それでザ・みゅー……月組って何事ぞ?」
「クランの名前だよ」
「あー。昨日言うすてた!」

 あの2人組と同じクランの人か。というかクランの名前ってザ・ムーンって言うんだ。変わったネーミングセンス。

「そ、それでライアー……。そんな可愛い天使と何を揉めてたんだ?」
「あーーー。……こいつ魔法職なんだけどよ、装備全く持ってねぇんだわ。それなのにまともな服も買おうとしねぇし……」

 ライアーの文句がブツブツと連ねられる。貴様は私の父親か。
 ……普通に道案内してくれるだけで良かったんだけどな。現役冒険者の意見はありがたいけど。

「え、杖とか補助具もなし?」
「そう」

 月組の人は顎に手を当てて考え込み始めた。

 え、普通じゃなかったかな?
 でもとりあえず私の頭に肘を置くのやめておっさん。

 すると月組の人は私を見据えて口を開いた。

「多分使ってない武器とか拠点にあるだろうけど……来てみるか?」
「喜んでーーー!」

 やけに嫌そうな顔したおっさんが気になった。

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