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冒険者編

第22話 その仮面、狐なり

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──カンカンカンカンッ


 朝と昼と夜に鳴らされる鐘が異常事態を知らせるようにけたたましく何度もなる。
 冒険者ギルドから出ると、ダクアは大パニックを起こしていた。

「クーバー! 状況は!?」
「俺、西の森に出てたんだよ。いつもと違って獣の姿が見えないからちょっと不審に思って。そしたらコマース方向から魔物がうじゃうじゃとやってきてさ!」
「魔物の心当たりは」
「正直言うと俺みたいなDランクが高ランク推奨魔物の種類を知るわけがねぇ! ……でも確実にワイバーンは居た」

 あっ。
 ここに来てすっかり頭から忘れていたけど、私もワイバーンに遭ってたんだった。

 心当たりあります。みたいな反応は表に出さずに心に封じ込める。責任問題になったら敵わない。あと昨日見つけたからそこまでタイムラグなんてないよね! うん。

 とにかくワイバーンだけじゃなくて他の見た事ない魔物がいるなら逃げなきゃ。コマースにいるならフォルシュに逃げ出すか。

「あー! グレン丁度良かった!」
「ラークス?」
「俺ちゃん見ちゃったーー! やべぇ! ファルシュ側からも来てる!」

 はい、お疲れ様でした。
 月組って確実に私に都合の悪い情報をもたらすよね。

 ……ダメじゃん!
 冷静に考えても地理すら危うい私じゃ逃げられないじゃん! 別に冷静ではない。

「まずいな……ギルド長は」
「居ませぬです!」

 ギルド職員の情報を持っている私が声を発する。

「ギルドマスター、今王都! サブマスのリリリリリさんは」
「誰だそれ」
「エルフのお姉さんは子爵の所ぞ行くした!」

 つまりリーダーシップ取れる人居ないってわけ。
 騎士団はあまり詳しくないけど、治安も良くて魔物の脅威も少ないダクアにレベルの高い騎士が居るとは思えない。あとぶっちゃけ騎士団が苦手。

「どうする……籠城したとしても高ランク推奨魔物の相手は出来ないし……そもそも街の人を避難したとしても避難場所が……東と西が両方ダメだと……ファルシュ領の援護を待つか……いや異常事態をまず知らせないと……」

 グレンさんがブツブツと対策を練っている。
 私、あまり詳しく知らないけど、逃げだしたらダメかな。

 私は箒をぎゅっと握りしめた。

「……! リィン、お前魔力が回復し次第領主の所に飛んで行ってこの事態を知らせろ」
「で、でもどこに」
「領主邸は首都と少し土地が離れている。北に5kmだ、箒でなら行け──」
「うわっ!」

 ドン、と人の流れに押されて体が持っていかれる。
 やばい、人に潰される。
 ギルドに駆け込んだり逃げる場所を探している人の大群に、私は溺れかけた。

「んぐっ!」
「一本釣りってな」

 伸びてきた手が私の服を掴み、裏路地に引っ張りこまれた。

「ライアー!?」
「よォお嬢ちゃん。川遊びするにはまだ早いぜ」

 荷物整理から逃げ出したライアーがそこに居た。
 何故かコソコソと隠れている姿に、訝しげな目を向けた。

「おっさん……」
「よく考えて見ろ。月組の奴らは絶対この件を何とかしようと奔走する」

 うん、そうだね。
 私は無言で頷いた。実際私もその歯車のひとつであるし。

「言っとくが、この街守るのなんざ絶対無理だ」
「……冷酷ですね」
「俺は死にたくないんでな。生きる確率の高い方を選択する」

 私だってそうだ。

 私たち貴族は生きなければならない。例え民を犠牲にしてでも。
 国の為、王の為、そして民の為に大より小を犠牲にする。

「お前、他人の為に動くタイプじゃないだろ」

 そんな綺麗事を心の中で並べて、私は笑顔を見せた。

「バレるした?」

 聖人君子? そんなことない。慈悲深い天使? そんなものはいない。
 私の性根は腐ってる。
 誰よりも自分が大事で、自分優先。私が盗賊を殺さなかったのは慈悲深いわけじゃない。頭金が増えるってのも理由だけど、それですら建前だ。

 私は、人の命を背負う責任が嫌だ。

 そんな責任感、要らない。だから私は人殺しをしないししたくない。殺さずに生き地獄に叩き落とす。


 まぁ、自分の命を死の危機に晒しても他人を助ける気はサラサラないが。

「生きなきゃ」

 それに死んだらぷぎゃあって嗤う堕天使の顔を拝み見る羽目になるかもしれない。

「生きる」

 絶対に生きる。私は死なない。

「んじゃここは手を組もうぜ。逃げるルートは南でいいだろ。トリアングロ方面で」

 北は確かに領主邸と重なるから戦線を無視して逃げ出すなら南が1番だろう。貴族ならともかく冒険者に国境は存在しないし。

「俺、魔法職には詳しくないけど。お前の魔力そろそろ切れるだろ。魔力を温存、そんで回復優先。走ることになるがそれで──」

 私はライアーの襟首を掴んで引き寄せた。

「おわっ!?」
「──ねぇライアー。コンビ、組まぬ?」

 街の外に出るには大人が必要。そしてライアーは魔法に詳しくないから、私の非常識魔法を遠慮なくぶっぱなせる。
 コンビネーションは最悪だけど、どちらかが動けば問題ない。逆に言えばどちらかが倒れても戦線を維持できる。ソロ冒険者コンビ。いいじゃない。都合がいい。

 目を合わせ続ける。
 多分貴方も都合がいいはず。

 ──だって、活動時間が一緒だし!!!

 ライアーは魔法の知識を、私は世界の知識を。お互いに教え合えるから、ある意味いいコンビになると思うんだ。私。

「は……。あ、いや、都合が……良いような悪いような……」
「結論」
「すぐに出さねぇといけねぇか!?」
「そうぞ! 今すぐに!」

 私がそう吠えると、ライアーは目を丸くした。
 そして私の襟首を掴んで引き寄せた。

「いいぜ、なってやるよ」

 真顔でそう返事をした。

 私はその瞬間ギルドの荷入れ場所に向かって走り出す。困惑した声を出したライアーが背中から聞こえる。

 そう、確か取得物の中に。

「おい、早いとこ逃げないと」
「これとこれで良きか」

 リーベさんの荷物から真っ白なマントを取り出し、今着てる服の上に着込む。
 それと盗賊の私物らしき物の中に仮面があったはず。あったあった。この趣味の悪そうな狐面。なんで狐なんだよ。猫とか犬よりはカッコイイかもしれないけど。

「お前何してんだ?」

 あぁ嫌だ。

「……でもこれが、1番確率高き」

 ──私は、仮面を着けた。

 マントのフードを深く被って、髪色すら見えないようにする。

 〝サイコキネシス〟

 私は靴に魔法を掛けて浮かび上がった。

「おい! お前魔力は…!」
「まだヘーキ、です!」

 ギルドの外に出て空へ。
 朝焼けが炎のように辺りを照らしている。本来なら朝の鐘が鳴り響く頃だろう。

「なら」

 地面にはザワザワと人の動きがある。屋根より高い位置に、東と西両方から現れるスタンピードが見える高さまで。


 ──空間魔法。
 〝サイコキネシス〟

 私は、触ったことのある地面・・・・・・・・・・を浮かび上がらせた。それも、沢山。

 ボコボコと地面から大岩が生えてくる。
 空に浮かぶ。浮かぶ。


 そしてまずは東からやってきた魔物の大群へ、降り注いだ。

 ここまで来たらアレンジ魔法、とも言える。
 名前は……疑似隕石。

 重力を纏った大岩はドドドドドドド、と勢いよく地面を殴る。血飛沫と土煙が激しくなり、地面はえぐれる。人災による堀みたいになった、かな。まぁ、範囲は狭いけど。それでも思いっきり削れた。
 街道も巻き添えになったけど小より大。援護も……んまあちょっと難しくなったけどね。

──クラッ

 いっっっっった!
 魔力の使い過ぎで頭痛と目眩が同時に襲ってきた。

 多分、東は大丈夫。広範囲攻撃で、多分殲滅出来た。もしダメだったとしても残っている魔物は体格の小さい魔物ばかりだろう。

 あーあ、こんな馬鹿ほど目立つような技使いたくなかったんだけどな。
 なんて、後悔を心の中で呟いてみる。


 あとは西。

 再びサイコキネシスで靴を操作し、西へ宙を駆け抜けた。


 世の中はこれをチートだと呼ぶのだろうか。でも、こんなハッタリ塗れの技。実際の隕石じゃないし、もしかしたら完全に潰れてないかも。ちゃんと実力をつけておくんだった。
 空間魔法の練習で魔力だけは豊富だから、魔力に任せた完全な力技。

 1人なら生き残れた。ライアーがいても多分2人なら余裕でこのスタンピードから逃げ出せた。

「でもっ、でも……!」

 私はこの2日を思い返す。昨晩のことを思い返す。
 人気がないのをいいことに、私は大声で叫んだ。

「──私は今すぐ寝たきッッッッ!」

 毎日9時間ぐっすり睡眠を取る私に徹夜が出来ると思うなよっ!

 ふふふ、ふふふふ……!
 今ならなんでも出来そうな気がする。

 火事場の馬鹿力と言うよりは眠さの限界突破。私はとても眠いのだ。眠くて眠くてたまらないのだ。ここで魔力を使い果たして意識飛んでも、絶対寝てやる。眠い。

 私はマントと仮面を脱ぎ捨てた。
 人前に出るわけじゃないからもう要らない。

「くらえ」

 〝ファイアストーム〟!

 リーベさんっていう人外で若干自信なくしたけど、普通なら魔物も倒せるはず。
 炎の台風は迫り来る魔物の大群にぶち当たった。

 大丈夫! 私の魔法なら高ランク推奨魔物でも通用する! それに大群って言っても空から見た限り西も南も10匹とかそういうレベルだったから!
 ……ワイバーンもいるけど。
 いるけどぉ!

 やっぱ怖い! 無理! ワイバーンってどうやって倒すの!?
 どこが弱点なのかも分からないし何をすれば怯むのか分からないし、そもそも魔法は効きにくいとか言ってた!

「死ぬまで殴るならば死ぬ!」

 魔力で叩く、ただそれだけ!
 策も何も無い私に出来る唯一の解決策。

 〝ウォーターボール〟

 森すら包み込む様などデカい水の玉は魔物達を包み込む。
 呼吸、してるのかすら分からないけど窒息を狙う。

 そして同時に水を媒体に魔石を探す。魔物は魔石が無くなれば死ぬんだったね。唯一の弱点だ。

「ッ!」

 殺気を感じて振り返ると私の目の前を刃が掠った。

「気付くのが遅せぇよ」

 ライアーの剣にはコウモリにも似た魔物が突き刺さっていた。その剣、刺突にも使えるんだ。

「シャドウバットか……。中々に厄介だが」

 ライアーは水の塊を見上げる。

「お前の魔力、どうなってんだ」
「くそ師匠のスパルタ教育ぞ賜物ですな!」

 エルフ族はもしかしたらろくな奴居ないのかもしれない。いや聖人君子は嫌いだけどさ。

「……でも正直、きつい」

 眠いし、クラクラする。
 ここまで来たら最後までやるしかないけど。

「俺をここまで引っ張り出してんだから最後までやり通せよ……でなきゃ俺の行動全部無意味になるからな」
「ハハッ、私とライアーは一蓮托生ぞ相棒。──ここまで来たら1人だけで逃がすかよ」
「最後が本音だな!!」

 水の塊から飛び出した魔物を、ライアーが叩く。ヘイトを向けられた私がいるから狙いは直線的。
 盗賊より魔物相手にする方が動きにくい。でも明確に殺意を向けることが出来る……!

 遠慮は無用!

「魔石発見!」

 私は水の塊の中で魔石を破壊していく。
 ライアーは間に合わず抜け出した魔物を殺していく。

 無限の殺戮が繰り広げられる。ライアーだけが前衛として動き回っているから、時々私に辿り着かれたりするけど、私は避けながら魔法を使う。
 早く、早く魔石を破壊しなきゃ……!
 水圧で魔石を潰していく。ウォーターボールの中にウォーターボールを生み出して破壊していく。
 ライアーも負けじと交戦する。私の集中力が途切れないように、篭手で殴りながら剣を振るう。

 まどろっこしいなぁ! ばぁか!



 ==========



「……ぜえ……ぜぇ」
「はぁー……はぁー……」

 1時間、くらいだろうか。
 ついに水の塊の中にも襲いかかって来る魔物もいなくなった。

 はぁー。長かった。
 辛すぎて途中キレ散らかしたよほんとに。

「よぉ……」

 フラフラのライアーが魔力切れで起き上がれない私に近付く。

「あーーー、もうダメだ。お前殺そうと思ったけど殺す気力ねぇわ」
「なにそれ」
「雨女とかっているだろ。多分お前そういう星の元に生まれてきた感じなんじゃねぇか。今回のスタンピードもお前のせいだなァ」
「そ、そんなことな……いと言いきれぬのがまた」

 ライアーはゴロンと私の横に倒れ込んだ。

「あーーー……ねみぃ」
「荷物整理から逃げ出すした貴様がどの口が……んで、どこに行くしてた?」
「街」
「でしょうねぇ!!!」

 私は拳を鳩尾に入れた。グェッ、と苦しそうな声がするけど多分気の所為。

「まあまあ、これやるから許せよ」

 ライアーは懐から青い紐を取り出した。あ、違う、これよく見たらリボンだ。

「なにです、これ」
「お前の髪に合うだろ」

 わっかりやすい機嫌取り。
 在り来りすぎて最早言葉も出ない。

 私は眠気がついに限界迎えて、おっさんの鳩尾に頭突きをかました。

「おぐっ、おま、お前なぁ」
「おやすむ」
「おいこら寝んな! お前運ぶの誰だと思って……」

 多分、今回の件は人災だったと思う。それが誰で何の目的なのか、今は何も分からない。分からないけど。

「ライアー寝心地悪き」
「文句言うなら起きろ!」

 なんだかんだ生きてる事は確かだった。
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