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閑話

第25話 苦難の達人

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「これは、ファルシュ辺境伯」

 貴族の爵位が上の者とは言え、突然の来訪。恐らく警備の兵士を振り切って私室に駆け込んできたのだろう。
 バタバタと足音が扉の外から聞こえる。

 ヴァルム・グリーン子爵はローク・ファルシュ辺境伯を見た。

 金の髪は先程来訪していたリリーフィアと似た色だが、貴族であるロークの方が細かな手入れをされている。
 緑がちらりと掠めるヘーゼルの瞳。そこにはヴァルムが映っている。

「如何しましたか」

 あまりにも無作法な訪問&内容に頭痛がしてくる。多分これ内容次第で胃痛も襲ってくるやつだな。
 ヴァルムは悲しい予想(確信に近いヤツ)を立てた。


「私の末娘がグリーン領にいる。多分迷惑はかけないだろうけど苦労はかけるだろうから先に謝っておこうと思ってね」
「……。」

 おっと危ない、危うく息が漏れる所であった。吐き出しかけたため息を必死に押し殺す。
 ロークは先程述べた言葉をもう一度伝えたが、残念ながらヴァルムには事の真相が1割も伝わらなかった。

「ファルシュ辺境伯の末娘殿、というと社交界に出れないほど繊細なお方であると聞いてはいますが」
「あ、それ全くの嘘だから」

 軽い調子でロークが言うもんだからヴァルムは普通に聞き間違いかと思った。最近の得意技は聞き間違い(聞き間違いでは無い)だろう。
 『深窓の令嬢』という肩書き。実はその名の通り箱入り娘with親バカのことでは無い。いや、一部あるのだろうが、本当の所『表に出すには欠陥がある』か『デビューの時期を敢えてずらした隠し玉』か、のどちらかである場合が多い。


 ファルシュ辺境伯は中々やる男だ。

 グリーン領地から魔物を追い払った約20年前。そして辺境伯として隣国からの圧力をその領1つで耐え抜く『戦に特化した面』。
 クアドラード王国の元宮廷魔法師。かつて悪魔の所業と恐れられた学園のクーデター先導者。その時に出来た爆発の跡は今もまだ学園内に残っていると聞く『魔法に特化した面』
 そして今の状態からは考えられないが、社交界に一歩足を踏み入れれば、既にこの男の手中にあると言っても過言ではない。砕けた口調ならば警戒する必要は無い(後ろめたいことがなければ限定でだ)が、貴族としての仮面を被れば敵わない。『貴族に特化した面』

 完璧すぎて妬みすら湧いてこない。
 妬んでも自分が惨めになるだけだろう。こういう完璧チョージンには諦めた方が楽だ。人に流されるのは良くないが人に流された先でしか見えない景色もある。前向きに行こう。

「うちの末娘結構やんちゃでね……。多分問題起こすと思うから覚悟だけ決めといて欲しいかな。本人に害がない限りは主導的に動こうとしないから無害っちゃ無害だけど」

 人に流されるのやっちゃあかん気がしてきた。だって貴族だから。貴族って責任がのしかかってくるタイプだから。

「不躾ながら質問が」
「うん? 不躾も何も無礼なのは私の方だからなんでも聞いてくれないかな」
「……そのお嬢さん、八つ当たりするタイプとかじゃないですかね」

 自分に害が無い場合大人しいだけで、どこでどう巡り巡って有害判断を下されるか分からない。
 多分、社会的に『正義』という盾を手に入れた場合、自分に害が無くてもストレス発散でやっちゃうタイプじゃなかろうか。

 ロークはニコリと微笑んだ。
 あっ、分かりました。

 貴族は他人に流されちゃ行けないことがよく分かりました。

 ヴァルム・グリーン子爵。御歳52歳。まだまだこれからだと思っているが年寄りには優しくして欲しいと思っている。

「あ、辺境伯」
「ん?」
「ここに来る途中、隕石を見ませんでしたかね」
「隕石……ねぇ……」

 ロークは顎に手を当ててふむと考える。おかしい。胃がキリキリする。いや、状況を考えれば胃痛がするのはおかしくないのだが。

 独り言に近い音量で、ロークはボソリと考察を口に出す。

「アレは隕石というより、スタンピードを食い止める人工的な攻撃魔法だったと思うけど……」
「スッ、スタンピード!?」

 なんでそういう事を早く言わないかなこの童顔は!?

 ヴァルムは憤慨した。グリーン領地の滅多にない天災よりも娘の人災忠告の方が大事だと言うのか。
 ──正解だ。

「とまぁ、忠告はしたから私は帰るよ」
「は、あ、えぇ。道中お気を付けて」

 ここで他領の、しかも領主個人を頼るのはお門違いだ。というか貴族的に『その地を納める資格無し』と言っている様なもんだ。
 『魔物の天敵』を引き止める術も見つからず、ヴァルムは背を見送ろうとした。

 しかしくるりとロークが振り返る。

「そういえば私の私兵団を訓練させたいのだけど」
「えっ、あ、はい?」
「我が領は知っての通り防壁があるしそこまで広い土地という訳でもない。どうだろう、土地の使用料を払うのでそちらの領地を貸して頂きたいのです」

 ……!
 ヴァルムは震える手を必死に押さえ込んで。胸に手を当て、頭を下げた。

「ええもちろんです。それと使用料も、ありがたくちょうだいします」

 言葉は許可を与える者の言葉だ。しかし体で感謝を伝える。

 ロークは『私兵で魔物の駆除をし、復興資金を与える』と言ってくれたのだ。正直、ファルシュ辺境伯領はクアドラード王国の防衛領。軍事費が国から与えられているが、土地の特性上、内政として税金を得る量はどこの領地よりも少ない。もちろん、農耕が発展しているグリーン領よりも。

 まあ、ただし言葉の裏は分かっている。

「お嬢さんの動向も出来る限り気を配ると約束しましょう」
「あぁ、助かるよ。私の娘は恐らくリィンと名乗っている」

 善意だけで行動するようなら『辺境伯』と名乗れるわけが無いよね。年の功と言うべきか。ヴァルムはロークの思考がはっきりわかってしまう。
 『こんだけ手を貸したんだから娘の事は目を瞑ってくれよ?』と言外に、だがバッシバシと伝えてきている。

 もし視線が可視化出来るなら今頃自分の体は矢印に突き刺されまくっている所だろう。

「それじゃあ私はこれで。今度こそ失礼するよ」

 ニコリと笑顔を浮かべて、ロークは去って行く。
 まるで嵐の様だ。

「はぁ~~~~~~~~…………」

 ヴァルムは精神的拾うから机に手を着いて深いため息を吐く。
 執事がスッ、と紅茶を差し出した。

「しかしまぁ、あのローク・ファルシュが」

 優しい瞳を浮かべれるものだ。

「と、仰りますと」
「その末娘の令嬢が生まれる前か。丁度その頃か。もしくはその後か。あの方はもっと……もっと……」

 ──獣の様だった。

「彼を人間にしたのは誰だろうね」

 グイッと紅茶を一口で飲み干した。
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