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王都編上

第63話 平和なスタート災厄の序章

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「基礎だけでいい」

 エルフの師匠。通称フェヒ爺が攻撃魔法を覚える私にそう言った。

「フェヒ爺」
「フェヒ爺じゃない。俺の名前はフェ──」
「そこに存在する理由は私に土石流が如く不要故に」
「……なんて?」

 何となく雰囲気で分かる赤子期の言語と違い自立(物理)して言語を学んだ不思議語第二形態の方が伝わらない謎に直面するよね。毎日。

「言語、不自由、許すして?」
「嫌だが?」
「チッ……クソボケゲロ野郎が」
「急に流暢」

 フェヒ爺はため息を吐きながら説明をかさねた。

「お前の武器は空間魔法だ。空間魔法は他と違い応用が効かん」
「ふむふむ」

 後に『触れた無機物→触ったことある無機物』のサイコキネシス条件変更を怠惰が故に成功させた私に向かって『お前なんで空間魔法アレンジ出来んだ!?』と叫び散らかすフェヒ爺は腕を組んで告げる。

「攻撃魔法の地水火風は応用がきく」
「おーよー」
「〝ファイアボール〟」

 ビッ! と思わず反射的にマジックシールドを貼った私は悪くないと思う。

 フェヒ爺のファイアボールはゆらゆらと形を変え、ギュッと凝縮されたかと思うと、矢の形になった。
 物理的な存在では無いのに形が変わるとはこれ如何に。化学に謝れ。

「と、言うように。ドバッとやりゃどうとでもなる」
「どびゃん」
「もちろん中には根本から違う属性魔法もあるが……そこを突き詰める必要はねぇだろ」

 そんなことを言いながらフェヒ爺は私に向かって魔法を投げた。
 投げるな! マジックシールドを突き破るな!

 めちゃくちゃ必死に避けました。

「基礎さえ学べばあとはてめぇの力量次第。お前にはその力量があると踏んだ」

 とは、空間魔法の基礎アイテムボックスを教えなかった師のありがたーいお言葉。
 1回でいいから、お願いします1回でいいから無様に死に晒せ。

「とにかく、まず水魔法を覚えろ。なんで防御魔法を先に覚えたんだ」

 お前がバカスカ魔法をぶつけてくるからだよクソジジイ。
 そう思いながらも渋々ウォーターボールの習得に励む。魔力という物の動かし方は分かってきたけれど、それをどうやって水にするのかが全く持って分からない。

 魔力を水に変換するのか、それとも空気中にある水素を結合させ水にするのか。そもそも魔力なんてものでそういう操作が出来るのか。
 化学の理論を知っていればいるほどよく分からなくなる。
 転生前の知識が憎いと思ったよね。

「何故お水ちゃんぞ?」

 なんでもかんでも、フェヒ爺が言うのは『水』だ。
 フェヒ爺は『水起源説』と簡単に答えた。

「生命は水から生まれた。この星は水から生まれた。ンなこと言われてる魔法に置ける四元素の一説だよ。──つっても人によっちゃ火から生まれたとか大地から生まれたとかあるが」

 それ結局答えになってないじゃん。

「説明ぞぶつ切り雑味」
「今のは分かった。てめぇ大雑把だっていいたいのか?」

 イグザクトリー。私はグッ、と親指を立てた。水をぶちまけられた。げせぬ。

「だがな、そんなのは建前だ。風は気体で火はプラズマ、地は固体で水は液体だ」

 ピキッ、と水が凍った。

「水は固体にも気体にもなれる」


 あぁ、氷と水蒸気。

「扱う上でこれ以上面白い魔法はねーだろ」


 ==========


「よく分かるすた。絶対に、ぜーーーーったいに、トリアングロには絶対に関わらぬという事が」

 クアドラード王国王都スィリディーナ。
 王都の名前は今後発音できる気がしないので常に王都呼びで行こうと心に誓った。

 検問の為に幌馬車が停められている。

 その馬車の中で白髪しらが野郎を締め上げながらそう言った。

「ちょっと待ってちょーだい黒マント待ってオラ締まっちゃならないところが締まってる気が済んだけど」
「気の所為」
「気の所為かー。んなら仕方ないにゃあ!」

 何が面白いのか、道中散々私で遊びやがった。
 白蛇シュランゲを撃破したのが興味を引かせてしまったんだろう。やだ私ったらモテモテ。ぶち転がすぞ。

 リボンで宙吊りにされた時は本当にびびったし、野営中にタイミングが被った時はフラフラーとどっか行って魔物引っ掛けてくるし、おかげで私1人で対処する羽目になったし、拘束するためにロックウォールの応用編を開発したし。

 ロックウォール檻バージョン。棒状に凝縮させたロックウォールを円を描く様に斜めにした状態で生やした……。円錐みたいな檻だ。ロックウォールは流石に曲げれなかった。

「はは、だよなぁ」

 ペインが苦笑いを浮かべた。

「ウチかて嫌やで。トリアングロに関わるの」

 前に続く馬車は商会や冒険者ばかり。
 さて、検問がどういったものか分からないし私以外王都に来たことある、というか住んでいたらしいし。

 ……まあ身分証明書がギルドカードだし、いざとなれば本名出せばどうとでもなるか。証明出来るもの、何も無いけど。

「──次、そこの幌馬車」

 御者をしているラウトさんに声がかかった。

 幌馬車の中からひょこっと顔を出せば検問の騎士達が中を確認しに来た。

「……荷物が少ないな」
「アイテムボックス持ちがいるから」
「なるほど」

 1人がそう言えばペインが答える。騎士は屯所に戻って行った。

「アイテムボックス、まずき?」
「いやぁ? 使える商会とかよくあるって聞くし、違法なら教えられねぇだろ」

 教え手がクアドラードのサブマスなら尚更安心か。

「黄の騎士団やね」
「黄の、騎士団?」

 あまり聞き覚えがなくて首を傾げるとサーチさんはぎょっとした。

「えっ、知らへん? って、あー。そやった、リィン地方出身やんな。そら知らへんか」
「1人で納得せずに教えるすて欲しいですー!」
「おっとすまんすまん。騎士団は4つ部隊があんねん。地水火風にちなんで、黄、青、赤、緑」
「つっても活動内容が違うとかじゃないぜ? 普通に部類分け。まぁ、魔法使える騎士はそれぞれに偏りがちだけど……。騎士で魔法使えるやつが1属性しか使えません、じゃお話にならないからな」

 たしかに。
 私でも攻撃魔法は基礎だけだけど4種類使えるもん。


 すると先程の騎士が1人の騎士を連れて戻ってきた。

「小隊長、この馬車です」
「あぁ。──すまないがアイテムボックス持ちの冒険者は魔力登録を……」
「やっほー小隊長サン」

 ニッコー! と楽しそうな笑顔でペインが手を振った。

「ッッッ!??!?? へ、あ、はぁ!? ペ、ペイン!?」
「ナイスリアクション」
「おー、小隊長のおっちゃんやん。久しぶりー!」
「おま、お前らどこいってたんだ!」

 知り合いかな。知り合いだよなぁ。
 ペインに答えを求める目を向ければ、気付いて口を開いた。

「黄の騎士団の検問担当のおっちゃん。俺たち王都出身だし、まぁ、顔見知りみたいな?」

 話題の小隊長は頭を抱えていた。

 ねぇ、本当に顔見知りか?

「小隊長さんお仕事しないのかしら?」
「……は! そ、そうだった! えっとお前らアイテムボックス持ってなかったよな」
「持ってるのはこっちの可愛い子よ」

 リーヴルさんの紹介で私が前に出る。

「私とそっちのおっさんぞコンビです。あと私が魔法職」
「あぁ、じゃあこの水晶に魔力を込めてくれ」

 なんだろうこの水晶。

「魔力込めすぎて破壊するとかベタなことすんなよー」
「しませぬ!」

 揶揄うペインの声にムカッとなる。魔力操作くらいできますから!

「じゃあそっちの冒険者は先にギルドカードの提示を」
「おー」

 私は水晶に手をかざして魔力を込め始めた。むむむっ。どこまで込めればいいのか分からない。
 ファイアボール位の量だと少ないかな……。

──ピシッ

 音のなったタイミングで慌てて魔力を止める。

「……誰がベタなことしませぬ、だっけか?」
「むぎぃ」
「気にすんな嬢ちゃん。アイツも破壊の限りを尽くした」
「ばっ、やめろよ小隊長!」

 別に疑ってたわけじゃないけど本当にペイン達は王都出身なんだな。
 ついでに先回りしてギルドカードも渡しておく。

「お、ありがとな。Fランクか、いいパーティーに恵まれたな」
「「パーティーじゃない」」

 思わず私とペインが声を揃えた。

 元鶴のいるパーティーなんて真っ平御免だね。

「リィンとライアーは、お互いFランクコンビ。俺がこいつらを吸収することは……まあ出来れば欲しいけど……クライシスがいる限り無理だろうし……多分永劫有り得ない」
「Fランクコンビ。この冒険者もか」
「あぁ」

 小隊長の疑問に軽い調子でライアーも答えた。
 ライアーのギルドカードを小隊長も見る。武器を見て、体を見て、そしてギュッと眉に力を入れた。

「……絶対わざとFランクにいる人間だろ」
「正解」

 やっぱり見た目だけだと戦闘も出来る冒険者だろうね。

「まぁ、ペインの連れなら大丈夫か」
「多分な」
「多分って……。ま、元気そう安心し……ま、うん、良かった」

 安心したとは言わないのか。
 ペインは苦笑いを浮かべた。

「良かったなー小隊長。オレら暫くいるからリーヴルとも会えるぜー」
「…………ペイン」
「あらあらあらあら」

 ボソッと呟いた言葉に顔を真っ赤にして汗を流す小隊長。ペロッ、これはラブの味。

 思わず手を当てた。

「一応いつもと同じ宿使ってっから、よろしくな」
「……やりずらいったらありゃしねぇ」

「それじゃあ行くぞ、いいな小隊長」
「あぁ、ラウト。お前らパーティーはギルドカード今更だな……。アイテムボックスの嬢ちゃんは危険物持ち込んでねぇよな?」
「一応、俺の目を見て言っとこうぜ。そしたら小隊長も安心する」
「「……!」」

 私と小隊長が同時に驚く。
 多分お互いの心情は一緒だろう。

 ──コイツ、ペインの魔法を知ってんのか……!

「危険物の持ち込みはしてませぬよ」
「ん」

 ペインの青い目が細められる。
 ホッ、と小隊長が息を吐いた。

「よし、行ってよし」

 その言葉と共に馬車が走り出す。小隊長は私たちを見送るように敬礼をしていた。

「あ、そうだリィン」
「ん?」
「感知してもシールド張るなよ」

──ピリッ

「ッッッ!」

 門を潜ると肌を撫でる魔力を察知した。瞬間的に張ろうとしたけど、ペインの言葉を思い出して張るのを止める。

「うっ、えぇ、気持ち悪き」
「お前まじか。気持ち悪くなれるくらいには魔力感知出来るのか」

 門を潜るその一瞬だけだけど、吐き気を催す程の魔力の波。
 なんというか、内臓を無理矢理引っ掻き回される気分だ。心臓が悲鳴を上げる。

「今のは……?」
「魔力を感知する魔法。魔法が使えなくても人間魔力を帯びてるだろ? その魔力は個人によってバラバラだから、王都の門を、城壁を潜った魔力を登録するんだ」

 えーっと。
 ……指紋認証、みたいな?

「多分お前がアイテムボックス持ちでさっき登録したから、ログの中に名前も刻まれるんじゃないかな……」

 その説明に何となく理解する。

 王都のどこかに魔力の通行記録を観測する何かがあり、王都を出る時と入る時、記録がされていく。ゲスト入力みたいな。
 そしてそれを見比べればそのゲストがどこでどんな風に王都を出入りするのか分かるって事ね。

 重要人物は魔力に名前を登録していて、王都では私がいつどこで王都を出入りしたのか分かるってこと。


 うーん。
 そこはかとなく、前世で言うゲームとかの入退出ログみたいな感じがする。
 それを魔法でどうにかするってところがすごいよね。

「あ、夜中に抜け出した人間も分かるということ」
「そ。その魔力が王都に入ったタイミングとか調べればどっかの検問で名前を覚えてるやつがいるかもしれないし」

 犯罪を防ぐ、もしくは再犯防止、指名手配に重宝するやつだ。
 どうやって作ってんだろう。

「ちなみにこれも原理作ったのは元宮廷相談役」
「…………詳しいな」

 ライアーが漏らした感想に対して、ペインはそっと目を逸らした。

「その仕組みのせいで、小隊長のおっちゃんに目ぇつけられました」
「とんだ悪ガキじゃねーか」

 国の要。王都。
 油断ならないなぁ。

 私がトリアングロの敵兵だったら王都で中々動けない。多分穴はあるだろうけど。

 あと冒険者大会で人が多いのか。

「宿はどうする?」
「ライアー、何かある?」
「んぁ? あー、俺が前使ってた所はちょっとな……。お前らオススメあるか?」
「あら、同じところでいいんじゃない? 合同パーティーは王都までだけど、宿まで別にして避けることはないでしょ?」

 んじゃライアーも良いならそこにしようかな。私はどうせ詳しくないし。

「あ、言い忘れてた」

 ペインは誇らしげな笑顔で言った。



「──ようこそ、クアドラード王都へ!」

 初めての王都に、気持ち悪さも忘れて心躍らせた。

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