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閑話

第62話 ある種の緊縛プレイ

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 先程の話を聞いてグルージャはいてもたっても居られず、中庭にやってきていた。
 中庭といえど城から中庭を覗く為の窓はない。中庭に行く為には、唯一の扉と、空しかあるまい。

 監獄だとも思った。


「グルージャです。中に」
「はっ」


 扉の前で警護している兵に名前を告げる。さすがに城内の兵は幹部の顔も名前も覚えており、簡潔な挨拶だけで中に入ることを許されたようだ。

 見張り。

 それは、中庭に人間を入れないためか、中庭からエルフを出さないためか。


 グルージャにはよく分からなかった。考えるのを放棄したとも言う。

「中からの声は聞こえません。きっかり10分後にもう一度開きますので」

 欠陥建築じゃねーか。
 見張りが2人係で重たい扉を引くと、ギギギという不愉快な音を立てて開かれた。


 緑。

 赤。黄。緑。緑。緑。緑。緑緑緑。

「……うっわ」

 瞬間的に入ってきた視界の情報に思わず気持ち悪くなる。
 そこにあったのは圧倒的な緑の暴力。

 狂いそうなほど。いや、確実に発狂してしまう量の植物が地面から、壁から、空から、気持ち悪いほど密集した空間だった。作画コストを考えろ。

 植物一つ一つは綺麗で何らおかしい所が無いのに、密集した空間がこんなにも吐き気を催すものだとは。
 ヒーリング効果が振り切りすぎて投げ飛ばされた気持ちでいっぱいだ。

 思わずその1歩を踏み出しそこねたグルージャだったが、痺れを切らした見張りがその背を押した。

「うわっ!?」

 バランスを崩し中庭の植物に倒れ込んだグルージャ。
 見張りの兵は『早く視界を防ぎたい』と言わんばかりの表情で扉を素早く閉めていた。

 仮にも上司に向かってそんなことするか? 流石のグルージャも怒った。怒ったが、自分がそのポジションなら無意味に直視したくない。

「というか……」

 グルージャは自分を眺める。
 足が地面に付いてない。

 感覚を言うならツツジの植え込みに倒れ込んだような。高いところから落ちて木に引っかかったような。身動きは取れるけど決定的な行動が取れない。
 顔の近くには植物があり、人が動くスペースを考えてないように思う。

 間違いなく言えることは『庭』では無い。大麻を育てていてももっと空間がある。

 一面緑ならまだしも所々普通に花が咲いているから情緒が大変なことになる。そこでちょっとまともぶるな。外観を気にするな。

 植物を育てるには不足している光源。
 水を得て、土の中の栄養分を吸い上げて、光合成をする。

 植物としての必要な定義が全て失われたような生命の冒涜。


 うん、植物の海だ。しかも海上ではなく海中の方。


「どー……しよ」

 植物の海は泳ぐこともままならない。
 グルージャが考え込んでいると、植物がざわめいた。SAN減少待ったナシだ。


 伸びてくる蔦。
 体に巻きついて来る。

 グルージャは悟ったよね、あ、俺締められ役かぁ、と。
 蛇に然り海蛇に然り。運が悪い。


「──誰?」

 凛とした声。
 植物はグルージャを声の主へと送り届けた。

「……わ」

 中庭の中心にあったのは光だった。
 大きな塔の様な人工物。植物だらけのこの空間とあまりにもミスマッチ。

 だがその周辺には太陽の光が降り注いでいた。愛おしい太陽の光だ。

 そしてその空間に、エルフが居た。

「グルージャです」
「……グルージャ。あぁ、この国の動物か」

 茶色に近いオレンジの長い髪をまとめることなく流している。シルクのような煌めく髪に、場違いにも『手入れ大変そうだな』とか思ってしまった。
 長年伸ばし続けて来たであろう髪は地面に垂れ、こんもりと山を作っていた。

 植物の影の様な碧玉の瞳がグルージャを見つめる。

「何の用」

 簡潔に告げられた『事務的なやり取りしかしません』というアピール。

 グルージャは苦笑いを浮かべながら話をした。

「1年程前にグルージャの席に着きました。ブレイブ・グルージャです。まだ挨拶に伺ってなかったので参りました。トリアングロを支える魔導具を管理している貴方に会えて光栄です」
「世辞は要らないよ」

 嫌悪を滲ませた表情でエルフはため息を吐く。

「僕の名はルシアフォール。勘違いしているようだから言っておくが、僕はお前らのままごとのお仲間なんかじゃない」
「……どういう、事でしょう」
「馬鹿なのか、それともお前らの種族は皆そうなのか」

 頭が痛いと言った様子で眉間に手を当て、更にため息を吐く。

「僕はお前らが嫌いだ。特にお前らの種族が魔法を使うのが嫌いだ。とても嫌いだ。魔法はエルフや魔族の物だ。だから魔法を使わせないこの国に居て、魔法国家なんて呼ばれてる国を滅ぼすことに賛成しているだけ」

 あぁなるほど。
 だから王は利害が一致してるから、と言ったのか。

 グルージャはエルフに会ったことがない。魔法排除的な軍事国家に、エルフはほとんどいない。
 居るのは目の前のエルフの様に、極端なほど『魔法を使う人間が嫌い』な場合くらいだ。

「ル族というのは、この国に居るエルフの家系ですか?」
「お前本当に何も知らないんだな。そうだよ、僕らの一族……その顔じゃ五大名家と三大流派も知らなそうだな」

 初耳だ。

 『勉強熱心なグルージャはとても興味があるのですが』、みたいな顔してルシアフォールをじっと見ていると、とても嫌そうな顔をしながら口を開いた。

 どうせ10分経てば居なくなるし、10分経たなきゃ居なくならないのだから。

「僕らル族の他に、ラ族、リ族、レ族、ロ族の家系がある。もちろん他にも名前はあるけど、古代から続いている家系はこの五つだ。それと流派は名前の後ろに付いてるやつで……。フォール、フィア、ファジー。エルフは大体がこの3つの流派で魔法を習う」
「魔法には詳しく無いので失礼な質問でしたら申し訳ないですが」
「失礼だと思うならしないで」
「この魔導具もルシアフォールさんが魔法で維持してるんでしょうか」

 しないでと言ったのに。と、ルシアフォールが睨みつける。胃は痛むが、胃よりも情報と知識を手に入れる方を優先するグルージャは何処吹く風だ。
 エルフに好かれようが嫌われようがどうでもいい。

 胃は痛むが。(2回目)

「そうだよ。エルフは精霊を通していくらでも魔法を使える。だから精霊が集いやすいようにこうやって植物で囲っているんだ」

 囲っていると言うにはちょっと多すぎる気がする。囲うだなんて生易しい言葉ではなくて埋め尽くすとか過密感を表せばいいのに。とても密です。

「……お前、余計なこと考えると顎に手を当てるな」
「魔法でしょうか」
「純粋たる観察力だばーか」

 べーっと舌を出しながら中指を立てるルシアフォールに、グルージャはとてもイラッとした。そりゃもう普通にイラッとした。
 エルフは長寿種だと聞くが普通に年下のガキンチョ相手にしてる気持ちだった。具体的には弟。

「さっさと帰れ。扉の前で待機してろ」
「うわっ!」

 ルシアフォールが何かを呟けば再び植物は命を咲かせた。
 触手のように蔦がグルージャを絡めとる。

「赤ん坊相手に付き合ってられない。ママのところに帰れよ」
「ママは空の上だよばーか!」
「子供か」

 てめぇの方が子供じゃろがい。

 あぁ、でも。
 グルージャは思った。

 これは魔法を嫌うトリアングロの人間だからこの程度で済んでいるのか、と。

 魔法に興味を持たなくて良かった。魔法が嫌いでよかった。

 ──この男を敵に回すのは、骨が折れる所の話じゃない。

 実際この男が作成した魔導具は厄介だ。

 『魔封じの弾丸』『魔寄せの魔導具』そして何より、この国の特徴となる『魔法妨害魔導具』


 この国の人間が魔法を使えないのは、この場に存在する巨大な魔導具が国全体を包み込み、魔封じをしているのだ。
 その余波で、魔物も存在しない。本能的に『この国に居るのはまずい』と思っているからだろう。魔物被害がないのはいいことだが、魔石集めには一苦労する。

「あぁそうだ」

 笑顔でエルフが告げる。

「あの召喚された人間。シラヌイ・カナエが逃げたよ」
「ッ!?」

 ルシアフォールが精霊を伝ってやってきた情報を口に出す。

「暇潰しにはなったからね。これでもう僕に関わるなよ」

 魔法妨害魔導具の中で魔法が使えるのは、精霊を通して魔法を使うエルフと、自然の中から魔力を集めて使う魔族くらいな物だ。

 その魔法という存在を前にグルージャはあまりにも無力だった。

「──人間を、俺たちトリアングロを舐めるなよ」

 でも、魔法に屈したりはしない。グルージャは人であるから。別にこのエルフとトリアングロが敵対している訳では無いが、ナチュラルに人を見下すその姿は、吐き気を催す。

 そんな赤子の心情には欠片も興味無いと言わんばかりの素振りでルシアフォールは手をひとかきする。するとグルージャは緑に溺れて行った。

 人から魔法を排除せよ。
 魔法妨害魔導具の、正式名称は────
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