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王都編下

第99話 いつかきっと

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「第2王子殿下」

 1番嫌いな呼ばれ方をされ振り返ると第1戦目で競い合った男が居た。


 第2王子、エンバーゲール。
 金の髪に青い瞳。王妃の第二子。王の血を色濃く継いだ男だ。魔よりも武を好み、優柔不断を嫌う。

 クアドラード王国にしては珍しいタイプであった。

 エンバーゲールは王子に生まれて別に悲しくも嬉しくもなかった。ただ、第2位だとずっと決められた生活は楽しくなかった。
 だがエンバーゲールは序列でいえば圧倒的に上である。第4王子と馬鹿にされ続ける弟は可哀想だと思った。同情しているとか施しを与えたい訳では無いが、何かと構っていたのはその弟だろう。父親が同じなばかりに比べられる弟。
 王太子殿下、つまりは兄と比べられる自分に重ねて。

 この序列は一生変わらないし狂わない。だから味方で居てあげたいと不器用な愛情を注いだ。

 エンバーゲールはこの国に生まれて良かったと思ったことは無い。それは民のせいではなく、国の政治のせいである。

 この国には問題が多い。魔族差別、獣人蔑視、魔物の崇拝組織。
 差別や考えを真の意味で改めることは不可能なのかもしれない。だが、この国の対応はおざなりだ。

 エンバーゲールは何度も進言した。『差別問題を法で取り締まるべきた』『魔神崇拝は危険な思想だから捌くべきだ』『この前も組織が冒険者と揉め事を起こしたじゃないか、彼らの生活を奪うつもりか』と何度も。何度も何度も。

 王になりたいわけではない。
 でも王族として生まれたからにはその務めを果たさなければならないだろうと。

 この国は、個人の思想に自由だ。個人主義とも言える。
 だけどその個人が集まり集団となり個人を脅かすのは違うだろうと。

 なぜ野放しにするのか。
 なぜ脅かす側を擁護するのか。

 まあ擁護と言うのは少々過剰だが、それでもこの国に魔族と獣人が少ないのが国のあり方を写している。

 国王の反応を見れば何か理由があるのは分かる。彼は弱者に優しい王だ。だから差別される側も苦しみを負う側も、王の政策に救われている。
 望むものには援助を与えた。弱きは悪では無い、と。王の口癖の様なものだ。

 そんなお優しい政策はその場しのぎでしかない!

 王は魔物の被害にあった人間に住まいを与え傷を癒しても、その魔物を討伐しないのと同じではないか!



「──秘密を知りたくないですか」

 エンバーゲールの心の叫びは誰にも漏らせなかった。反逆罪と取られてもおかしくない。だから、その言葉にぴくりと反応してしまった。

「……何?」
「お教えしましょう、王子よ。この世界に存在する、秘密を」


 男の口から語られた言葉に呆然とした。
 

「……そんな…………だから……」
「……お時間ですね、護衛がお待ちです」
「待て! お前は一体何者なんだ!」

「もし、現状を変えたいのでしたら。我々と共に。お返事は明日の第2戦目の後にお伺いします。今までの地位も名誉も全て捨てても変えたい今があるのでしたら歓迎いたします」


 エンバーゲールは眠れない程の葛藤を余儀なくされた。






「おいべナード、国民には手を出すなと言っていたが」

 彼の出した結論は、ご覧の通りだった。

「もちろん、お約束通り国民には手を出してませんよ」

 第2王子と約束した期間は短いとはいえど、べナードは律儀に約束を守っていた。手を出さない代わりに口を出さないという約束を交わさせてが。


 ……というかまあそもそも手を出してはないが。
 べナードとて軍人。国民など戦争に関係の無い人間には手を出すつもりは無かった。さらに言えばべナードは元々早めにバレる予定だったので撤退準備は進めてあった。

 こんな見るからに胡散臭くて怪しいのに最後まで残るのおかしくないだろうか。

「無論あの者に関しても言っている」

 エンバーゲールが忠告したのはライアーのことであった。ライアーのことを言っているとわかったべナードはニコリと笑みを深める。

「えぇえぇ承知してますとも。ですが再戦までの契約ですよね」
「……」

 思わず黙り込む。
 べナードは更に笑みを深めることになった。

「しかしま、愉快でしたね。あの男、全ての質問に無言で返しやがった」
「性格の悪いことだ。コンビを人質にとっておきながら」
「そういえばご存知で?」
「ライアーとリィンだろ。もちろん知っているとも」

 べナードは冒険者大会に出場した。あまり集中出来たとは言えないが、覚えている。出場者は特に。

「『そんなに相方が大事ですか』と聞いただけなんですがね。すごく睨まれましたよ。あれは完全に人を殺す目。そんなに質問気に食わなかったかあの男……」

 ぶつくさ文句を呟く。
 2人の足は王城へと進められていた。


 リィンを生かした理由は単にエンバーゲールとの約束があったからだ。

 ライアーと交わした約束なんざ知ったこっちゃない。そんなものは最初から存在しないし別に嘘をついてはいけないなんてルールはこの世に存在しない。

「(まぁいい。あの男にはまだ仕事が残っている)」

 ライアーは消す予定だ。それに関しては変わらない。奇跡でも起きない限り覆されない。
 あの男は非常に合理的な存在だ。効率的で要領がよく無駄を嫌う。だからこそ、奇跡は起きない。

「……そろそろ来るか」
「何がだ?」

 べナードがぽつりと口に出すとエンバーゲールが耳ざとく反応を示した。


 クアドラード王国には6人の幹部が潜んでいる。

 鹿、べナード。
 白蛇、シュランゲ。
 狐、ルナール。
 猿、シンミア。
 梟、グーフォ。
 亀、シルトクレーテ。

 シュランゲとシルトクレーテが自由の効かない身となってしまったが、まあ当初の予定ではべナードが疑いの目を集中させる予定だったのだ。
 本当になんで最後までバレなかったのか疑問も疑問だ。

 あまりにも胡散臭くて逆に疑われなかった、だなんて真実。べナードはまだ知らない。


 王都に居る幹部は全部で4人。
 1人はシュランゲ。ただし奴隷身分の為待機だ。そしてもう1人はグーフォ。こちらもまた、青の騎士団に潜入中の為出番はまだだ。


 つまりこれから第2王子様と共に行う再戦宣言。エンバーゲールの中では革命とも言える。

 その場に、狐のルナールも来るということ。

「はぁ、あのクレイジーサイコの存在があちらの手にあるのは知っていたが、持ってる情報が少ないのが救いだったな」
「クレイジー……?」

 なんでそんな爆弾抱えているんだとばかりにエンバーゲールは宇宙を背負う。


 そんな中、2人の元に1人の男が現れた。

「遅い」
「はぁ……」
「おいこら待てなんで私が遅れたみたいな反応をするんだ。その目をやめろお前は! 目で語るな口で喋れ!」
「いつまでタラタラと足を進めるつもりだ。さっさと行くぞ」
「そういう奴だよお前は!!! この合理主義者め!!」

 エンバーゲールは目を見開いた。

「お前は……」
「ルナール」

 たった一言名を告げれば、ルナールは足速に進む。
 彼はとても気分が良かった。

 ようやく邪魔な存在ライアーを始末出来たから。
 ……まぁ、本命であるリィンを始末出来て居ないが。



「──さて、再戦の挨拶と行くか」


 べナードとルナールはトリアングロの軍服を着込み、その門を潜った。
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