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王都編下

第100話 先の宿命

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 トリアングロの動物を引き連れて第2王子が革命をせんと城へと戻ってきた。

 そんなこと、傍から見れば分かるはずもなく。

「れ、レヒト・ヘレティック殿? あの、ここからは通行許可がなければ入れず」
「あーあー確認は結構。家出中の第2王子を連れてきただけだ」
「ご苦労、気にするな」
「……。」
「へ? え、は、え???」

 要するに力業のゴリ押し戦法。
 べナードは貴族街に腰を下ろしているため王城の騎士やらなにやらに顔は広がっている。


「ここの警備はザルか」
「言うな。頭が痛い。……まぁ、私が付いているのだから仕方ないだろう。兄弟の中で騎士に顔が1番知られているのが私だ」

 なんせ権力者の塊でもある王子がその場にいるのだ。顔の知っている騎士や貴族は下がるしか無い。自分では関与出来ない事かもしれないのだから。

 コツコツとブーツが床を鳴らす。
 エンバーゲールの後ろにトリアングロの2人がついて行っている。その姿は異様。だが、あまりにも堂々としていて『何も聞いてないが自分が知らないだけで予定されている何かだろう』と錯覚する。

 レヒトの姿を見た事のあるものは、ヘレティックのカジノオーナーである姿との違いっぷりに一瞬気付くのが遅れる。
 その数秒の隙を突いてヅカヅカと止める間もなく内部へと入り込む。裏切り者とスパイはこの世に置いて有効ということだ。

「こちらだ」

 エンバーゲールの案内に素直について行く。まあ、案内されずとも構造は理解しているのだが。

「しかしエンバーゲール様、今更ですが本当に我々側についてもよろしいのですか」
「……本当に今更な話だな。自分なりに考えたさ。冷静を欠いた訳……いやもしかしたら冷静では無いかもしれない。だがこのままでは少数の民は苦しみ続ける、と判断を下した」

 べナードは悲しそうな笑みを浮かべた。

「知らない方が、幸せなのかも知れませんよ」

「お前は私を味方に引き入れたいのか敵に回したいのかどっちなんだ」
「有力な手駒ゲフンゲフン、協力者は欲しいですね!」
「本音を隠すならきちんと隠せ」

 白をベースとした城内には国花である真っ白のカーネーションが季節関係なく魔法によって咲き乱れている。あれ赤いカーネーションになるのかな、なんて物騒なことを考えていると辿り着いた。

 謁見の間へと続く大きな扉には騎士が2人。
 しばらく行方不明となっていた王子だと気付き、慌てる。

「エンバーゲール王子! 一体どこに」
『──ですから! あんな言語もまともに操れない目立つ子供がトリアングロのスパイなわけがないでしょう!』

 騎士がいるという事は謁見中か。さて、どうやって乗り込もう、と考えた時。謁見の間の中から声が響いた。

「「……。」」
「何の話だ?」

 エンバーゲールだけが首を傾げる。
 言語不自由って点でトリアングロの動物2人は思わず黙った。

「アレか……」

 詰め寄る筈だった騎士ですら微妙な顔をした。
 エンバーゲール御一行が来るまでずっと聞いていたから。

「中にいるのは誰だ?」
「は、はっ、ヴァルム・グリーン子爵であります」

『リィンがトリアングロだと本当にお考えですか!? それとも第2王子を誘拐したと!? そんなわけがないだろあの子が足のつく真似をするわけが無い!』
『おいそれは発言的に矛盾していないか』
『ともかくあの悪魔みたいなど外道が誘拐なんて生温い手で終わらせるわけが無いでしょう!』

 思わずべナードがルナールを見るが、そっと顔を背けられた。

『それとも何か、Fランク冒険者リィンの身元を証明するのは私じゃ足りないと仰るのですか!? ヴァイスを、トリアングロの畜生に気付かなかった私の証言じゃ力不足だとでも!?』
「シュランゲの潜っていた所か……」
『ともかく、王宮は彼女の標的にならない内に手を引くべきです!』

 扉を挟んでまで聞こえる怒号。
 これは待っていてもキリがないと判断した。


──バンッ!


「父上!」

 エンバーゲールが扉を勢い良く開き、王座にいた王が思わず腰を上げた。

「エンバー……!」

 誰も想像していなかった訪問者に、クアドラード王国側の人間は目を見開く。その予想外の後ろに、意識を向けるのが遅くなる。

「父上。いえ、国王陛下。私は貴方のやり方に納得出来ません」
「…………エンバー」
「私は、魔法を……ッ。魔法なんて物があるから! この国は、世界は腐っていく! 私は、俺は貴方が魔法差別を止めない限り! 絶対に!」

 エンバーゲールは叫んだ。

「──絶対にこの国の在り方を認めない!」

 まさか、と言った表情で王は王子を見つめた。
 ようやく視線が後ろに向かう。エンバーゲールの連れている人間は、黒い軍服を纏っていた。
 トリアングロ王国の国花、黒いチューリップを胸にあしらった軍服を。

「人に、魔法は必要ない」

 酷く泣きそうな顔でエンバーゲールがそう結論を下すと、べナードが庇うように前に出る。

「我々はトリアングロ王国の使者。──長きに続いた争いに決着をつけよう、クアドラード王国よ。今ここに、再戦宣言をする!」

 戦争が、再び始まる。


──バァンッッ!

 その時謁見の間に、箒に乗った少女が転がり込んで来た。




 ==========



「──トリアングロ!」

 間に合わなかった。
 転がり込んで来たのは金。リィンだ。

 リィンの飛行速度を持ってしても、再戦宣言まで間に合わなかったのだった。

 下手くそな着地から起き上がると、恨み辛みが溜まったべナードを睨みつける。

「おや、リィン様。わざわざ王宮にまで侵入するとは」

 べナードが憎たらしく笑う。
 どの口が言っているのかと

「つまりガバッたですけどここでお前ら殺すしたらお釣りが出る!」

 わざわざ敵陣のど真ん中で幹部が雁首揃えて佇んでいるのだ。クアドラード王国側もここまでくれば最早馬鹿ではいられない。
 リィンはすぐさま魔法を練り上げ、無詠唱でファイアボールをぶつけた。

 小手調べも兼ねて打ったそれはなんて事もなく、べナードをもう1人の男が左手・・で庇った。

 行動パターンは読めている。

「あぁ、そうだ。改めてクアドラード王国に自己紹介をしておかねば」

 べナードは姿勢を正す。
 軍人そのものだ。胡散臭いカジノオーナーなんてそこには存在しない。

「トリアングロ王国、陸軍幹部。鹿。レヒト・べナード」

 お見知り置きを、と挨拶をする。

 リィンの目に、残念ながらそれは入ってこなかった。
 だって、だって。

「ほら、お前も」

 べナードにせっつかれ、オールバックにした分見えやすい眉間にシワが寄った。瞳はちらりとリィンを覗く。

「同じく陸軍が幹部──」




『多分お前そういう星の元に生まれてきた感じなんじゃねぇか。今回のスタンピードもお前のせいだなァ』

『1人で生きてくにはな、踏み込みすぎないことも学ぶんだよ』

『アイボー様が受けるって決めたんなら付き合うのがコンビの宿命だろ』

『なんだ、簡単な条件じゃねェか』

『よぉ小娘。機嫌はどうだ?』

『あ、おいこら逃げんな! お前自覚してたな!?』

『俺程度で最大の幸運とか、お前本当可哀想』

『お前の幼馴染いただろ。あれ、元鶴が話してた狐に似てないか?』

『いや、ホント悪ィ、あまりにも胡散臭すぎてつい本音が』

『お前本当に運が悪いな』


 だって。

『迎えに来る』


「──狐の名前を頂戴している。ルナールだ」

 言葉に出来ない感情が溢れ出る。

「全部、……っ、全部」
「戦争再開は今から2日後」
「お前の言葉ぞ嘘だった……?」
「この時間は慈悲である」
「ねぇ、答えるすて」
「勝敗は屈するか屈さぬかだ。精々残された時間で考え──」

「──ライアーッッ!」

 その声も、その瞳も、その仕草も、その大きさも。
 リィンには見覚えがあった。……記憶しか無かった。


 謁見の間に響き渡る少女の悲痛な叫び。
 彼らが、彼女らが、コンビであったことを知る人物はこの場に多い。

 ルナールは一声喚いた子供に対してため息を吐いた。

 くるりと振り返り足先をリィンの方に向けたルナールは──瞬く間にリィンに肉薄した。

「ーーッ!」

 リィンは慌てて後ろに飛びながらウォーターボールを作るが、ルナールが左手の小手から仕込み刃を出すと水の塊を切り裂き、その脚力で小さな体を蹴り飛ばした。

 ドッ! という容赦の無い音は、思わず味方であるはずのべナードでさえ眉を顰める不快感だった。

 石を蹴り飛ばしたように体が床を跳ねている。
 壁にぶつかってようやく勢いが死ぬ。

「ッ! ゲホッ、ゴフッ、ッ、は、あ゛ッ」

 びちゃりと嫌な血の塊が溢れ出る。リィンは咳をすることさえ出来ないのかベショリと床に倒れ伏した。

「ヒュ……ッ、ヒュッ、ぇぁ、は、っ」

 か細くなる呼吸音。
 腕の力も入らず、起き上がろうとしては倒れる事を繰り返す。

「まだ起き上がる気あるのか」
「チッ、踏み込みが甘かったか」
「いやお前流石に敵に同情するからやめような!?」

 これで手加減 (したつもりはない)してるとか嘘だろ、と言いたげにべナードがルナールの肩に手を置いた。

 1人静かに、シュランゲは佇んでいる。

「これで最後だ、お嬢さん。お前は非常に邪魔だったよ。いい隠れ蓑になるかと思ったが、お前の周りには人が多過ぎた。挙句の果てにこちら側の計画ほぼ全てに首を突っ込んで。第2王子誘拐など、俺の関与する仕事じゃなかったというのにこのザマだ」

 グロリアス・エルドラードに視線を向けたルナールはため息を吐く。
 本当に驚いたものだ。自分が狐であるが故に心当たりしか無かったが、王子誘拐に関しては自分の管轄外であったので心当たりがなかった。
 スタンピードも本当にならば土地回復に役立ちそうな魔法職を連れて現場から逃げ出すつもりだったのに、ひょんなことからコンビを組んでしまった挙句、予想外にもスタンピード自体を解決してしまった。

 ルナールの脳裏に思い出が溢れてくる。
 腹立たしい限りだ。



「あぁそれと。伝えておきたいことがあった」

 リィンの掠れていく視界の中で、見慣れた表情が動いた。

「らぃ、ぁ……」

 ボロ。と、大きな絶望の雨が零れ落ちる。

 そう言って嘘つきライアー笑った・・・


「──半年。ようやくコンビ解散だな」


 べナードは『そんなに相方が大事ですか』とルナールに問うた。その問いかけに無言で睨みつけたルナールの答えは『殺したいほど不愉快』だった。
 
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