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戦争編〜第二章〜
第147話 人を呪わば落とし穴
しおりを挟むこんにちは、私です。
昨晩機会を伺っていたけれど、不審者がいるという情報を得たせいか肝心のグルージャが警戒を解きません。
気の所為だと思ってくれないかな。
願うだけではそう簡単にはいかないってわかっている。
日は登り、期日はついに本日の日暮れとなった。
だから、だから私は……──。
「お゛は゛よ゛う゛ござい゛ま゛す゛ッッ」
──この潜んでいた3日で手に入れた『新米厨房下っ端雑用のキャシーちゃん』の行動パターンを把握して成り代わることに決めました(スンッ)
手順は簡単。内部構造探るために隠密行動したついでに新人で調理場担当の私に似た背丈の女の子の行動パターンを覚える。そして深夜その子の部屋に侵入して襲う。気絶した体はグレンさんに一旦預けて成り代わる。実に簡単。本当に簡単。
あとは朝方、ちょっと遅れてやってくる。
頭に布を被って料理スタイル、これで髪の毛は隠れる。
口元にはマスクとして布を、これで顔の造形は隠れる。
そしてダミ声で体調不良を演出するというわけだ。
「え!? キャシー何その声!」
「風邪、ジュビッ」
キャシーちゃんの声は特徴が少ないお陰で声帯模写しようとすれば簡単にできる。
なのになぜそれをせずに風邪を引いた設定にしたかと言うと。
「私、きょ、どこ……」
「昨日野菜を切るって息巻いてたじゃない……」
「うん、うん……。ありがとうミアさん」
「誰よそれ」
「あぁ……ピュアさん?」
「ミューシャ!」
こうやって誤魔化せるからなのだ。
わざとフラフラ頭を揺らしながら、ナイフを握り野菜を手に取る。一緒に作業をする人を見ながら作業を進めた。
この子、やる気はあるけど効率悪い手つきだったからわざともたつかせる。もたもた、もたもた。
それでも真心を込める。これは今日の昼食になる予定なのだ。
「あなた、熱酷いんじゃないの?」
大体の作業をし終わり、後片付けになる。そして食器洗いやごみ捨てなどの作業に入る瞬間、片付けまでは付き合ってられるか、と体をわざとふらつかせた。
すると心配した、えっと、多分、リーダーみたいな人が頭を触ってきた。
ふっふっふっ、舐めるなよ。
服の下、毛細血管の塊に懐炉を入れて体温は高くしてある。その上ここに来る前ドキドキグルージャ様のだるまさんがころんだ大会で心拍数をめちゃくちゃ上げたんだ。もうドッキンドッキンだ。
……途中でなにやっているんだろうって思ったけど。
そのグルージャは人の多い客室方面へ向かったから警備が厳しくてそこまでだったんだけどね。
「熱いね……これから上がるところかしら」
「ブシュンッ!」
声を遮るように大きなくしゃみをひとつ。
「あなた、今日はもう帰りなさい」
「は゛い゛」
仕方ない、風邪引いているなら帰らないと。
えぇ、マスクもしているし手洗いもしっかりしたし、食材に風邪菌が移ったりはしてないよ。うん。そもそも風邪じゃないし。
メイン調理に関われなかったのは痛いけど、作業に関われただけよし。
ここで問題です。
Q.例え味付けや火入れの調理をしなくても、私が料理を作るとどうなるか答えよ。
==========
「──意識不明者が出た!?」
リック達はブレイブ・グルージャに会うことが許された。
4人はグルージャ邸へ辿り着いたその後、客室で1時間程待機が命じられた。監視として門番がずっといたが幸いな事に個人を特定する情報ではなく、監視の門番からすれば普通くだらない他愛のない内容を話をしていた。例えば好きな食べ物とか。
何かの用事の最中だったのか、ようやくグルージャが訪れた時、リックが抱いた感想は『俺より若い!』だった。
短く切った黒い髪。瞳も黒で、目立つ様な容姿では無かった。顔立ちで言えばリィンやペインなんかの派手な顔ではなくてグレンの様な素朴な顔立ちだった。
自分達、特に子供であるヒューを見て安心させるように優しく微笑みかける姿は到底戦争中の敵国の幹部には見えなかった。
しかし本題を話し始める前に何やら揉め事が起こったようだった。
「それは一体どういうことで……!」
「どうやら食事が原因の様で。遅効性の毒の様に思いますが、集団感染なども可能性が考えられます」
「……外部犯の犯行を最優先に調べてください」
「拝命しました」
グルージャはタイミングを考えて目の前に訪れた4人来訪者を疑った。しかし門番がずっと居たこと、そして下から上がって来る際も寄り道などせず一直線に向かってきたことから考えから除外した。
「……なぁ、大丈夫か?」
不穏な言葉に思わずリックはなんか色々忘れて素直に心配の言葉を口に出した。
「あ、すいません。少々こちらでトラブルが。大元の原因が分かっているので対処は楽ですから。……では、話に戻りましょうか」
グルージャはリック達に向き直る。
「改めまして、ブレイブ・パスト・グルージャです。貴方達の御用はグルージャではなくてパストの方だと伺ったのですが」
「あ、うん。そうなんだよ。俺はリュックな」
「リュックさんですね」
「んでこっちがナンであっちがエミリー」
「ナンさんとエミリーさん」
浅い経験しか無いが、グルージャだって幹部の一角。詰まる様子も無いことからその言葉に嘘は無いように思えた。
全く違う。普通に違う。ナンはカナエであるしエミリーはエリィである。ニアミスとも言い難い。
話がややこしくなるというか、カナエは流石に『トリアングロで保護されている異世界人』という知名度があるので素直に口を噤んでいた。これで真実を訂正する物は居なくなってしまったのだ。
「僕、ヒュー」
リックに促されてヒューが自己紹介する。
「あのね、貴族様。ママとユジーが死んじゃったんだ」
「……! それは、君たちも知っているんですか?」
グルージャの視線にリックは頷く。
「輪廻回帰で。んで、その子だけが生き残ったんだ」
「なるほど、輪廻回帰。神使教ですね」
「僕も一緒に行くつもりだった、けど、怖くなったんだ。あのね、あのね貴族様」
ヒューはギュッと小さな手を握りしめた。
「僕、もうこんな生活嫌だ」
幼いながらも貴族が生活を作っているということは知っていた。
子供が知っているのだから、大人であるリック達など……ちょっと怪しいエルフがいるが彼らだってわかっている。
だからこうしてやってきたのだ。
「こんな生活、ですか?」
「綺麗な水は怖いお兄さんのものなんだ。僕が一生懸命育てた野菜も怖い人のもの。お金がないから食べ物も買えないんだって。パパはフロッシュ様に向かって死んじゃったから、ずっとお腹が空いてたんだ」
ヒューは歯を食いしばった。
拙いながらも一生懸命説明をする子供の話を、グルージャは聞き続けた。
自分の生活がどれだけ苦しいものだったのか。
強者こそが正義の世界で、弱者がどれだけ苦しめられるのか。
ただ必死に、身振り手振りを加えながら。
「貴族様、どうかお願いします。変えてください」
「俺からも頼む!」
「僕、初めておなかいっぱいにご飯食べたんだ! このお兄ちゃんが、リンゴも買ってくれたんだよ!」
グルージャはそれを聞き続けた。少し考え、ひとつ頷く。
「ヒュー君、沢山話してくれてありがとうございます」
「貴族様……お願いします……」
「──安心してください、分かりました」
グルージャは優しく微笑みかけた。
「……! 良かったな!」
「うん!」
リックとヒューが手を取り合って喜ぶ。
政治なんぞ分からない身から、何も提案は出来ない。ただ少しでもいい、変われば。
生きていれば、変わるチャンスがやってくるから。
そして彼らは長い道のりを己の足で踏み進めた。
ヒューは笑顔で頭を下げた。
「貴族様、ありがとうございます!」
そしてグルージャは手に持った剣でヒューの頭をはねた。
「……──え」
至近距離でそれを眺めたリックは脳みそが思考を拒否した。
「ヒッ」
「……!」
エリィの小さな悲鳴とカナエの息を飲む音が、ゴロンと、びちゃっと、ゴロゴロと、残酷な音に掻き消される。
「何……が……起こっ……」
転がった目と、リックの深い緑の目が交わった。
そこでようやく理解する。
今、この男が、子供を、殺したのだということに。
「……ッ!」
剣の血を払う仕草をする男から一瞬で距離を取り、リックはカナエとエリィを背中で庇うようにして武器を引き抜いた。
「あー、もしかして地位を狙うタイプでしたか。貴方達」
「なんで殺したんだ! あの子は、生きようとしていたんだ!」
ガタガタと部屋の隅で死に怯えた子供。その子は本当に短期間だったけれど、美味しいものを食べて微笑んだ。
救えたと、思ったのに。
「リック君……」
背中で小さく名前を呼んだカナエの言葉をみみざとくグルージャは拾った。
「リック……? その名前は確か、鯉さん達の報告に上がっていた名前ですね」
グルージャは認識を改めた。
「なるほど、クアドラードから来たという馬鹿は貴方達でしたか。リックに、エリィ、そして……シラヌイ・カナエ、ですね。残りの2人、リィンとグレンはどこにいるんですか」
「──いやそれは本当に知らん」
「──そこは逆に力になって欲しかった」
「──どこにいるんでしょうね」
今、確実にシリアスっぽい空気が塵のように消えた気がした。恐らく気のせいでは無い。
==========
そして肝心のリィンはというと。
「随分体調が悪そうだが、部屋はどこにある?」
「(………………災厄ってこういうことか)」
グレンと合流する為に演技しながら歩いていたリィンは、その日グルージャ邸へ訪れていたもう1人の客人。
「──レヒト・べナード……………サマ」
クアドラードぶりに出会った憎きあんちくしょうとエンカウントしていた。
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