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戦争編〜第二章〜
第146話 奇跡は動けば付いてくる
しおりを挟む進展もなく屋敷の構造が何となくわかってきた2日目の夜。
「……今日でリックたちの依頼が終わるところか」
相棒のハチャメチャ具合を想像してちょっと胃が痛くなったグレンは木の影と植木の影に隠れ、リィンと顔を見合わせた。
「私、上に行くです」
リィンはグレンにそう伝えると返事を待たずに木に登る。
丸2日、進展は何も無いように思えたがつい先程幹部〝鶴〟であるブレイブ・グルージャが帰還した。
2人の間に緊張が走ったがチャンスを伺うために執務室に1番近い窓へと向かい身を潜めている真っ只中なのであった。
「……!」
木から見下ろし窓の中を見ると見覚えのある黒い軍服が見えた。
「(ど、う、ぞ?)」
男は若い男だった。歳は20かそこらだろう。黒い髪に優しげな目元、その男が部屋の中にいる誰かに話しかけているのだった。
恐らく、あれがグルージャだろう。そう踏んだリィンは読唇術で会話の内容を把握しようと頑張った。
『わざわざ御足労頂きありがとうございます』
『そうですよね……。あぁ、こちらの任務は終わりましたよ。それよりどうしてここにいらして……』
『猶予期間での会議で話は聞きました。参りましたね』
グルージャの口元しか見えないのが痛い。
会話の内容を考えると、グルージャよりも上の立場……まぁ十中八九幹部だろう。それが訪れている様だった。
何かしらの情報共有。
そしてグルージャは任務が終わったと言うではないか。
「(というか、あれがアレの弟……)」
アレとはまぁ、アレである。ちょっと口に出すのははばかられる形容し難いアレである。
「(──随分まともに見えるなぁ!)」
とりあえずこの感想は真っ先に浮かぶし脳みその大半を占めた。突然変異って怖いな、なんて思いながら。
リィンは頭を右と左に振り、現実を見つめ直す。
少しでも情報を得るために集中した。
『──そんなにやばいんですか、その金髪青リボンの女って』
ズルッ。
「(私のことやないかーーーい!)」
思わず木の上から落ちかけた。勘弁して。
芋ずる式に先程の会話の意図も察する。恐らく、『何かしらの情報共有』というのは『自分の情報』なのだろう。
最重要と言っても過言ではない案件だという自覚はある為、これが有名税と言うやつか……。など考えながら再び会話に注目し始め。
──バッ!
グルージャは突然振り返った。
『一体どこに…………』
慌てて気配を消そうとする。1.2.3.5.7.11……。素数を数えてどうにかなる話ではないと思うのだがリィンは必死だ。向こうに意識を向けたままだとき気付かれる可能性が高い。
グルージャはキョロキョロと窓の外を見回したあと、そのままカーテンを閉めた。
しばらくして、リィンとグレンは撤退する。
猫の可能性があるとは言えど、流石に幹部2人を相手出来る余裕はないのだ。期限は残り1日もないけれど機会は今ではないと考えて。
==========
「よーし! カチコミ行くぞ!」
「……なんでこうなってるんだっけ?」
ヒューを肩車したリックが神使教の傍にある屋敷を指し、エリィは横で腰に手を当てる。カナエは純粋に首を傾げた。
このおバカ3人組は3日間の契約を無事終わらせることが出来た。未だに後処理で忙しい神使教の引き止める声に苦笑いをしながら去ったのであった。あくまでも神使教に身柄を保護されているヒュー、神使教内は忙しいということもあり、有志であるリックに預けられる事となった。
依頼終わりは既に日が暮れており、夕日が照らされていた。
流石に依頼終わりに子供を連れて何かをするには遅くなりすぎていた為、ヒューの話を聞いて翌日に活動することになったのだった。
曰く『父親が幹部に挑んで死んで生活が苦しくなった。借金取りに追われ、どうしようもなくなったから死のうと思った』
結論として父親が考え足らず。働き手が居なくなれば一家丸ごと潰れるのは目で見るより明らかだ。
理由は違うが、貧困している民はヒューとそう変わらないらしく、自分のような困窮状態は珍しくないらしい。
この街の政治はどうなっているのかと首を傾げた。
「この街の政治はあの家の人がしてるって、お父さん言ってた」
そう言ってヒューが指を指したのは、神使教の傍に見下ろす様に立てられた大きな屋敷だった。屋敷まで辿り着くには長く丸見えの階段を登らなければならない。
察しただろうか。第2都市の責任者……クアドラード王国で言うところの領主は、ブレイブ・パスト・グルージャ子爵だったのだ。
パストは元々の貴族階級の家名である。
恐ろしいことに、あのクライシスも元は貴族ということだ。
リックは言った。
「やっぱ、誰かが、しかも大勢が苦しんだままってのはどうにかしなきゃなんねぇと思う。貴族の人に頼んでみよう」
何も行動しなければ何も変わらない。
リックは抗議することに決めたのだ、具体的な方法などは無いが、街で苦しんでいるやつが沢山いるからどうにかして欲しいと訴えるだけでも、貴族に伝える事が出来たなら、本人の耳に入ったのなら。
この時、大体3人の頭に幹部殺害のタイムリミットが今日の日没であるとかそういった話は残っていなかった。ちょっとね、それまでの衝撃が強すぎて。
なんだったら政治責任者が幹部だと言うのも知らなかった。
そして現在。
ひぃこらひぃこら言いながら階段を登っていたのだった。
「『またリィンさんに怒られないかしら』」
再びエルフ語になったエリィの少し恐れる様な声色に、カナエはあっけらかんと笑った。
「怒られたらその時はその時! それにリィンも言ってたでしょ、行動を縛る権利はない、って」
「『知りませんわ』」
「あっ、エリィ寝てたんだった……」
堂々と言う姿を見て思わず肩を落とす。無意識に強ばっていた緊張が解れた。
そろそろ秋も目立ち始めるとはいえ、日中はまだ暑い。
雲ひとつない空が4人の身を焦がしていた。
「肝心のリィンとグレン君が居ないんだもんなぁ……。相談しようにも相談出来ないや」
「んー?」
カナエの独り言にリックが反応した。
リックもエルフ語は分からないのだが、大体の雰囲気で察することはできる。
「リィンは多分俺たちに大人しくしてもらいたいと思っていても、行動しないでいて欲しいとは思ってないと思うぜ。邪魔になるくらいなら連れてこないと思う。途中で遠慮なく切り捨てる……と、思う」
切り捨てるのか確信は持てなかったが、自分の邪魔になるなら迷惑だとバッサリ言うだろう。
リィンは誰かの意見に流されるような性格をしていないってことはよく分かる。
共にいることを許されている時点で、行動も許されているのだ。
「そこを止まれ」
門の前に到着すると門番に止められる。
門番はリック達の姿を見て、睨んだ。
「武器を携帯しているのか」
「あぁ! 俺冒険者なんだよ」
トリアングロ王国では傭兵の意味合いが強い冒険者だ。門番は、冒険者ということを内心で馬鹿にしながら要件を聞いた。
兵士にもなれなかった冒険者。
この国は、腕に覚えがあるのなら冒険者ではなくまず兵士になる。この国の軍兵に。
「何用だ?」
「ここの偉い人に会いに来たんだよ」
「……? いや、なぜ会いに来たのかを聞いているんだが」
「え……どう言ったらいいのかわからねぇんだ。カチコミって感じの意気込みだったけど喧嘩するってわけじゃないから」
「おばかさんなのか?」
「そうだぜ!」
意気揚々と頷いた。門番は助けを求めるようにカナエを見ることになる。
「下町の現状について報告に来たんです。若干抗議、かな。この子の生活がとても苦しくて」
「あぁなるほど……」
門番は肩車されている子供の衣服や体格を見て、『またか』と納得した。
「お前たち余所者だろう」
「よく分かったな! そーなんだよ!」
「第3都市から来たの!」
嘘ではないカナエが間髪入れずにそう言うと、やや首を傾げた様子を見せたが門番はマニュアル通りの対応をすることに決めた。
「冒険者だったな、ギルドカードを出してもらおう」
「え、入れてくれるの?」
「見張り付きになるがわざわざここまで登って来た上での抗議だ、グルージャ様は屋敷に居ればお会いになられる事が多い」
なるほど~、と心でも口でも呟きながらリックが懐を探ると、いつもの場所にギルドカードが無いことに気付く。
「あれ?」
「どうした……?」
ゴゾゴゾ探っていると、リックの脳裏に浮かぶ言葉があった。
『あと書類記入するから貴方達のギルドカードをお貸しなさい』
「──あ! ギルドカードクララに預けっぱなしだ!」
「クララじゃなくて、グラセさんでしょ」
全員身分証が出来ないということだ。
さてどうするかと悩んでいる時、門番はその名前に聞き覚えがあった。
「神使教のグラセ・ヒューネルか?」
リックとカナエは同時に頷く。
「……なら後でもいいか。それではどうぞ──グルージャ邸へ」
そこで初めて、ここが幹部の屋敷だと気づいた一行であった。
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