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戦争編〜第三章〜

第152話 2人の最強

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 クアドラード王国のファルシュ領は国境に沿うように南北に細長い領地となっている。
 水の都から流れるストゥール川に分断されたファルシュ領だったが、数年前ローク・ファルシュ本人が川の上に巨大な土で橋を作ったため、川の流れを止めることなく交通が可能となった。

 交通どころか川の上に村がある始末である。

 ファルシュ領の首都、メーディオはストゥール川の北部に位置する。メーディオから見るとトリアングロの国境は棘岩山であるため、攻められにくい。そんな土地である。

 だがしかし、メーディオがクアドラードの防衛基地であるという点に変わりは無い。ファルシュ領の南からまっすぐ西に向かえば薬学の街ミッテル領が存在し、攻められやすいと思うが、ファルシュ領とミッテル領の領境に巨大な外壁があった。


 国境に、ではなくファルシュ領とミッテル領の間に、防衛施設がファルシュ領を囲んでおり、トリアングロが進軍する場合南から北へと無駄足を踏むことになる。……まぁ、それはトリアングロだけでなくクアドラードが攻める場合も無駄足を踏むことになるのだが。

 比較的地形が平坦であるクアドラードの最初にして最後の防衛施設がファルシュ領なのだ。




「悪いなお前ら。俺の本職に付き合わせて」

 クアドラード王国第4王子、ヴォルペールがそう言う。
 グリーン領の東に駐屯地を構え、そのテントの中での出来事であった。

 ヴォルペールの話しかけた先には、志願兵。──Cランク冒険者がいた。

「何言うてんねんペイン。ウチらの絆は一生モンやろ」
「さっむ、さむいわー。突然の冬。秋をスキップすな。オレサマそういうのどうかと思うぜですわ」
「なんやて? あんたなんかな、後でペインがギッタンギッタンにするから覚悟しときや!」
「あーあーうるせー。あんまりにもうるさすぎてアタクシ手が滑っちゃ」
「うぎゃーっ! なにするねん! 何すんねん! ウチが避けそびれたら完全に槍突き刺さっとったやん!」
「お前のおかげ」
「むっかー!」
「……お前ら……。はぁ、喧嘩をするな」
「賑やかね」

 サーチ、クライシス、ラウト、リーヴルの4人だ。
 いつも通りのパーティーメンバーの様子にペインは安心したように微笑む。

「冒険者は後方担当。基本的に騎士団の援助になる。怪我した人間を連れて下がったり、補給品を配ったり」
「指揮は取ろう」
「んで、問題の戦争だけど、まぁ魔法が使えるなら問題ない。だが、トリアングロに足を踏み入れた瞬間がきついんだよな……」

 サーチは斥候である。地形を見て、植物の生息地を見つける事が得意な。
 そんな彼女が作った地図はめちゃくちゃ詳細な物であった。魔物の好む生息地、薬草などの生息地、様々な情報が書き連ねてある。

 ヴォルペールはその地図と睨み合いをしながら勝つための戦争を考えていた。

「エルドラード」
「はい、ヴォルペール様」

 冒険者ペインとしての知り合いと過ごす王子を、後ろで見守り、そして冒険者達を警戒しながら立っていた従者にヴォルペールは声をかける。

「この近くにあるインジュリ草、今すぐ詰んできてくれ」
「…………は?」

 クロロス・エルドラード、流石に耳を疑った。

「数は……まぁ100株で足りるだろう。今すぐ行ってこい」
「そ、っ、それは、俺の厄介払いってやつですか?」
「は? そんなわけが無いだろ。必要だからお前に頼んでるんだ。北部に向かえば大岩が点在する。その影が狙い目だな。いいか、2日以内に戻ってこいよ、鮮度が落ちる」

 サーチ作成地図にはインジュリ草の生えやすい土地というのもメモされている。

「は……拝命しました」

 声が震えていたように思えるのはきっと気の所為だろう。王族に仕えるって大変だな、なんて事をラウトは思いながら見送った。

「ッ……!」

 クロロスがいなくなってすぐ、不意にヴォルペールはクラリと頭を揺らした。

「ペイン!」

 そばに居たラウトが手を伸ばす。が、机が近いこともあってか、ヴォルペールは自分で支えきった。

「……そこのお馬鹿ちゃん。早く休みなさい」

 叱咤する様にリーヴルがそう言った。
 それもそのはず、ペインは再戦からここ1ヶ月ほど、殆ど休めて居ないのである。

「なぁペイン、無理にリィンと視界繋がんでもええんちゃう……?」
「正直言うと、そうかもしれない。俺の手助けなんて必要ないほどリィンは勝手に進むから。……助けるために繋いだ視界も、今や俺の方が助かっている」

 リィンの視界から入手される情報は、極上だ。
 軽率に幹部と絡むせいでこちらの胃はよじれてしまうのだが、幹部の現在地が分かるのは良い。
 しかも定期的に視界では手に入らない耳からの情報を言語化して視界に入れてくれる。

 ……別にそう言う報告してくれって言ったことはないんだけど。

「…………それにリィンはこっちを意識してか分かんないけど、きちんと休息を取っている。考え事とかしている時は目をつぶってくれるんだよ」

 リィンは意図的に自分の視界を封じている。でなければペインが寝ようと思っていても目を開けている事と同じになってしまうからだ。
 夜中にあまり行動したくないと言っていた事の理由の一つである。

「せやけど、そのタイミングに合わせてペインが休息取らんことには意味ないで」
「…………。」

 図星。
 ヴォルペールはそっと目を逸らした。

 その視界にクライシスの弟らしき人物が写っていた。

「──接触したか」

 ちらりと自分の視線を兄の方に向ける。



「失礼します、殿下」

 テントの外から声が聞こえ、入室してきた男が居た。
 クアドラード王国赤の騎士団、団長グリード・ストレングス。クアドラード王国で最強の名を持つ男だった。

「グリードか」
「トリアングロが動きました。国境を越え、時期にこちらに辿り着くでしょう」

 本格的に進軍してきた模様だ。
 ヴォルペールにとっては死を背中に立ち向かう、最初で最後の最高指揮官。クアドラードの御旗だ。

「……私は最前線へ向かう。エルドラードが間に合い次第、奴に各隊の指示を言伝る。──総員、配置に」
「は……!」

 そこでようやくグリードは顔を上げた。

「………………なぜ、ここに」

 テントの中を見て大きく目を見開いた。
 居るとは思っても見なかった人物が、彼の視界に入ったからだ。

「あぁ、あの冒険者は後方担当の代表パーティーだ。敵国のスパイでは無いことは私が直々に確認している」

 各団長が知っているヴォルペールの魔法。それを仄めかす。
 ペインという冒険者の事は知らないのだ、ヴォルペール王子とCランク冒険者に繋がりは無い。

「……ァ、あぁ、失敬」

 動揺を上手く隠せずにグリードは話題を切り上げる。そんな男に、ヴォルペールは作戦も何も言わなかった。ただ一言。

「グリード、幹部は任せた」

 グリードの仕事はたった一つ。
 ほかより頭一つも二つも抜きでた幹部を抑える──倒すことだ。

「……。殿下、大きくなったな。昔は俺の肩車でキャーキャー騒いでたってのによぉ」
「まてグリード、その話今必要か?」

 パーティーメンバーがいるからやめてくれ。いたたまれないからやめてくれ。やめてください。

 羞恥に耐えて止めようとしたヴォルペールにグリードは笑いかけた。

「俺が必ず護ってみせる。殿下、あんたはここで死ぬ男じゃない」
「着々と死亡フラグを建設するなグリード!」
「はっはっはっ、知らんな! ……殿下、あんたは生きて戻るんだ。俺はこう見えてもあんたを買ってんだ。──あんたなら、この国のてっぺんに立てる」
「グリード、口を閉じろ。行き過ぎた冗談だ」


 強い命令でヴォルペールは言葉を止めた。
 反逆者と取られかねない。

「いいや、俺は本気だ」
「グリード……」
「だから……、そこの冒険者共」

 グリードは冒険者を見た。

「……殿下を頼む」

 頭を下げたグリードにパーティーは互いに顔を見合わせる。

「言われずとも」

 ラウトが代表して言葉を返した。
 最も妥当な立ち位置だった上に、個人的に思うことがあったからだ。

「──必ず守ろう、この盾に誓って」



 ==========



「…………。来たか」


 グリードの視界の先にトリアングロの軍が段々と近付いていた。
 土埃と共に、死の気配が近付いた。


「団長、本当に大丈夫でしょうか……。あの軍を率いるのはアヴァール・アクイラ……トリアングロの最強ですよ……?」

 
 不安そうな騎士の言葉に、グリードは頬をかきながら少々考えた。

「魔法無しで考えりゃ、クアドラードで一番強ぇのは俺だろうよ。クアドラードの中で、トリアングロと武力で唯一渡り合える」

 流れる時間は早く、既に敵大将が見えていた。奴だ。
 正面の最前線で異様なオーラを放ちながら進んでいる。

 思わず怯む騎士がいる中、グリードは余裕そうにニヤリと笑った。

「つまり。魔法を使える俺は、奴らに勝てる存在ってわけだ」

 必ずここで止める。


「久しいなぁ! グリード・ストレングス!」

 各軍が進軍を中断し、アクイラが声を張り上げた。

「あぁ、全くだ。アヴァール・アクイラ」

 声を張り上げはしないものの、グリードは相手に返す。

「20年前の決着、必ずや付けようでは無いか! まぁ! 我が勝利するのだがな!」
「はっ、たわけが。前回はトリアングロ内で。わざわざクアドラードに攻め込んだってことは、分かってんだろうが。お前が負ける運命にある事が」
「笑わせてくれるわグリード・ストレングス! まさか、20年前と同じであると思うなよ」
「言葉を返すぜアヴァール・アクイラ。卑劣な手で、我が国を落とせると思うなよ」

 2人の周囲に居た騎士や軍人は、互いの殺気に思わず怯む。





「──トリアングロ王国空軍幹部、アヴァール・アクイラ。国王の命と、我自身の望みに従い、貴様に勝ちに来た」
「──クアドラード王国赤の騎士団団長グリード・ストレングス。我が国と我が王子の為、お前に敗北を味あわせてやる」

 その日は、雲ひとつ無い晴天であった。
 
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