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戦争編〜第三章〜
第162話 月と太陽
しおりを挟む「交代ですぞエリエリコンビ」
「……その言い方はちょっとどうかと思いますわ」
リックさんとの夜番が終わり、今度はエリィとエリアさんのペアと交代しようと起きてきた2人にバトンタッチをする所。
「おはよーお前ら!」
「おはようございます。異常はありませんでしたか?」
「うん、今んとこ!」
貴族相手にリックさんってよくタメ口きけるな……。お前みたいなやつがモブであってたまるか。
「じゃあ次はお願いするです」
「えぇ、頼まれたことはしっかりこなしますわ。でも、なんにも起こらないのにここまで気を付ける必要があるんです?」
エリィが小さく首を傾げた。
素直さは美徳だけど、エリィは素直過ぎる気がするな。腹芸が出来なさそう。
「どうでしょうね」
「……?」
世はそれをフラグと呼ぶのも知らないで。
「──!」
エリアさんがバッと顔を集落の外に向けた。それに続くようにリックさんが、少し遅れてグレンさんとエリィが外を向いた。
「……え、何、何事?」
カナエさんと同じようなタイミングで私もゆっくりとそちらを向いた。
「気配です、恐らくそれなりの。……盗賊ですね」
「あぁ。どうすっかな」
「くそ、来やがったか。どう切り抜けるか考えてないってのに」
「精霊のざわめきが私にも届きましたわ。今の私は魔法が使えませんけど、カナエさんは一応私より後ろに」
4人のそんな反応にカナエさんはギョッとして私を向いた。
「──気配が分かるとか何!?」
「…………そっちかぁ」
グレンさんが肩を落としながらツッコミ所にツッコミを入れた。
「リィンは分かってくれる!? 普通分かんないよね!?」
分かる分かるその反応。いや、平和な日本出身者には分かんないよね。分からないでか。気配がわかるとか人間じゃない。
だよね。
「平凡なFランク冒険者にはちょっと理解出来ぬですよね」
「だよね!」
「おや、カナエさん。リィンさんは誰よりも早く気付いてましたよ?」
──胃痛な気配を察知!
私がギギギ、と錆びた扉みたいな動きでエリアさんを見ると、彼は笑顔で私を見ていた。
「エリィさんに質問された時、リィンさんは『どうでしょうね』と応えたでしょう。……その時には既に、気付いてましたよね?」
エリア、渾身のドヤ顔である。
いや全く気配とか気付いてませんでしたが!? いや気配とか分かりませんが!? 私そんな戦闘に強いわけじゃないからね!? 胃痛の気配は感じ取れるけど!
「全く、これだから金は性格が悪くいらっしゃる。カナエさんも思いませんでしたか? 驚きの反応が薄い、と」
「あ……確かに……」
「素晴らしく、頼もしく、そして恐ろしい限りですよ」
やれやれと言いたげに肩を竦ませるエリアさん。
そんな彼に、私は腕を組んで笑顔を作った。
「──一体私を、誰だと思うすてるです?」
「……やはり!」
リィン、渾身のドヤ顔である。
視界の端で月組2人が訝しげな視線を向けているけどまぁそこは置いておこう! 置いておくったら置いておく!
「それではお手並み拝見といたしましょうか」
「えっ」
「えっ」
思わず素が出たよね。
「いや、てっきり策を考えているものだとばかり」
「……アハハー、考えるすてないわけなきじゃなきですぞりんちょー!」
「くっ、流石フェフィア様の弟子ですわね……。私、少し納得してしまいましたわ」
「リィンがいると安心出来るから助かるよね」
「アッ、アハハ!」
これ多分カナエさんとエリィならともかく、エリアさんも素だな。
私は頭をフル回転させる。盗賊の気配なんて微塵も分かんないけどとりあえず敵が現れた事は分かる。
「私と月組で出るです。3人は待機」
私はノッテ商会の服をその場で脱いだ。
エリアさんとエリィは見張りだから仮倉庫の中で、あとカナエさんは戦えないから待機。
突然着替え始めた私に目を白黒させた5人。
「……? 何すてるですか、ノッテ商会の看板を付けるすたままだとライン切り出来ぬでしょう。幸い月組の2人はCランク冒険者、雇われの護衛設定でノッテ商会との繋がりぞ避けるが可能です」
盗賊が幹部に繋がっている可能性があるのなら、少しでも安全地帯のノッテ商会を守っておくべきだ。
最悪、私が身バレしてもノッテ商会は利用された側に出来る。本国のスパイ達の邪魔をする事は出来ない。
「いや……そっちかよ……」
「リィン、人前で着替えるな! 女の子だろ!」
あ、そっちね。
なんやかんや、着替えが済んだのでパッパっと私と月組で建物の影にやってきた。
「あれか」
「あれだな」
「あれですぞ」
3人で揃って物陰から顔を覗かせる。
様子を見る限り8人グループの盗賊。適当な木箱に座って武器を携帯している。
数人は既に酒を携えており、集落の人はビクビクと体を縮こませて接待をしていた。恐らくここで採れた食物だろう。
「……リィン、ほんとにあいつらの気配気付いたのか」
「……黙秘で」
「リィン」
「黙秘」
グレンさんの追撃に黙秘を貫く。何も言わないぞ。
「リィンは先手打つより後手で挽回するのが得意なタイプだろ? いやぁ、俺は気付いてなかったに一票!」
リックさんの発言。知ってるか、この人ダクアで私のファンクラブ作ってるんだぜ……。
「まことにファン?」
「見た目、めっちゃ好き! あと性格! 俺には無い!」
「え、それぞ悪口?」
「自覚症状ありとは厄介だな」
月組って本当になんなの? お前ら喧嘩はどこいった?
「で、リィン、どうするんだ?」
「えぇ?」
グレンさんの言葉に私は笑って首を傾げた。
「あなた達が決めるですぞ?」
「えっ」
「えっ」
私はあくまでも監督するだけであって、今回のことは月組の2人に任せる気満々なのだ。
2人は互いに顔を見合わせた。
そう、これは2人の成長。決して自分で作戦考えるのが面倒臭い訳では無い。ないったらない。
「これだからガキは嫌いなんだよっ!」
突然の怒鳴り声が届いた。
何事かと盗賊を見ると、顔を赤くした盗賊が転んでいる子供を見下ろしていた。
地面に転がった器。中身は恐らく盗賊にかかっているのだろう。集落側の人間は片腕か片足の四肢欠損。あとは子供と腰の曲がった老人だ。献上する料理をぶちまけてしまったのだろう。個人的にはとてもよい。いいぞもっとやれ、私は関係ないから。
「ろくに給仕も出来ねぇのかここは! あぁ!?」
大分酔っているのだろう。盗賊は腰の剣に手をかけた。
「……っ!」
反射的に武器を手にしたリックさんの手を取る。
剣を抜かない様に。
「……ぇ?」
驚いた顔をしたリックさんに私は唇に指を当て、内緒、と言うような仕草をした。
それだけで察したのだ、彼は。
リックさんは武器から手を外し、両手を上にあげた。
「おいリックっ、お前何して……っ! ……いや本当に何してんだ」
盗賊の様子を見て焦燥感を滲ませたグレンさんが言う。彼は振り返り、そしてもう一度同じセリフを言った。意味は多分違うと思う。
「いやァ、俺、思ったんだよ。お前の言うこと正しいな、って。盗賊の数は俺らの2倍以上、ここで戦いに入っても怪我は確実だし、俺も身体強化使えないからリィンの影響以前に知らんフリするのが1番だって」
「…………は?」
リックさんの発言を予想していなかったグレンさんは虚を突かれた。
盗賊は刃を抜いた。
「なんっ、お前、昨日と言ってることが違って……!」
「夜、リィンと話して気が変わった」
「……! リィン!」
私は何もする気は無いよ、と言いたげに1歩下がって腕を組んだ。
焦るのはグレンさん1人。
盗賊と私たちを交互に見ている。
「は、はは、そう、だよな。あァ、そっちの方が効率が良い。あァ、ウン、は、俺の言ってることが正しいって分かって……」
盗賊は1歩ずつ、子供に近付いた。
「……っ、」
「子供が死んでも、俺の太陽に影響は無い、そうだろ?」
リックさんは笑顔で答えを促す。
グレンさんはチラリと盗賊を見る。
盗賊は、刃を振り下ろそうと掲げた。
「~~~~~っ、あぁクソっ!」
「うっ、うっ、ごめんなさい、ごめんなさ」
「人が気持ちよく飲んでたっつーのによぉ……? 台無しじゃねぇかクソガキ!」
刃を振り下ろした瞬間。
「──〝火球〟ッ! 急急如律令!」
顔面に火の塊がぶつかり、その熱に名前もない盗賊は致命的な傷を負った。
「ぎゃあああああああ!?」
「え、あ……」
痛みに悲鳴を上げる盗賊を尻目にグレンさんは子供を抱き抱えて距離を取る。
「こんな、こんなつもりじゃ無かったってのに……!」
「うーん、それでこそ俺が認めた男!」
悔しそうに顔面をぐっっしゃぐしゃにしたグレンさん。それを嬉しそうに眺めた後、物陰から飛び出して行ったのはリックさんだ。
「何がだ馬鹿! 大馬鹿野郎!」
「話は後だぜ」
怒っているのか悔しがっているのか、グレンさんは地団駄を踏む。そんな彼を愉快そうに流しながらリックさんは子供を庇い立ち、武器を構えた。
「お前ら……一体誰だ? 」
「誰だ誰だと聞かれた! 答えてやるのが世の情け!」
「ふざけるな馬鹿……っ! 俺たちはただの……」
戦闘態勢を取った盗賊に、傷つきやすくて優しい2人は横並びで言い放った。
「「──冒険者だ!」」
その言葉を皮切りに、互いに戦闘を始めた。
「行くぜ、相棒」
「抜かるなよ、相棒」
私は2人の様子を物陰から眺めていた。
「…………いいなぁ」
零れ落ちた言葉は地面に溶けた。
==========
「あぁクソ! ろくに戦う術なんて無いってのに!」
「それはごめん! でも先に手を出したのお前だから!」
「えぇい面倒臭い責任転嫁をするな!」
グレンとリックは軽口を叩き合いながら必死に戦闘をしていた。
盗賊達はただの盗賊とはいえ、普段であれば魔法を活用して戦う2人。いつも通りに行かない戦い方、特にグレンなど普段以上の制限が課せられている。特に魔法など使えたもんじゃない。
「なぁ! やべぇな俺ら! めっちゃ死にそう!」
「なんなんだよ本当にお前は!」
リックはピンチの中でも嬉しそうに言った。
「また助けられないかもしれない! あー! きっついな人生って! この世界は物語じゃねぇんだよな!」
「何を当たり前の事を……っ!」
「でも俺、お前と相棒で良かった! 冷酷なフリしてんのに、何かあったら真っ先に駆けつけちゃうようなお前で!」
「……っ!」
傷が出来始める。息が切れ始める。
「あぁもう、悪かったな! 俺の負けだ!」
「よし、この戦いが終わったら呑み交わそうぜ!」
「死んでなきゃな!」
「何言ってんだ! 死んで生まれ変わって、どこの世界に行ったって付き纏ってやる!」
「それはこっちのセリフだな! 魂誤魔化せると思うなよ!」
魔法職のグレンが吹き飛ばされ、それに意識が逸れたリックの隙を盗賊は突く。
「ぐっ!」
このままではまずい事を悟ったリックが飛び下がって距離を離す。
「たった2人で、随分な自信家と思いきや弱いなお前ら」
盗賊がグレンとリックを見下ろしてそう言った。
手加減を出来るほどの実力差などないため、互いに本気だ。
盗賊側に2人の死者が出た。
前衛慣れしていないグレンがメイスを片手に、リックも魔法が無いため普段と違う体の動かし方。消耗戦であり、ようやっと、だ。致命傷は無いものの怪我も多い。
「体が動いたんだ、仕方ないだろ?」
グレンは諦めたように笑いながらそう言った。
「ふん、馬鹿だな」
「そーなんだよ、結局俺ら馬鹿なんだよ!」
リックもあっけらかんと笑った。
「……これ以上傷付けたくない、引いてくれないか」
グレンがそう言う。
すると盗賊達は、ボロボロの姿を見下ろして互いに笑い始めた。
「その形で何を言ってやがる! 押されているのはどっちだ!? あ? 正義のヒーロー気取りの冒険者如きがよぉ!」
その言葉にグレンは間髪入れず肯定した。
「そうだよ、俺は所詮ヒーロー気取りだ。結局、ヒーローになりきる実力も無ければ素直になれる性格でもない」
「……?」
「そもそも俺がなりたいのは。無償で何かを助けて善性の塊で心優しいヒーローじゃない──自分のために強くなって誰かを利用出来る勇気を持ったヴィランだ」
だってそっちの方が、生きやすいだろ。そうグレンは心に刻みながら見つめる。
盗賊達のように、誰かを犠牲にして生きられたら。自分の、もしくは手の届く範囲しか大事に出来なければ。無駄に傷付く必要無いのに。
「残念だったな、てめぇらはここで終いだよ。対して強くもない癖に救いたいだなんて愚かにも願った罰だ」
盗賊がそう言い放つ。
リックとグレンの他に、もう1人が居ることを知らぬまま。
「──殺させぬぞ」
金髪が2人を庇い、頭を蹴り飛ばした。
「なっ!」
突然の乱入者に動揺が走る。
「性格悪く生きたかったさ、リィンみたいに」
「普通に悪口なのですぞねぇ……」
「物陰から戦闘の仕方探って仲間を標的にさせたリィンはどっからどう見ても性格が悪い。最初っから最後まで性格が悪い」
おかしい。なんでこんなに味方からダメージ食らってるんだろう。
「さて、盗賊さん」
女の子である。他者を魅了して騙すような可憐な笑顔の裏側で、獰猛な気配を纏いながら盗賊の前に現れた。
一見すると弱々しいというのに。
「お礼参り、ぞ♡」
それはまるで女狐の様だった。
蹂躙。
==========
「……っはー。つっよ」
呆れたようにリックさんが言う。
「別にそこまで強く無きですよ」
剣の血を払って鞘に納める。この時ばかりは本当に剣をやっててよかったよね。半分独学だけど。ありがとうパパ上、でも大体お前のせいです。
ちなみに、まだ死んでないよ。
生かす理由は無いけど、人殺しなんて自責の念かられそうな行為嫌だし。あと私の睡眠時間を邪魔した罪は死んでも償えない。
「しっかし、本当にどうしようか……。盗賊ノータッチが理想だったのに……!」
グレンさんが頭を抱えた。
集落の人は戦闘が始まった辺りから避難を始めていた。今はボロ屋の中や物陰から様子を伺っている様で、寄ってこない。
いや嘘だ、この騒動の原因となった子供がよってきた。
「あの……」
「んー? どうした?」
人好きのする笑顔でリックさんが視線を合わせた。
「助けて、くれて、ありがとう。お兄ちゃん達」
子供はリックさんの手を握って笑顔でそれだけ言うと、逃げていった。
「……。」
「リック?」
フリーズして動かないリックさんを不思議に思ったのかグレンさんが声をかけた。
「──リィン」
リックさんは立ち上がって私の手を取った。リックさんの右手が下に、私の左手が上にある形なのでエスコートに近い。
俯いているせいか表情が見えにくい。
「俺は、誰かを救いたかった。でも俺は誰も救えないことを知った」
頭を上げたリックさんは私を見た。
「リィンは、俺が出来ないことをやっちまうんだ。俺の見る目に狂いは無かった。今度は、ちゃんと救えた……! 助けれた……!」
リックさんは私の手の甲にキスを贈った。
「──我が太陽に忠誠を。永遠に、この魂ある限りの忠誠を」
純粋に驚いた。
様になっているのもそうだけど、何よりも私に向けられた事に。隠し事はあるけれど、自分の性格の悪さとか利己的な所をさらけ出した上で、リックさんの考え方とは圧倒的に違うのを分かった上で。
「……リィン」
グレンさんが跪いて私の手を取った。
「俺は誰かを切り捨てることが出来る強さが欲しかった。でも結局、誰も捨てられないことが分かった」
見上げるグレンさんの目は優しかった。
「俺はこれからもリックを、そしてリィンを切り捨てられない。たとえ切り捨てられたとしても、その温もりから離れることは出来ない。リィンになりたかった、でも多分、俺はこんなんだからなれやしないんだ」
グレンさんは私の手の甲を額に当てた。
「──我が太陽に、敬愛を。この魂に永久の誓いを」
私にとって月組って善性の塊で苦手な存在だった。絶対話なんて合わないだろうし、主人公体質と悪役体質は噛み合わない。
それなのに、この2人は全部わかった上で。その勘と瞳で見抜いた上で、私を太陽と言った。
「私、本当の名前があるです」
もう、後戻りは出来ない。
「いつか私の事ぞ知ったとしても変わらぬ忠誠であるなれば、私はそれを受け入れます」
月は太陽に照らされて輝く。
そんな彼らのルーツ。いつまでも変わらないこのコンビの光に、当てられているのはきっと私の方だ。
「──我が太陽に、祝福を!」
アイボー、リックさんとグレンさんは相変わらず善の塊だよ。きっとお前がルナールだと分かっても受け入れられる位にはね。
応援ありがとうございます!
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